狙いうちJEALOUSY

 意外にも、プロ野球選手はイケメンが多い。

「はぁあああ小森君可愛いよカッコいいよこの子は間違いなくスターになるねもっとグッズちょうだいもっともっと!!」

「俺に言われても」

 横からそのイケメンプロ野球選手の筆頭であり、夫でもある一也が突っ込んでくるが、私は無視してテレビに向かってタオルを掲げる。顔採用するほど甘い世界ではないにしろ、やはり整ったルックスでのプレーは華やかなものだ。一昔前まではプロ野球選手などゴリラやオッサンひしめくむさ苦しいイメージが強かったが、実際は結構華やかな選手が多い。勿論、ゴリラもオッサンもいるんだけどさ。

 最近のお気に入りは一也と同じリーグの球団に入ってきた遊撃手の小森君だ。彼は顔がいい、とにかく顔がいい。まだ若く、一軍に上がり立てだが、スタメンに齧りつこうと懸命にアピールしている。そして顔がいい。これは跳ねるわね、なんて呟きながら画面に齧りつく。すると同じく試合を見ていた一也がフーンと気の抜けたように鼻を鳴らした。

「お前、この間まで夏広さん最高とか言ってなかったっけ?」

「球界の華は絶えず芽吹き、そして散るものよ」

「コラコラ、勝手に散らすな」

 つい先日まで私が夢中だった夏広さんもまた球界屈指のイケメンであり、なんと現役モデルでもある。とはいえ、念に一度は大量の新人が入ってくる界隈だ。新しい花や星に移ろうのも無理はない。そんなこんなで今私一番のお気に入りである小森君の応援に勤しむのである。

 だが、愛する妻が他の男に熱を上げていようとも、一也の態度は変わらない。

「まあ確かにモテそーだよな、こいつ」

「冗談抜きで球界一顔がいいと思う」

「やっぱ最近は顔だよなー、顔」

 一也も納得したように頷く。そうして再び試合に集中し出す夫から目を逸らし、私は人知れずためいきを零す。

「(ほーんと、一也って嫉妬しないよねえ……)」

 ──最初は、ちょっとした当てつけのつもりだったのだ。気持ちを確かめる、なんて卑怯かもしれないけど、他の男に熱上げていたら、一也は嫉妬してくれるだろうか、と。けれど蓋を開けてみれば、一也は一切嫉妬しなかった。成宮くん降谷くん哲さん轟くん、そしてプロ野球選手にまで移ろってキャーキャー騒いでなお、一也の態度は変わらない。そのうち当てつけだったイケメン探しが私の趣味になってしまったので、多分きっと私の負けなのだろう。海のように心が広い夫を誇るべきか、それとも嫉妬されない愛情の薄さを嘆くべきかは考え所である。

「あ、そうだ! あれも持ってこないと……!」

 そう言って、小森君のタオルを置いて私は一旦更衣室に引っ込む。そして、かねてより用意していたTシャツに着替え、タオルを携えて、リビングに戻る。フンスと気合を入れてソファに座る私をちらりと見た一也は、ぎょっと仰け反った。

「おまっ──は!?」

「え? なに?」

「いやこっちのセリフ」

「なにが?」

 一也は、見たことないほど狼狽していた。視線を泳がせ、怒っているようにも困っているようにも見える。普段余裕綽々とばかりの態度が、まるで嘘のよう。だが、そんなおかしなことしているだろうか、と首を傾げた。そんな私に、一也は私と、手にしたタオルと、そしてTシャツに視線を寄越す。

「なんだよ、これ……」

「何って……原田さんの名言タオルとゴリラ顔Tシャツ」

 そう、私の胸に輝くのは日ハムの原田さんの顔。そして原田さんがお立ち台で発した名言がそのままプリントされたタオルである。別に、球団グッズとしちゃ何ら珍しくないデザインである。だが、一也は目に見えて動揺していた。

「そうじゃなくて──なんでそんなモン持ってんだよ」

「なんでって……こないだの交流戦の時に買ったから……」

「買った!? お前が!?」

「うん。なんで?」

「別にこの人イケメンでも何でもねえだろ!?」

「他球団とはいえ仮にも先輩に失礼すぎる」

 いやまあ、確かに原田さんは『イケメン』ってタイプではない。入団当初からゴリラゴリラと言われてたし、高校でバッテリー組んでた成宮くんでさえゴリ男とからかっていた。それは分かる。でも、イケメンじゃない=カッコ悪いではないのが、才能を持つ者たちの世界である。華々しいプレーは容姿以上の魅力を引き出してくれるし、彼は捕手としての魅力が有り余っている。

