Allegro

 世の中には二種類の人間がいる。休みの日に外出することで体力が回復するタイプと、そうではないタイプだ。どちらのタイプも、遊びに行っている間は楽しいのだと思う。さぞどんちゃん騒ぐことだろう。だが、それを経て『よし明日も学校に部活にバイトを頑張るか!』となるタイプと、『はあ疲れた何もしたくない……』となるタイプがいると思う。私は後者だ。遊びに行った後は何もしないでベッドに埋もれる時間が欲しい。一時間二時間の話ではない。半日は欲しいところである。

 とはいえ、やはり遊びに行くのは楽しい。それが付き合っている恋人とであれば、なおさらだ。ただ、その男は私よりもよっぽど忙しい生活をしている。朝昼夜毎日野球漬けで、オフの日なんか月に一度しかない。だというのに、この貴重な時間を目の前の男は迷いなく私とのデートに充ててくれるのだ。愛、ラブ。一生ついていく。

 ──けれど、やはり不安にはなる。私は彼の負担になっていないのか、と。

「一也、なんでいつもデートしてくれるの?」

「そりゃ……付き合ってるからだろ」

 そりゃそうなんだけど、そりゃあそうなんだけども。なんと言えば伝わるか、私は目の前のフルーツタルトにフォークを入れながら考える。今日も今日とて、私と一也は貴重なお休みを使って二人で駅前にデートに来ていた。ショッピングモールを何の用があるわけでもなくウロウロして、ご飯食べて、行きたかったカフェに足を運ぶ。特筆すべき点はない、高校生らしい穏やかなデート風景だ。

 それでも、月に一度しかないお休みに、青道高校の野球部キャプテン様を連れ回すのは如何なものだろうかと、最近は思い始めたのだ。付き合い始めは天にも昇るぐらい嬉しくて、そのお休みの希少性を理解することなく一也と一緒にあちこち遊びに行ったが、最近、それが彼の負担になっているのではと急に不安になったのだ。

「なに、誰かになんか言われた?」

「ってわけじゃないけど……」

「じゃあいいだろ。お前、此処来たいつってたろ」

 そう、このカフェも私がたまたま見ていたテレビで特集されていて、此処の特製フルーツタルトに目を奪われた私は何気なく言ったのだ。一也、此処行ってみたいね、と。すると一也は二つ返事で頷いた。いいぜ、次の休みに行くか、と。

 その気持ちはとても嬉しい。へへへ、この人こんな顔してめちゃくちゃいい彼氏なんですよ、と誰彼構わず自慢したくなる。けれど、あまりに付き合いが良すぎて、逆に不安になってきたのだ。ほっとかれてもそれはそれで悲しいので、人間とは儘ならないものである。

「だって一也、お休み全然ないじゃん」

「まー、引退までは中々、なぁ」

「じゃ、デートなんかに付き合わせちゃったら休む暇ないじゃん……」

 私自身、そんなに遊び回るような性質じゃない。それこそ、遊びに行くとゴリゴリにHPが減るタイプだ。MPは回復するのでトントンといったところだが、減ったHPはどこかで回復しないと倒れてしまう。だから月に一度のデートは、私にとっては非常に丁度いい。けれど、一也は違う。帰宅部バイト族の私にとっては『月に何度かある休み』だが、一也にとっては『月に一度しかない休み』である、貴重性が天と地ほど違う。

「あのさ、いつも付き合ってくれてほんとーに、ものすごーく嬉しいんだけど、別に私のワガママに付き合う必要ないんだよ? こういうお店は、ほら、別に誰とだって来れるわけだし」

 デートのきっかけは、大体私がデートスポットを発掘してくるところから始まる。こういうお店があるんだよ、いいよねえ、と。行きたいというよりは、話のタネ程度なのだが、一也はそれを聞くや否や迷わず『じゃ、今度行くか』と言い出すのだ。そりゃ好きな人とデートは楽しい。楽しいけど、そういうつもりで話題を振ってるわけじゃないので、申し訳なくなってくる。

「一也の負担になったら、困る……」

「あのなー、負担だったら断ってるって」

「……ほんとに?」

「嘘言うほど暇じゃねえよ」

 宝石のようなケーキにも目もくれず、静かにブラックコーヒーを飲みながら一也は真剣な顔で言う。そりゃ、本心隠せるほど器用なタイプじゃないのはよくよく知ってる。ここまで言うなら嘘ではない、と思う。でも、こういうお店を楽しむわけでもないのに、何で根気強く付き合ってくれるんだろう……。

「それに、俺が断ったらお前、誰と来るつもりだよ」

 誰と。そんな発言に、目が丸くなって零れ落ちるかと思った。どこか拗ねたような口ぶりに、いやいやとかぶりを振る。

「だ、誰って……友達とか、家族とか……?」

「じゃ、俺でもいいだろ」

「そりゃあ、まあ」

「だろ? だからいいんだよ、お前は余計な気を遣わなくても」

「余計とは何かね余計とは!」

 人がせっかく慣れないなりに気を回してやったというのに、全くこの男は。ええい、そこまで言うならジャンジャン付き合ってもらうもんね。次は遊園地か、カラオケか、スポーツ施設なんてのも面白そうだ。きらきらするフルーツタルトに乗せられたイチゴを口に運びながらそんなことを考えていると、黙っていた一也がふっと笑みを浮かべた。

「なにさ」

「いや、こういうデートができなくなんのは勿体ねえな、と思って」

「……え、な、なんで?」

 なに、突然。ナニコレ、別れ話? だとしたら空気読めてないとかそういうレベルの話じゃない。今の今まで居た出来た彼氏像は一体どこへ。別れる、なんて不安や恐怖よりも混乱の方が勝った私は目を白黒させると、一也はますます憎たらしい顔で、笑う。そして。

「プロ行ったら、顔出してこんなとこ来れねーだろ?」

「は──」

「これから山ほど我慢させるからな、今ぐらいワガママ言っとけ」

 プ、プロって。プロって──なに。

 そ、そりゃあ、プロ野球選手を目指していると、聞いたことはある。すごいな、あんだけ上手いんだから当然かぁ、私はそんな彼の夢を、どこか他人事のように聞いて頷いた。応援している、と。けど、でもさ、一也、“これから”って、なに。私たちのこれからって、どれくらい──い、一体、いつまで──。

「なんだよ、ついてきてくんねえの?」

 眼鏡の奥で柔らかく瞳を細める一也に、私は行儀も忘れてあんぐりと口を開けたまま呆然とした。どうやら、私の知らないうちに私の人生は、思いのほか早い段階で決定づけられていたらしい。



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