コミュニケーション・ブレイクダンサー

 惚れた腫れたの贔屓目無しに、いい恋人だと御幸は思う。

 強豪野球部の主将を任されている御幸にとってデートするような時間はほぼ皆無と言ってもいい。けれど野球部マネージャーの恋人は、一切文句を言わない。寧ろ応援すらしてくれる。いつだって御幸のやりたいようにさせてくれる彼女を誇らしく思う一方で、申し訳ないと罪悪感を抱く日々。せめて彼女には健やかに、笑って、元気でいて欲しい。御幸は御幸なりに不器用ながらも恋人を気遣い、それが功を奏しているかは不明だが、付き合って一年になるが大きな喧嘩もなく、それなりに上手くやってきていた。或いは上手くやってきていると、御幸は思い込んでいたのだ。

 今日、この日までは。

「倉持〜……」

「うるせェ。知らねェ。聞こえねェ」

 悪友に泣きつくも、けんもほろろ。倉持は御幸に視線さえ寄越さずバッサリと切り捨てる。倉持にしてみても、『恋人がへそ曲げて会話してくれない』なんて下らない痴話喧嘩に巻き込まれるのはご免被る。けれど、御幸はめげない。

「ほんと心当たりねぇんだって……俺なんかした?」

 土日も部活漬け。デートなんかできようはずもないけれど、それでも彼女はいつも通りだった。笑顔で選手たちのサポートに努め、洗濯をし、ドリンクや軽食を用意し、スコアを付け、グラウンド中を駆け回っていた。特に喧嘩した訳でもなく、かといって喧嘩の種になるようなトラブルが起きたわけでもない。部活が終わって、少し話して、彼女は帰路に着く。その間もずっと変わったことは無かったはずだ。なのに休み明けの月曜日になって、恋人の態度は一変した。

『──ごめん。私、先急ぐから』

 何度話しかけても露骨に避けられ、御幸が近づくたびにぎょっとしたような顔をして逃げていく。ショックだった。彼女にそんな態度を取られたことはもちろんだが、何より傷付いた自分がいることに、御幸は衝撃を隠せないでいた。そして初めて、自分はこんなにも恋人に執心しているのだと自覚した。こんな形で自覚するとは思わなかったが。

「頼むって、お前からどうにか聞き出してくんねえ?」

「ふざけんな。なんで俺がンなこと」

「え〜……キャプテン命令?」

「殺ス」

 自分では逃げられるからと、第三者を頼る御幸の判断は間違っていないはずだが、巻き込まれる方は堪ったものではない。倉持は忌々しげに舌打ちを漏らす。

「ったく、そもそも前提が違ェだろ」

「……前提?」

 ただ悲しいかな、御幸の人を見る目は確かだった。結局のところ倉持という男は、こういう状況を見過ごすほどドライな性格にはなり切れないのだ。口は悪くとも、慣れないなりに必死で部を背負うキャプテンとそれを支えるマネージャーの行く道を、できることなら祝福したいのである。故に、珍しく覇気のない顔で机に突っ伏す御幸に、倉持は長々と溜息を吐く。

「そういうところだぞ、テメーは」

「……なにが」

「人付き合いに効率を持ち込むな、バーカ」

 自分が避けられているから第三者を頼る。なるほど、それはきっと最適解に違いない。トラブルを解決させるための、『手段』としてはこれ以上ないほどに。けれど、最適解こそが『最良』とは限らない。特に今回は二人の関係についてである。ならどうして、二人で解決しようとしないのか。泥臭くとも、喧嘩してでも、二人で話し合って、乗り越えればいいところを、どうして他人を頼ろうとするのか。前園の熱さを見習えとは言わないが、御幸のこういう学生離れした人付き合いにおける淡泊さは、往々にしてトラブルの種になる。何度も同じ過ちを犯しているのだから、そろそろ『そういう性格』だと開き直るのではなく、己を省みるべきだと倉持は切に思う。

 ただ、御幸本人はあまりピンと来ていない様子で、溜息交じりで机にへばりついている。

「あいつが投手だったらな〜……考えてることすぐ分かんのに……」

「テメーほんとそういうところだぞ」

 ガンッと倉持は机を蹴る。けれどスライムのようにへにゃへにゃになった御幸は元に戻ることは無い。もう好きにしろ、と倉持は吐き捨てたのだった、が。

 結局倉持は二人のことが気になって授業に集中できなくなり、監督から一睨みに加えて追加の課題を貰うことになった。そこで倉持はあくまで自分のために、自身の円満な学校生活のために、御幸の恋人にメッセージを飛ばした。

『オメーなんで御幸のこと避けてんだよ』

『前髪切りすぎちゃって、あんまり顔合わせたくなかったの』

 一生やってろ。倉持は授業中にもかかわらず、スマホをぶん投げた。



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