なんで、とよく聞かれるが、御幸一也は誕生日が苦手だ。 正確には『誕生日を祝われること』が苦手なのだ。自分なんかのために、なんて卑下するつもりはないのだが、プレゼントを用意するだの、ケーキを買ってくるだの、特別なことでもないのに、そうやってもてなされているいる感覚が、どうしようもなく嫌にムズムズするのだ。そもそも、誕生日なんてただの通過点、親が自分を生んだ日に他ならない。それを『祝福する』という意味が、あまり分からない。自身を生み出した親に感謝するなら分かるが、何故生まれてきたというだけで、自分が祝われるのだろうか。 けれど、そんな御幸の考えを理解する者はいない。変なやつ、おかしい、変わってる、なんて言われるだけならまだいい。中には『祝ってやってるのになんだその態度は』と、喧嘩に発展しかけた時さえある。だが、しょうがないだろう。苦手なものは苦手なのだから。故に、余計なトラブルにはならないよう、処世術の一つとして愛想笑いを浮かべてやり過ごすことを御幸少年は覚えたのだった、が。 「御幸って、自殺とか考えたことなさそう」 「まあ──ねえと、思うけど、多分」 「健全だねえ」 羨ましそうに呟く彼女は嫌味でも何でもなく、御幸一也という人生にそう評価を下した。自殺、なんてセンシティブなワードにぎょっとしながらも、御幸はぎこちなく唇を緩めた。 クラスが同じだからか、マネージャーの中でも一番会話の多い彼女に「今日具合悪いの?」なんて聞かれた時、咄嗟に取り繕うことができなかった。十一月十七日。数多の祝福を一身に受けた御幸は、それなりに疲弊していたのだろう。上手く誤魔化せる気がしなかったし、彼女なら非難しないだろう──そんな思いで、誰にも共感されたことのないその苦悩を、ぽつりと零したのだ。そんな弱音が吐ける程度には、この少女に対して心を開いていたからだ。 「人生ドロップアウトすることなく、十七年も連続して生きてるんだから、えらいっ、ってことでいいんじゃないの?」 「……そういうもんかぁ?」 「って、色々理由を付けて納得した方がいいでしょ。これから百年、同じこと言われるんだし」 「俺、そんなギネスブック載るぐらい長生きしそう?」 「いや、寧ろ野球できなくなったら一気に老化進むタイプに見える」 へらりと笑う御幸に、彼女はシニカルに肩を竦めた。変なの、おかしい──そんな聞き飽きたセリフではなく『納得した方がいい』と、真顔で下すこの少女の考え方は、嫌いじゃない。だからこうして、珍しく他人と会話が弾むのだろうが。 「みんな善意で祝ってくれるのに、そういうのいいから、ってなるの、普通に大変そう」 「あー、分かる?」 「共感はできないけどね」 シニカルにそう告げる彼女は、自分とは違って誕生日を楽しんでいる側の人間らしい。まあ、それが多分、普通なのだ。御幸の考えが、少し特殊なだけで。 「だって、御幸の持論でいくと、何もしてないのに、人から物貰えて、ケーキ食べれて、チヤホヤしてもらえるんだよ? オトクじゃない?」 「やー、それがなんか、申し訳ないっつーかさ……」 「善意なのに?」 「善意でも、だろ」 御幸にしてみれば、それは善意であっても押し売りでしかない。それを全くの無意味と称するわけでないが、やはり喜びよりも申し訳なさの方が勝ってしまい、苦手意識が表に出てくる。 おめでとう、と何かを施される都度、思い出してしまうのは父の顔だ。自分も忙しいくせに、誕生日ぐらいはと仕事を早めに切り上げたり、プレゼントを用意したり、ケーキを買ったり。父がどれだけ苦労しているか目の当たりにしてきた御幸にしてみれば、そんなことをしなくても十分だと常々思っていたのだ。決して裕福ではない中で、大好きな野球を差せてもらえている。母を亡くし、男手一つで育ててくれている。それだけで、十分なのに。 「そもそもの話なんだけどさ」 「なに?」 