【if】御幸一也の相棒

※おお振りクロスオーバー

※が、いうほど振りキャラは出てきません

※おお振りキャラの未来ド捏造

※あったかもしれないし、なかったかもしれない半ifストーリー

※なので読まなくても特に問題はないです

※何でも許せる方向け






























「あ、『今日のワンコ』」

「え?」

「あっ」

 その日、榛名元希は球場近くのコンビニで出会ってしまった。自分の女房役の恋人──とまことしやかに囁かれている、『今日のワンコ』に。

 成宮鳴やら御幸一也やら、世間に名立たる選手たちに紛れて榛名もまたプロ野球選手入りした。自分で選んだ高校だから文句は言えないし言うつもりもないが、甲子園にはただの一度も足を踏み入れなかった榛名が、育成選手とはいえよく指名を受けたものだと周りから揶揄されたものだ。何せ成宮世代──俗にいう『プリンス世代』はここ十年来の豊作と言われている。ここに榛名の名前が連なるようになったのは、実力に加えて球団の売り方が上手かったこともある。

 入団後、その負けん気の強さでめきめきと頭角を現した榛名はすぐさま二軍先発を任せられるようになり、同い年の御幸一也と組むようになった。御幸と榛名。珍しい名前に加えてその響きから、プリンスに因んでファンからは『プリンセスバッテリー』だの『姫バ』だの呼ばれるようになった。ただ、その愛称を逆手に球団がアピールを始めたのが妙に受けたのか、或いは実力が認められたのか、次第に榛名の登板は増え始めた。そんな中、チーム内でとある噂を聞いた。

 ──曰く、御幸の彼女が球場によく出没しているらしい、と。

『マジすか! どれどれどこのやつ!?』

『お前もすぐ分かるって。いつも明るい色のジャージ着て、でけえ鞄背負って、そんで犬っぽい若い女の子いるから』

『犬っぽい?』

『そうだよな、御幸! 『今日のワンコ』ちゃんって!』

『どーすかね!』

 先輩たちにからかわれる御幸はいつも気恥ずかしそうに逃げるので、榛名もまた『今日のワンコ』を探し始めた。球場からたった一人の女の子を探すなんて無謀にも程があると思ったが、噂のワンコは案外すぐ見つかった。二軍球場は狭く、また、一軍の試合と比べて人が少なかったのも幸いしたのだろう。彼女は御幸の出る試合はほとんど、内野指定席に座していた。高校生か大学生ぐらいだろう、ごくごく普通の少女だった。ただ、球場なのに明らかに浮いた色のジャージを着ており、球場なのにいつもテニスバッグを持っており、何より御幸の活躍に都度顔を輝かせる。飼い主を前に興奮する犬のようだと誰かが言い始めて、『今日のワンコ』なんてあだ名がついたらしい。

 二軍の試合とはいえチケットには金もかかるし、そもそもファームの試合を見に来るなんて中々コアなファンだ。プリンス世代フィーバーもあり、先輩たち曰く『お前らが来てから客層が変わった』『明らかに黄色い声が多くなった』『こんなに賑わってるのは久々だ』とのことだが、そんな中でも彼女はいい意味で浮いていた。悪天候だろうが彼女は最後まで試合を見届けていたし、何よりいつも一人だったのも印象が強い。御幸ほどの男が好くぐらいだ、ミーハー気味にキャーキャー騒ぐファンとは異なる子なのだとは分かった。だが、何故か榛名は『今日のワンコ』が気になって仕方がなかった。

 というのも、何故か彼女を初めて見た気がしないのだ。あのワンコと知り合いなんて訳がないし、当然ながら青道に友人はいない。だが、不思議とあの目──そう、あの目だ。試合に集中するあの鋭い眼差しを向けられると、なぜか背筋が伸びる。けれどその理由は、分からない。けれど。

「今日の……ワンコ……?」

「あ、いや、えっと」

 試合後、球場近くのコンビニに足を運んだ時、入り口ですれ違った少女が件の『今日のワンコ』だったので、つい声に出してしまった。だって、あの『今日のワンコ』なのだ。いつも御幸がからかいの種にされている少女なのだ。故に、榛名はまるで幻の生物を見つけてしまったような気分になってしまった。彼女はいつもみたいにジャージを着ており、テニスバッグを背負っていた。球団公式グッズのタオルを首にかけて、球団のロゴが入ったキャップを被っていなければ、ただのテニス少女にしか見えない。

