Lucky Boy,unLucky Girl

 中学から高校にかけて身長が伸びるにつれ、異性から告白される回数は比例して増えていった。けれど、御幸一也には愛やら恋やら、よく分からない。友情と恋愛の差とは何なのか、野球一筋の少年にそんなことを思い悩むようなリソースはなかった。そのため、自分にしては仲のいい女友達についてからかわれても、御幸は「ただの友達だけど」と、お決まりのセリフを返す他なかったのだ。

「はよー御幸」

「おす。……うわ、何お前そのカッコ」

 その『自分にしては仲のいい女友達』がグッタリした様子で登校してきた。教室で一人スコアブックを読んでいた御幸は、顔を上げて驚いた。彼女の頭は鳥の巣もかくやとばかりに落ち葉まみれになっていたのだ。

「やー、遅刻しそうだったからチャリ飛ばしてたらブレーキ壊れちゃってさあ。そのまま生垣にボッシュートよ」

「だからってそんなおもしれえ事になる?」

「おかげで世界の誰よりもミノムシの気持ちが分かるわ」

 しみじみと頷く友人を前に、ゲラゲラと笑い飛ばす御幸。恋愛とかお洒落とか流行りの何かとか、そういうのにとんと疎い御幸にとって、このさっぱりとした気風の少女は、性別の垣根を越えた『友人』に他ならなかった。倉持を筆頭とした野球部員たちから、この友人との関係をあれやそれやとからかわれているが、少なくとも御幸はそういう目では見ていない。お前らと同じようなものだ、と説明した時の薄ら寒そうな反応をされて、心底納得いかなかったが。

「あーもう最悪……」

 彼女はいつものように御幸の前の自席に座り、ひょいひょいと落ち葉を摘まんで床に落とす。髪の毛から、制服の隙間から、あらゆるところから葉っぱが飛び出していて、その仕草だけで面白い。そう、恋とか友情とかどうでもいい。彼女は面白い。ただそれだけだ。

「いやすげーなお前。背中までついてんぞ」

「げ、マジ? ちょっと取ってよ」

「しゃーねえなあ」

 だから、そう言われて、御幸は特に深く考えずに頷いた。白いワイシャツは色とりどりの落ち葉で彩られていたから、御幸はその背に手を伸ばして落ち葉を払ってやる。思うところは、特にない。ただ、薄い背中だな、とだけ。自分とは明確に違う肉体を持つ生き物だと言う認識はあるが、それだけだ。胸が高鳴ることもないし、意識がかき乱されることもない。何故周りは恋だ愛だと騒ぐのか分からない──。

「……ん?」

 背中の中央、肩甲骨部分だろうか。払っても払っても葉っぱが取れない。よく見るとシャツの内部に入り込んでいるようだ。ジャングルにでも遭難してきたのか、この女。仕方ないので、シャツの部分をぐっと掴んで引っ張って、葉を浮かす気だったの、だが──。

「い゛っ!?」

「は!?」

 突如、目の前の友人が声を上げるので、驚いて手を放してしまった。その瞬間、ばちんっ、と鞭で叩いたような音がして、少女は更に苦悶の声を上げて顔を真っ赤にして振り返ってきた。

「何すんのよっ! ばか! すけべ!」

「いや、え、俺──」

 泣きそうなほど真っ赤になったその顔に、自分が今何を掴んだのか悟ってしどろもどろになる。そう、か。そうだ。いくら男女の垣根を越えていると思っていても、彼女は間違いなく女なのだ。当然、背中には、男の御幸には不要な装備もあるわけで。それを理解した瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしくなり、さっと目を逸らす。

 キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴り響く。真っ赤な顔を引っ提げたまま沈黙を続ける二人に「いつまでイチャついてんだ」と倉持が茶々を入れるまで、二人は言葉もなく向き合っていたのだった。



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