いっぱい食べる君“も”好き

 御幸くんと付き合うことになって驚いたことは──まあ、それ自体も十分驚きに値するんだけど──数知れない。御幸くんという人間そのものに驚かされることもあれば、異性としての考え方や振る舞いに目を丸くすることも儘あった。何分初めてお付き合いをする人だ。そういう驚きや発見、或いはすれ違いもまた醍醐味なのだと思う。

 とりわけ驚かされたのは、その食事量だった。

「……」

「な、なに?」

 昼休み、天気もいいし外でご飯を食べようと御幸くんを誘い出し、中庭の木陰のベンチで二人で座る。柔らかな風が吹き、日差しも穏やかで実に心地いい。青春を噛み締めながらご飯を食べようと、お弁当箱を膝の上に乗せてから、ふと御幸くんを見て目を見開いた。

 彼の膝の上には、購買でゲットした焼きそばパンやコロッケパン。食堂で販売しているのり弁と鮭弁当。それから校内のコンビニで買ったと思しきサラダと潰れたおにぎりが並んでいる。

「や……いつ見てもよく食べるなあ、と」

 男の子って、いや、運動部員ってすごい。そりゃあ、相手は甲子園にも出場する野球部の、しかもキャプテンだ。いっぱい食べて、いっぱい練習する必要があるのは分かるけど、それにしてもすごい量だ。これが一食なのだから恐れ入る。私の一日分の食事量より多そうだ。こうしてマジマジと眺めている間にサラダボウルは空になり、御幸くんは焼きそばパンを頬張っていた。惚れ惚れするような食べっぷりだ。あ、もう惚れてるんですけども。

「俺からすれば、お前の弁当の小ささの方が引くけどな」

「いやいや、これが普通よこれが」

 両手のひらに収まるサイズの二段弁当を膝の上に乗せて、私はふるふると首を振る。運動部でもない私は、これ以上食べたらカロリーオーバーだ。けど、御幸くんは「ありえねー」と零しながら、二口でおにぎりを平らげる。

「今なら動物園が好きな人の気持ちがすごく分かる……」

「お前俺のこと象か何かだと思ってんの?」

 バケツサイズの食料がみるみるうちに減っていくあの様は、一種の爽快感さえある。御幸くんがご飯を食べているところは、私にとってそれを彷彿とさせるには十分すぎた。よく食べるなあ、なんて感心しながらコロッケパンが秒で胃の中に消えていくのを見届ける。

「そこまで食う方じゃねえけどなー、俺」

「いやいや御謙遜を。私が食べたらお腹弾け飛ぶよ」

「これくらい食わねえと午後やってけねえしなあ」

 強豪野球部の練習は厳しい。聞くとピッチャーやっている子は数時間の試合だけで数キロ体重が落ちるとかなんとか。羨ましいような、大変すぎてぞっとするような。そうこうしているうちに、御幸くんの手はのり弁を御開帳していた。

「……」

「……あの、そんなに見られっと食い辛いといいますか」

「え、あ、ごめん」

 大きな口を開けてご飯をかき込む御幸くんが苦々しい表情で告げるので、それもそうかと目を逸らす。自分のお弁当に集中しなきゃ。そう思うのに、気付くと視線は自然と御幸くんのお食事場面に吸い寄せられていって。

「……そんなに俺が飯食うとこ好きなわけ?」

「うん、好き」

 迷いなく答える。動物園で味わうあの感覚とはまた別に、御幸くんがご飯を食べているところが、好きだ。一見華奢で大人しそうな男の子が、膝一杯のご飯を次々に口の中に入れていく。けれどその豪快さとは裏腹に栄養バランスにも気を使って、よく噛んで食べて、ゴミはキッチリ分別して。そういう人間性とでもいうのだろうか。好きな人のそういうのが垣間見えるこの瞬間が──たぶん、きっと、愛おしいのだと思う。

「おま──こんなとこで……!」

 御幸くんがそんなことを言いながら顔を背ける。その耳から首筋まで見事に真っ赤っかで、ああ、好きだなあ、なんて思いが一つ募る。ただそれだけの、ありふれた光景。だけどどうしてか、世界で一番幸せな人間になったような、そんな気がしたのだった。



*BACK | TOP | END#


- ナノ -