シセン・リフレクション

 正直なところ、写真は好きじゃない。映るのも、撮るのもだ。

 一瞬一瞬を切り取って保存して、それに一体何の意味があるのか分からない。そんなもの角膜にでも焼き付けておけ、と言いたくなる。SNSに自分や家族、友達の写真を乗せるのもセキュリティ意識低いなとも思うし、食べ物の画像を残したところで腹は膨れない。まさに絵に描いた餅である。だから分からなかったのだ。写真に──もっといえば画像に、さらに言えばドットの集合体に、人々は一体何の意味を見出しているのだろう、と。

 ──そんな私が、広報部に転属公示が出た時には、さすがに人事の見る目のなさを疑った。

「すみませーん、カメラ入りますー」

 ういーす、そんな野太い声がいくつも扉越しに聞こえてくる。すっと息を吸って、吐く。此処から先は殿上人の住まう場所。迂闊なことをすれば左遷どころか首が飛びかねない。そして今日も、私は理解できぬ物を生み出す道具を手に、聖域に踏み込んだ。

 そこは、所謂室内練習場。広い天井の下、柵やネットが張り巡らされていて、軽装の成人男性たちがウロウロしている。キャッチボールをしている人、ストレッチをしている人、バットを振り込んでいる人、投げ込みしている人、様々だ。そう、何を隠すつもりはないが、私は所謂プロ野球球団の広報担当である。イベント企画したり、SNSでファンを呼び込んだり、そのために動画や写真を撮って編集したりなんだりと、中々に忙しない仕事である。娯楽溢れかえるこの令和の時代、プロ野球ファンは減少傾向にある。どの球団もだ。なのでこうしてファン離れしないよう、或いは新規ファンを取り込むべく、あれこれ画策しているわけだ。

「御幸さーん、カメラいいですかー?」

 そうして今日も、客寄せパンダにすり寄っていく。

 練習場の隅で防具の手入れをしているのは、球団の若き捕手である御幸一也選手だ。強気なリードにチャンスに強いバッティングセンスで、瞬く間に一軍帯同が許されたスター選手。正捕手の座をもぎ取るべく、日々精進するこの男は実力もさることながら、とにかく顔がよくいらっしゃる。所謂イケメンで名高い彼は女性人気が非常に高い。うちの球団は比較的選手たちのオフショット載せる方だ。そんな中で御幸さんのいいねや共有の数は他の選手に比べて、文字通り『桁』が違う。みなこの顔のいい男を拝みたくてならないのである。なもんで、上からは『気持ち御幸さん多めに写真を撮って欲しい』というそれとない指示が来ているので、渋々こうして写真を一枚お願いしているわけだ。

 正直言って、大変な職業だと思う。ただでさえプロの世界で結果を出さなければならないのに、ファンサービスまでしなければならないなんて。見ず知らずの誰かの笑顔のために何枚も何枚も写真を撮られ、共有され、愛玩されるなんて、私だったらぞっとする。けれど御幸さんは気前よく「どーぞー」なんて言ってくれるから、いい人だと思う。

「そいじゃ、とびきりの笑顔頂けますかー?」

「そういうの、ガラじゃねーんだけど」

「そーですか? いっつもいい顔してくれるじゃないすか〜」

 普段はキリッとした男前だが、ふとした瞬間に見せる笑顔は少年のようで、きゃあきゃあ騒ぐ人たちの気持ちは、まあ、分からないでもない。広報用のスマホを構えると、彼はニッといつも見せてくれる笑顔を浮かべた。レンズ越しに映るのが勿体ないほどに、綺麗な笑みを。

「そりゃ、カメラマンが良いからな」

「またまた御謙遜を〜。……よし、こんな感じですけど、SNSに上げちゃっていいすか?」

 イケメン相手なので対して修正もかける必要もない。楽でいい。一応本人に許可取ってから、写真をSNSにアップロードする。ハッシュタグも忘れずに、だ。

「謙遜じゃねえって」

「そうなんですか? ……すご、もういいねついてる」

「そうそう、他の広報さんじゃこうはいかねーし?」

「へえ〜。じゃあ私、意外にもカメラマンの才能が合ったり?」

 ちゃんとアップロードができているかチェックしながら御幸選手と会話を続ける。
 ……ふむ、そうまで言ってもらえるなら、意外な才能を発掘した人事部の目は節穴ではなく慧眼だったのかもしれない。資材調達部から広報部への異動なんて業種違い過ぎて絶対上手くいかないと思ってたけど、案外そうでもなかったようだ。調達部故に、以前からこうして選手たちと顔合わせる機会があったのも、功を奏していたのかもしれないが。

「……やっぱ手強いなー、あんた」

 ──爆速で増えていく『いいね』にご満悦な私は、その言葉の意味に気付くまで、三年の歳月を要するのだった。



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