 案の定、少女は足を止めて榛名を見上げてくる。しまった、と自分の浅はかさを呪う。自分もそれなりに顔が売れて来た方だ。相棒の恋人(?)など、声などかけるべきではなかった。要らぬ誤解が生まれては面倒だ。

 だが、榛名が何か言うより先に、彼女は自分が持ってるキャップを素早く取ると、ジャンプして榛名に被せてきた。

「な、なにすん──」

「しゃがんで靴紐結ぶフリしてください」

「は?」

「いいから、早く!」

 焦ったような少女に、榛名は言われるがままにしゃがんで靴に手を伸ばす。そんな榛名の正面に、ワンコ──榛名は彼女の名前を知らない──は背負っていた大きなテニスバッグをどんと置いた。まるで、榛名の盾になるかのように。

 なんだ、と目を白黒させる榛名。だが、訊ねるより先にきゃあきゃあと華やかな声がいくつも近付いてきた。そして。

「あのお、すみません! さっきこの辺で、榛名選手見かけませんでした?」

 視線を靴に向けたまま、ゲッと顔が引きつった。どうやら榛名のファン、或いは追っかけらしい。今まさにあなたの前で靴紐結んでますとは言い出せず、どうしたものかと言いあぐねていると──。

「さっきコンビニ出てあっちの方行ってましたよ」

「ほんとですかあ!? ほら、やっぱり榛名選手じゃん!」

「さっき遠目で見かけて、似てるなーって思って追いかけてきたんです!」

「サインとかもらえました?」

「いえ、なんか急いでるみたいだったんで……」

 ワンコは涼しげな声で堂々と嘘を連ねていく。その堂々とした佇まいが功を奏したのか、じゃあ急がなきゃ、女性たちはそんなことを言ってぱたぱたと走り去っていった。それまで榛名は顔を上げず、ひたすらテニスバッグの陰に隠れていたのだった。

「……行ったみたいですけど、ここ球場近いし、いつまた見つかるか」

「あ、ああ……」

 しゃがみ込んだまま顔を上げると、ワンコは困ったように肩を竦める。どうやら、助けてくれたらしい。

「ワリ、助かった」

「いえいえ。でも、不用心ですよ。せめてサングラスなりマスクなり、してくるべきです」

「いやあ……すぐ帰ればバレねーかなーって」

「SNS社会を甘く見たら、いつか痛い目遭いますよ」

 そう言いながら、彼女は榛名を隠すために使っていたテニスバッグを背負い直す。それでは、と軽く会釈する少女に、榛名は慌ててキャップを取る。

「待て、これ!」

「帰るまでが遠足ですし、気にならなければ使ってください」

「いや、でも、オメーのだろ?」

「ご返却の際は、相棒を通していただければ」

 彼女は足を止めずにそう言って、さっさと駆け出して行ってしまった。残された榛名は、自身の球団の公式グッズを手に呆然と立ち尽くす。相棒──御幸のことだろう。なるほど、長々話していてもまた見つかりかねない。スマートな解決方法に、榛名は「はあー」と感嘆の域を漏らす。

 なるほど、御幸が気に入るだけあって、確かに普通の女の子ではないらしい。

 けれどまだ、彼女の目を見た時の違和感は、拭い取れなかった。



***



「ミユキ!」

 その日の夜、早速榛名は寮の食堂で夕食をかき込んでいる御幸の横を陣取る。おもむろに球団のキャップを差し出すと、茶碗を手にしたまま御幸は端正な顔を顰める。だがすぐにピンと来たような顔でそれを受け取った。驚かせようと思っていたのだが、すでに情報共有済みだったらしい。

「なんだよ、もうワンコから聞いてたのか」

「ああ。野球選手のくせに顔面丸出しでウロついてるバカがいるってな」

「あのワンコはんなこと言わねえ」

「お前に──凪沙の、何が分かるんだよ」

「へー、今日のワンコは凪沙って名前なのか」

「……」

 凪沙、そうか凪沙というのか、彼女は。しまった、とばかりに閉口する御幸に榛名はしてやったりとばかりに飯をかき込む。御幸はよほど彼女の存在を公言したくなかったのだろう、むすっとした表情で黙々と白飯を口に入れ始める。秋丸や阿部、曲者捕手で名高い御幸にしては珍しく年相応な反応に、榛名の笑みも深まる一方だ。