「冠婚葬祭なんて、やる側のエゴでしょ」 「……すげーこと言うな」 すると彼女の口からは、御幸ですら言葉を失うほどのワードが飛び出してきた。涼しい顔で女子高校生とは思えない発言をしながら、飄々と彼女は肩を竦めた。 「よく言うじゃん、結婚式は親のためにやる、って。それと同じだよ。葬式だって死人が『葬式してくれ!』って頼んだわけじゃないし、お祭りだって神様が『祭れ!』って言ったわけでもないでしょ」 「そりゃ……まあ……?」 「じゃあ、誕生日も同じなんじゃない。産まれてきてくれてありがとう、生きててくれてありがとう──そう告げる大義名分のために、祝うんだよ」 「親がそう言うのは分かるけど……他のやつまでそんな大層なこと考えてんの?」 「沢村や降谷は進路にまで影響したんだから、それぐらい思ってそうだけど」 思わぬマジレスに閉口する。確かに、あの二人ならそれぐらい思っていそうだ。慕ってくれるのは嬉しいが、それはそれで重い。押し黙る御幸に、彼女はまあまあ、と宥める。 「いいんだよ。それぐらいの気の持ちようで、さ」 「……中々すぐ割り切れねーよ」 「いつか慣れるんじゃない? 友達とか、ファンとか、家族とか、恋人とか──それこそあと百年はあるんだから、これから山ほど祝われるよ、きっと」 「山ほど、ねえ……」 確かに、振り返ってみれば自分の誕生日を祝ってくれるのは、父やシニアの友人ぐらいだった。御幸の交流関係と共に、それがどんどん増えていく。考えてみれば当たり前のことなのに、それがあまりに突然、しかも急増したせいで、困惑してしまったのかもしれない。 「だからさ。おめでと、御幸」 「お──おー、サンキュ」 すると、再び祝福の言葉が飛んできて、御幸は自分でも驚くぐらい上ずった声が出た。こんな話をしておいて、祝われるとは思わなかったからだ。しかも、不思議とあの嫌な感覚はなかった。『やる側のエゴ』──こんな表現で、御幸に対して逃げ道を作ってくれたおかげだろうか。自分でも理解できない不可思議な感覚に戸惑っていると、彼女はカラカラと笑い飛ばしてくれた。 「ごめんごめん、やっぱヤなんだね」 「や、そういうわけじゃ──」 「でもさ、私たちも、御幸が元気にしてくれてて嬉しいんだよ。御幸は苦手かもしんないけど、面と向かってこういうこと言える日って、中々ないからね」 そう言って、彼女はおもむろに立ち上がる。放課後、気付けば教室には誰も居なくなっていた。がらんとした教室に、ああ、グラウンドに行かないと、と、御幸も慌てて立ち上がった。そんな御幸の横で、少女は弱弱しく微笑む。 「ほんと、ごめんね」 「謝んなって」 「いや、多分今日、死ぬほど祝われると思うから」 「いいって。……お前のおかげで、ちょっとラクになったし」 それは、多分、本当だ。これから部活に行って、練習が終わればチームメイトたちにしこたま揉まれることになるのは分かっている。それでも、去年ほど気は重くない。『やる側のエゴ』なんて、言い方はあまり綺麗ではないにしろ、御幸が気負うほど彼らは負担に思っていないのかもしれない。そう考えるだけで、だいぶ気が楽だ。 「ありがとな」 「いやいや、お礼を言われることじゃないって」 「誕生日、結構めんどくせーって思ってたからさ。お前のおかげで、そんな悪いもんじゃねえかも、ぐらいには思えたし」 「ふうん?」 「いいな。『やる側のエゴ』、お守りにするわ」 「嫌なお守り、罰当たりそう」 「お前がくれたんだろ」 「そこまで後生大事にしろとは言ってない」 そんな風に笑いながら、若人二人はグラウンドに向かって駆け出したのだった。 ──結局、何年経っても、誕生日に対する苦手意識は消えることは無かった。それでも、彼女が託してくれた『お守り』は、歳を重ねる都度、御幸の胸の中に燦然と輝く思い出として蘇った。その理由はお守りの効力だけではないのだろうと、彼女の顔を見るたびに御幸は淡い青春の一ページを噛み締めるのだった。 |