ホークアイ

 うちの校舎は、新校舎と旧校舎が中庭を挟んで向かい合うような造りになっていた。教室の窓から新校舎に目を向ければ向こうの廊下側が見えて、授業中の暇つぶしにはもってこいの景色がそこにあった。慌ただしく移動する一年生たち、重たげな資料や教材を抱えてノロノロ動く初老の教師、びしっとしたスーツを着て我が物顔で練り歩く役員だかPTAだかの大人たち。みんなみんなよく見えた。しかし、それも放課後になってしまえば、動く物体を探す方が難しくなるほど、人気がなくなっていく。茜差す廊下は得も言われぬ静けさがあって、ガラスを二枚、そして中庭を挟んでなお、その不気味さが伝わってくるようだった。

 そんな光景に、何人かの男子生徒が現れるだけで、途端に賑やかしくなるのだから校舎というのは不思議である。ガラスを二枚と中庭を挟んだせいで声までは聞こえないが、楽しげな表情を見ていると、なぜかこちらまで笑顔になる。不思議な生き物だと一人一人眺めていくと、見たくない端正な顔があって思わず苦い顔を一つ。顔よし頭よし、普段はキリッとした表情だが、やはり気の置けない友人といる時はその表情も多少は緩むらしい。世界を守るボーダー隊員も、ああしているとただの高校生にしか見えない。しかしながら厄介な顔を見つけてしまった。さっさと帰らねば。

 そう思った瞬間、ガラスを二枚と中庭を挟んだ向こうにいる荒船と、パチリと目が合った。おおっとこれやばい。奴が駆け出すのと、私が鞄を引っ提げて教室を飛び出すのはほぼ同時だった。急げ急げ急げ、大して運動神経も良くないのに私は階段を飛ぶように降りて昇降口へ駆け込む。やばいやばいやばいと、大慌てて靴箱の鍵を開けようとするも焦りから手が震える。そうこうしているうちにドダダダダッという地鳴りのような足音と共に、廊下がキュッキュという悲鳴を上げた。まずい。もたつきながら靴箱の鍵を開けてローファーをひっつかんだその時だった。

 ばあんっ、という音と共に、目の前には立派な二の腕が生えてきた。ちらりと上を見上げれば、息を切らせた荒船が、楽しげに私を見下ろしていて。

「やっぱお前、《狙撃手》向いてるって」

 私は椅子の人がいいのだと、何度目か分からぬ言い訳を口にする羽目になった。



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