坂田銀時は、変なところでマメな男だ。 普段ぐーたらで、貴重な仕事の日でさえ寝坊するのも珍しくないくせに、何故かイベントごとには全力で乗っかる。記念日なんか一日だって覚えちゃくれないのに、何故か誕生日だけはちゃんと祝ってくれる。そりゃ、付き合って一か月記念日、なんてはしゃぐほど子どもでもないので別段気にしちゃいないのだが、あんだけズボラ人間がたった一度でも恋人の誕生日を忘れたことがなかったのは、言っちゃ悪いが意外だった。 その日、私は人生何度目かの誕生日を迎えた。銀時はこれ幸いと『奢ってやるから一杯行こうぜ』などと持ち掛けてくる。祝い事にかこつけて飲みたいだけだろうが、奢りなら乗らない手はない。二人でお気に入りの居酒屋で焼き鳥片手に店長おすすめの日本酒呷るだけで、日々の疲れが泡のように弾けていく。 「人の金だと思うと、安酒でも染みるほど美味いもんね」 「口の利き方に気ィつけなネーチャン、営業妨害で真選組につき出すぜ」 「仕方ねーだろほんとに安酒なんだからよぉ」 「誕生日っつーからサービスで安くしてやってんだろうがァァアアアア!!」 キャンキャン喚く焼き鳥屋の店主を横目に、銀時と肩を並べてカウンター席で酒をかっ食らう。あー、美味い。奢りで飲む酒って何でこんな美味しいんだろ、毎日誕生日なら良いのに。 ……誕生日、かあ。 「しかしまァ、意外よね」 「ああ?」 「銀時が、私の誕生日忘れたことないの」 「そりゃお前、誰もが羨むイイ彼氏様ですし?」 銀時が、むっと眉を顰める。確かに変にモテる男ではあるのだが、イイ彼氏様は従業員の給料を競馬でスッたりしない、と私は冷静に切り捨てる。だが、そんなクソ事業主でも何故か従業員の誕生日もちゃんとお祝いしているのだから、飴と鞭の使い方下手すぎだろと思う。神楽ちゃんの誕生日には、本人の希望で銀時手ずからケーキを焼いていたほどだ。あの子たちが我が子のように可愛いのは分かるが、頼めば私にだってケーキを焼いてくれるのだから驚きだ。あの金にがめつくて、デートさえめんどいだるい眠いとグチグチ言うようなプー太郎が、だ。 「不思議。なんか思い入れでもあんの?」 「思い入れ、ねェ……」 何の気なしに訊ねれば、とん、とん、と銀時の無骨な指が年季の入ったカウンターテーブルを叩く。何かを思い出すような、遠くて深い瞳はぼんやりと空を眺めている。そして、酒に浮かされた銀時は、こう見えてしたたかに酔っているのだろう。普段なら絶対に言わないであろう話題を口にした。 「お前には言ったよな、こっちに来るまで戸籍がなかったって話」 「ああ、聞いた聞いた」 「だから俺、『母ちゃんの胎から出た日』を知らねーわけよ」 「……え?」 「本当の誕生日は、もう調べる術がないからな」 一瞬にして、頭を支配していたアルコールが吹き飛んだ。そんなバカな、だって、銀時の誕生日、私知ってる。 「嘘、だってあんた、十月生まれでしょ」 「ありゃ、松陽が俺を拾った日だ」 松陽、というのは彼を育てた恩師だと聞いている。でも──そうか、当然だ。籍もなく、戦争孤児だった銀時が、私たちの思う『本当の誕生日』なんて、知ってるはずが、ないのだ。 「銀──」 「同情すんなよ。別に不便もしてねェし、悔いもねェ」 まるで釘を刺すようなその声色に、言いかけた言葉を飲み込んだ。確かに、もう三十年近くそうして生きてきた銀時に、慰みなんて今更すぎる。銀時は、松陽さんの元で産まれて育った──それで、きっと。それだけで、十分なのだ。 「銀時は、一番最初に一番素敵な贈り物をもらったんだね」 「……かもな」 きっと、誕生日というものは親からの一番最初の、とびきりのプレゼントなのだ。銀時は生みの親ではなく松陽さんから貰って、さぞ嬉しかったのだろう。育ての親と、志同じくした仲間たちと、それはもう盛大に祝ったに違いない。だから、銀時も同じものを返そうとしているのだ。 特別な日は特別なのだと、彼はそう教わって育ったのだから。 「……ま、そう思うならもっといい酒飲めるとこ連れてってよね」 「あれ今すげえいい話してなかったっけ? 銀さんの意外な優しさにキュンとするとこじゃねェの?」 「煩いよ万年金欠。まだまだ愛が足りないってこと」 にっこりと微笑んで見つめれば、銀時は少しばかり表情筋を引き攣らせる。薄暗い照明の下、じいっと見つめると銀時は面白いぐらい狼狽えながら視線を逸らす。テーブルの上で所在なさげにうろつく手をぎゅっと握り締めれば、降参とばかりに溜息を吐いた。 「特製イチゴケーキが家で待ってる」 「それから?」 「お前が前欲しがってた、クソ高ェ化粧品も」 「もう一声」 「……銀さんのジョイスティックとイく天国ご招待券も付けてやろうか?」 「品がないこと以外は上出来!」 マスターお勘定、と私は勢いよく立ち上がる。どうせ酒のせいで長くは持たないだろう、気が変わる前に彼の愛をこれでもかと浴びてやろう。そうすれば、銀時に与えられた以上に、私も最大限の愛でもてなすことができるから。初めての贈り物を未だに大切にする彼が、これからもそれを忘れず、尊び、共に分かち合えるように。 自分の誕生日なのに、今はまだ遠き十月十日が待ち遠しくてしょうがなかった。 |