「やっぱ捕手はガタイよガタイ。ホーム死守、って背中に書いてそうな屈強な肉体とかほんと最高。鈍足・強肩・強打者──古めかしい理想論だけど、それを体現してるところがまたかっこいいのよね。聳える壁! って感じ?」

 ここぞとばかりに原田さんの良さを語りまくる。とはいえ、いつも私はこうしてイケメン選手を褒め称えては、かっこいいかっこいいと大はしゃぎする。だからいつも通りだと思っていたのに、一也はムッとしたように眉を顰めるものだから驚いた。

「……ファンだったのか、原田さんの」

「うん。言ってなかったっけ?」

「初耳なんですけど」

 どんどんトーンダウンしていく一也の声に目を丸くしながら、私は素直に答える。あれ、言ってなかったっけ。まあ、そもそも一也とはリーグの違う原田さんの応援に駆け付けることはそうないし、天候不良による試合中止で、一也とこうして交流戦を見るなんてレアケースにも程がある。確かに言う機会はなかったかもしれないけどさ。

 ……そもそも、私は小森君だとか夏広さんみたいな正統派イケメンより、所謂ゴリラだとかクマだとか言われる、ガタイのいい男性の方がタイプだ。イケメンは好きだが、異性としての好みのタイプとなるとまた別の話である。その点で言えば一也は前者、原田さんは後者である。いやまあ別にガチ恋ってわけじゃないし、純粋なファンってだけなんだけど、一也の顔はみるみるうちに曇っていく。なにゆえ?

「……脱げ」

「え、なに?」

 突如呟かれたその一言はしっかり聞こえていたけれど、意味が分からず問い返す。けれど一也は舌打ちしたかと思えば、いきなり原田さんTシャツを捲り上げてきたのだ。

「イヤーッ!! 何すんのよエッチ!!」

「いいから脱げって、こんな悪趣味なモン!!」

「なんてこと言──ギャッ、待ってホントっ、裂ける!」

 見た目はともかく一也もゴリラたちと肩を並べる屈強なアスリートである。引っ張られたTシャツはみるみるうちに変形していく。ひえええ! 原田さんのご尊顔が! 伸びる!

「な、なにすんの!? 一也そんなに原田さんと仲悪かったっけ!?」

 一也の力強い腕に抗いながら、叫ぶように訊ねる。確か、高校の頃に原田さん率いるチームに負けて甲子園行きを逃した、とは聞いた。でもそんなのもう十年近く前の話だし、卑劣な手を使われたとかそういうあれでもない。原田さんは立派な人格者だし、リーグも違うから普段バチバチにやり合うこともないし、仲が悪いなんて話も聞いたことは無い。お腹丸出しのまま目を白黒させていると、ぴたりと一也の動きが止まる。

「……仲悪いとか、は、別に」

「じゃあ何? 高校の頃負けたこと根に持ってるの?」

「違ぇよ! そういうんじゃ──あー、クソ!」

 珍しく悪態をつきながら、一也はがしがしと頭をかく。結婚してしばらく経つけど、こんな歯切れの悪い一也は、プロポーズの時以外に見たことが無い。お腹寒いからTシャツ離してほしいなあ、と思いながらほぼ馬乗りになっている一也を見上げる。パチッと不機嫌そうな目が合うと、途端に逸らされて。そして。

「……他の捕手、褒めんな」

「──え?」

「お前は! 俺だけ! 応援してればいーんだよ!」

 ぐい、とシャツではなく両頬を引っ張る一也。いたい。でも、そんな痛みなんか吹き飛ぶぐらいの衝撃。どこか居心地悪そうに、そんな自分を誤魔化すように私の頬を引っ張りながら、一也は視線を宙に漂わす。え、なに。待って。うそでしょ、一也。

「嫉妬、してるの……?」

「悪いかよ!」

 もはや開き直ったかのように怒鳴る一也。うそでしょ、じゃあ、なに。どんなイケメンも俊足もスラッガーも、一也にとっては嫉妬の対象じゃなくて。一也の方がイケメンで女性人気もあるのに、ただちょっと私が相手捕手として褒めただけで、Tシャツ破りかねないぐらい不機嫌になるなんて。

「……か、かわいー」

「よーし俺以外のグッズ全部出せ庭で燃やす」

「ヤダヤダヤダッせめて小森君のスマイルストラップだけは!!」

 変なやきもちの焼き方に、意外にも愛されていたと分かって喜ぶ前に、私は家中のプロ野球選手のグッズを一也から隠す羽目になったのだった。



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