Go●gle曰く《緊張に伴う交感神経の活性化により血管が収縮し血行が悪くなることもある》

 好きな人に友人扱いされる。それは切なく、甘酸っぱい青春の象徴とされるイメージだが、実際はそんないいものじゃないことを身をもって知る羽目になろうとは思わなかった。しかもデリカシーのない男の子を好きになると、友達扱いが『男友達扱い』になるから、とんでもなく厄介だった。

「で、その時さあ──お前、聞いてる?」

「き──聞いてる聞いてる!」

 御幸にずいっと顔を覗き込まれ、ブンブンと首を縦に振る羽目になった。

 自分の席に座る御幸は、不思議そうに首を傾げる。御幸とは高校入学以来から何となくウマが合って、何となく一緒に居ることが多くて、そして何となく好きになった相手だった。とはいえ相手は強豪校の野球部員。恋愛にかまけている暇は一ミリもないらしく、この恋心は押入れの奥に仕舞って友人らしく振る舞うつもりだった──のだが、最近それが妙に難しくなった。理由は一つ。この男、妙に距離が近いのである。

「お前最近変じゃね。熱でもあるのか?」

 あんたにお熱なのよとは口が裂けても言えないので、「寝不足なだけ」と適当に誤魔化す。ただの偏見かもしれないけど、スポーツやってる奴って妙にボディタッチが多い気がする。プロでもバッテリー同士で抱き合ってるの見かけるし、タイム取る時は額がくっつくぐらいめちゃめちゃ近付くし。後者に関しては作戦会議なので仕方ないんだろうけども。とにかく、御幸は他人と距離が近いことに対して何とも思わないタイプだったのだ。

 それを同性相手にやるならフーン仲良いなあ野球部、で片付くけど、私相手にもやるのだから厄介極まりない。私以外の女の子にもやってるところは見たことないけど──御幸は友達が少ないから──とにかく、私のことを男友達同然のように扱うのだ。平気で膝がくっつくぐらい引っ付いて隣に座ってくるし、爪割れてんぞと手を取られたこともあるし、背後から肩組まれた時は本気で心臓止まるかと思ったほどだ。

「ふーん?」

 私の言い訳に、御幸は納得したようなしていないような、そんな絶妙な表情を浮かべる。私は何とかこの恋心を悟られないように澄ました顔を精一杯取り繕いながら、震える喉でこっそりと深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 勘違いしそうになるから止めて欲しいけど、好きな人に触れてもらえるのは嬉しい。だから本気で突っぱねられないし、怒ることもできない私は卑怯者だ。けれど、同じことを彼は──同性の後輩相手にだけど──他人にもやっているので、これが御幸の距離感なのだと思うと『脈無し』の烙印をされているようで普通に傷付く。傷付くぐらいなら、でもやっぱり触れてもらいたい。私の気持ちはいつも御幸の一挙一動に振り回されてばかりだ。

「はーあ……」

 思わず溜息が零れる。この状況から抜け出す勇気もないくせに、辛い哀しいでも嬉しいと騒ぐ権利はない。それでも、一年以上こんな状況が続いているのだから、流石に気疲れしてしまうというものだ。せめてクラスが別ならこんな話すこともなかったのに。神様は意地悪だ。嘘、ほんとは感謝してる。神様大好き。でもしんどい時もあるの。許して神様。

 その時だった。何の前触れもなく、御幸が私の額に手を伸ばす。

「──っ」

 冷たい指先が額に触れ、ドクン、と心臓が縮み上がる。けれど、動揺は見せない。悟らせないように真顔を取り繕う。こいつの『これ』はいつものことなのだからと言い聞かせて、乙女の柔肌に許可なく振れる不届き者を睨みつける。

「な、なに?」

「いや、熱でもあるのかと思って」

「確認の仕方が古典的すぎる」

 いつも通り。普段通り。おまじないのように自分に言い聞かせて、何でもないように軽口を叩く。一番嫌なのはこの関係が壊れることじゃない。御幸一也と、こうして話せなくなること。どっちつかずの宙ぶらりんにされたとしても、私はその権利だけは手放したくなかった。だから、冷え切った指先を鬱陶しいと払い除ける。

「てかあんたの手、冷たくない? 寒いの?」

「お前が熱いだけじゃねえの?」

「七月なのにこの冷たさの方がどうかしてるでしょ」

 意外にも、御幸は冷え性である。よくあれやこれやと触れられることが多いから気付いた。なんか、いつも指先が冷え切っている。運動やるような代謝のいい人間は大体汗っかきなイメージあるけど、御幸は見た目通りというかなんというか。仕方ないので、クーラー対策にお小遣いで買ったノラギャンの膝掛けを御幸の肩にふわりと纏わせる。

「身体、冷やさないようにね」

「……どーも」

 うちの野球部の主軸なのだから、体調管理には気を遣って欲しいものである。寧ろ気を遣って欲しくてわざと触ってくるのだろうか。確かにこんだけベタベタされたら熱出た時も一発で分かりそうだ。そう思うと、自然と笑みが零れる。

 彼の隣に立つ権利はないし、その勇気もない。だけど、御幸の変化にはいの一番に気付ける存在であるなら、こんな日々も、悪くない。何だかんだ、この距離感に慣れてるのは私も同じなのかもしれないと、御幸の不服そうな顔を見ながらそんなことを思ったのだった。


 ──額に汗を浮かべながら膝掛けを肩にかける御幸を教室の隅で倉持が笑い飛ばしていたと知るのは、彼らが部活を引退した、ずっとずっとずっと、後のお話。



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