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「先輩はさア、別にいい人ではないでしょ」

「まあね」

「先輩はさア、一人で世界を滅ぼせるぐらい強いんでしょ」

「まあね」

「先輩はさア、夏油さんと仲良かったんでしょ」

「まあね」

「──だったらなんで、夏油さんと一緒に行かなかったの」

「さあ、なんでだと思う?」

 よくわからない人だ。この最強と名高い呪術師は、いつもそう。別段いい人でもないし──どちらかといえば屑と言われることが多かった──、世界を滅ぼせるだけの力があって、おまけに呪詛師に身を堕とした男は、最強たる男の親友といっても過言ではなかった。彼も強い。並みの術師ではない。流石にこの男と真っ向で勝負したら負けは必須とはいえ、それでも二人はいつだって肩を並べていた。それこそ、二人でならなんだってできただろうに。どこにでも行けたし、何事も為せた。なのに何故、片方は追われ、もう片方は追う立場にあるのか。

「逆に聞くけど、お前はあいつのばかげた思想に賛同してんの?」

「非術師みんな殺しちゃお〜ってやつ?」

「そう」

「あほくさ。以上」

 その大義を、理解しえぬとは言い切れない。呪術師は弱きを守る為にあれと戦場に駆り出される。それで何人もの術師が犠牲になってきた。自分の数少ない同期だって、ほとんど死んだ。そんな世界に嫌気が差して、この界隈から去る者だって珍しくはない。でも、逃げるだけでは足りぬと、この世界の根本から覆してやろうという大義は、彼の生来の優しさから生じた願いなのかもしれない。しかし、だ。
 
「呪いが無くなったって、人は死ぬでしょ」

 原因不明の死因が一般市民には手に負えぬ呪いであることは疑いようはない。けれど、どう足掻いても人は死ぬ。老いて死ぬ。病気で死ぬ。事故で死ぬ。そして何より、人の手によって死ぬ、呪いがあろうとなかろうと。奪うため。守るため。正義のため。忠義のため、快楽のため、衝動のため、何百年も、何千年も、人は人を殺め続けてきた。それは歴史という名の今が、証明しているではないか。

「非術師が消え去っても、人は残る。今度は術師同士で争うようになるだけでしょ」

「だろうね」

「わたし嫌ですよ。先輩とガチンコバトルなんて」

「僕も、可愛い後輩を殺すのは忍びないなあ」

 そう言う男は、一度たりとも微笑むことなく拳を下す。

「だからさ、いい加減こんなばかげた活動はやめて投降しなよ」

「すいません。ばかげててもあほくさくても、最強の先輩とガチンコバトルをすることになっても、わたし、あの人が好きなんで」

 ぐしゃり。



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