「ワンコ、テニスやってんの?」

「ああ」

「今日も試合来てたけど、あいつそんな金持ちなのか?」

「そーでもない」

「へー、なのにお前の試合には毎回来てんのかー」

「らしいな」

「……」

 せっかくのネタとばかりに色々突っ込んで聞いてみるも、御幸はそれ以上話す気はないらしい。適当な相槌ばかりを返してくるものだから、榛名の負けず嫌い根性に火が点いた。

「俺さあ、あのワンコに会ったことある気ィすんだよな」

「……は?」

 以前から気になっていたことを口にすれば、案の定御幸の顔色が変わった。「お、修羅場かあ〜?」なんて先輩たちのからかう声に反応しないぐらい、御幸は鋭い眼光で榛名を睨んでいた。この目付きの悪さは誰かを思い出す、と思いながら榛名は続ける。

「あいつ、上の名前は?」

「……天城」

「天城、ねえ……知り合いには居ねえと思うけど……姉ちゃんの友達……? いやねえか……」

「お前青道に知り合いいねえっつってたろ」

「いねーと思うけど、なーんかあの目付きに覚えがあンだよなあ」

 普通に話している分には違和感はなかった。けれど、遠くに見える彼女の鋭い眼光には、やはり既視感を抱いた。天城──天城凪沙。その名前も響きも何一つ覚えはない。在学中、そこまで女子と仲良くしていたわけではないが、それでも記憶にない。

 ウンウン唸る榛名に、そういえばとばかりに御幸が箸を置いた。

「そういや、従兄弟が埼玉で野球してるっつってたわ。ニシウラ? だったか」

「ニシウラ──」

 懐かしい響き。めんどくさい後輩と、秋丸への苦い思い。それから一年坊主に打たれたホームラン。それからあの目──走馬灯が如くあの頃の記憶が駆け巡り、その瞬間、全ての点と点が繋がった。

「田島かッ!!」

「うるせーぞ、榛名ァ! 飯ぐらい黙って食え!!」

「ス、スンマセン!!」

 大声で叫んで立ち上がる榛名に、先輩が叱責する。軽く会釈しながら座る榛名に、御幸は何事だとばかりの表情。だが、全て分かった。そうか、田島だ。田島悠一郎。後輩たちからも煩いぐらいマークしろと言われていた、あの小柄な打者。人懐っこそうな表情とは裏腹に、ひとたび試合に出れば寒気がするほどの集中力を発揮する。あれほど嫌な打者もいない。打席からじっとこちらを見据えるあの目は、『今日のワンコ』が試合を見つめるときに見る目と同じだったのだ。

「あー、スッキリした! どーりで見覚えある気がしたんだよな!」

「……田島、そんなに似てるっけ?」

「ツラじゃねーよ。なんかこう、フンイキ? オーラ? 目付き? なんか……なんか似てんだよ!」

「ふーん」

 先ほどまでの鬼気迫る表情はどこへやら、御幸は完全に興味を失ったような反応だった。面白くないと思う一方で、ここ一か月ほどずっと気になっていたモヤがスッキリと晴れたような気分になった榛名は、気分よく夕食を平らげたのだった。

 御幸たち高卒一年目のバッテリーが球団数十年ぶりに一軍に昇格する頃には、流石にもう『今日のワンコ』を見つけることはできなくなった。球場も広くなるし、一軍の試合チケットは決して安くはない。立ち見席であれば買えないこともないだろうが、毎日通い詰めたら破産しかねない。けれど、御幸一也が遠くスタンドを眺めて穏やかそうな表情をする時はきっと、視線の先にあのワンコがいるのだろうと榛名は確信していた。年を経るごとにいつしか『今日のワンコ』なんて呼び名も廃れていくのだが、榛名元希ただ一人が天城凪沙をそのように呼び続けるのだ。

 今もなお。そして、これからも。

(榛名とバッテリーを組んだお話/プロ1年目春if)

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