友と感謝とミルクティー

 御幸一也は女子人気がえぐい。いや男子人気もあるけれど、圧倒的に女子からのアプローチが多い。同じクラスになって早半年以上経過したが、何度あいつが休憩時間に席を立って気まずそうな顔で帰ってきたのを見たか、分からないほどだ。

 そう語る私が御幸のことが好きだとか告白したいとか実は付き合ってるとかそういうことはなく、ただのクラスメイトである。いや、もしかしたら御幸一也の『友人』ぐらいのカテゴリには入ってるかもしれない。というのも私はソフト部の正捕手で、御幸とはよく配球論で盛り上がる仲であった。少なくとも顔合わせたら挨拶はするし、席も近いから暇な時はよく話すが、だからってオフの日に会うとか昼食一緒に食べるとかの仲ではない。まあ、いわばその程度の関係。だからって御幸のこと好きになるとかそういうわけでもなく──彼が嫌いなわけではないが、こういう性格の悪い男とは付き合いたくないものである──、ただ互いに暇を潰すにはもってこいの相手なのだ。

 さて、件の御幸一也であるが、ここ最近のモテ具合がえぐい。というのも、野球部はこの秋悲願の甲子園への切符を手にしたらしく、男女関係なく取り囲まれる姿を見かけるようになった。羨ましい限りである。だが、御幸はお世辞にもあまり人当たりがいいとはいえないので、いつも半笑いのまま困惑していた。

「(またかぁ……)」

 そして今日も、昼休みに昼食を買って教室に戻ってみれば、御幸は見たことない女生徒数人に囲まれている。正直、御幸がモテようとモテなかろうとどうでもいいのだが、ああして囲まれると私が困る。何故なら奴の前の席は私の席だ。つまり私は彼女たちをどかさないと、食事にありつけないのである。ああ困った困った。私は肺いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ。

「──御幸!」

 グランドの隅々まで通る声を活かして大声で呼ぶと、御幸だけでなく周りの女子も飛び上がった。引き攣った笑みをそのままに御幸と目が合い、私は教室の外を親指で差した。

「監督が呼んでる! すんごい剣幕だったけど大丈夫!?」

「やっべ!! すぐ行く!!」

 がたんっ、と椅子を引いて荷物をまとめて御幸は教室を飛び出す。残された女子たちは引き留める間もなくぽかんとした顔のまま。私はそれを見届けて、御幸を追いかける。

 御幸と並んで速足で歩く。行き先がどこかも、御幸は訊ねないまま。こいつどこ向かってるんだろうと思いながら一緒に階段を下りる。一階に辿り付いてようやく、御幸は口を開いた。

「……一応聞いとくけど、監督の下りは嘘だよな?」

「逆に聞くけど、監督がすごい剣幕になるような心当たりがあんの?」

「だよなあ。よかったー、助かったわ」

「あいつら退かないと座れないしね」

「なんだよ、俺の為に助けてくれたんじゃないのか?」

「えっ、なに御幸こわっ。私にそういうの求めてんの……?」

「怖いってなんだよ、怖いって」

 からから笑いながら、御幸はいつも通りふてぶてしい態度で歩いていく。自販機コーナーの前に差し掛かると、御幸は突如立ち止まった。

「なに?」

「奢る」

「え、いいよ。そこまではしてないし」

「人の好意には素直に甘えとけって、俺みたいに」

「はあ……」

 自販機向かう御幸のでかい背中を見送りながら私は曖昧に頷く。昼時ということもあって自販機は中々混み合っており、寒さに身を震わせながらしばらく待つと、ニヤケ面が戻ってきた。

「ほら、これ」

「ん、ああ、ありがと──」

 そう言いながら受け取るそれはとても暖かく、冷えた指先がじんとした。それはあったかいミルクティーだった。ペットボトルに入ってて、砂糖少なめの、私がいつも良く昼に買うやつ。あの自販機にはミルクティーなんか何種類も売ってるのに、だ。

「よく見てるね」

「観察眼が命の仕事ですし?」

「対戦相手ならまだ分かるけどさあ」

「アンテナ張ってて困ることねーし」

 事もなげに言う御幸。そういうところは素直に尊敬できる。一人の人間としても、捕手としても。ぱきり、とキャップを捻ってミルクティーを喉に流し込む。ミルクの柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、ほっとため息を吐く。

「うん、おいしい」

「それは何より。この調子で今後も頼むわ」

「えっ、また助けなきゃいけないの?」

「そこをなんとか」

「いやいや、自分で何とかしなよ」

「人に頼んだ方が手っ取り早いし」

「あんたの大好きな倉持くんにお願いしたら?」

「あいつ面白がって助けてくんねえから」

「大好きなのは否定しないんだ……」

 野球部仲いいなあ、なんて話しながら、二人で肩を並べて歩く。校舎に戻ると、私は教室へ、御幸は食堂へ向かい、それぞれ別れて歩き出す。特に挨拶もなく、会話がぷつんと途切れるのと同時に、私たちの足取りは自然と己が向かうべき方へと進んでいったのだ。

 多分きっと、こうして御幸一也との接点はなくなるのだろうと思う。そうして部活を引退して、高校を卒業して、きっと私たちの道は交わらなくなる。友情とは何とも儚いものである。それを寂しいと思うほど奴と親しいわけではないし、やっぱり御幸が好きだという訳でもない。だけど。

「(私の好きなミルクティーも、忘れちゃうんだね)」

 自分が好きなものを、好きでいてもらえるのは当然嬉しい。だけど、好きでもないものを誰かが好きだったのだと覚えてもらえるのもまた、何となく気分がいいものである。けれど御幸はいつか、そんなことも忘れてしまう。私との儚い友情など、持ってあと半年が関の山。これから御幸は色んな人に出会っていき、どんどん新しい情報を得ていき、古い情報はタンスの奥底に仕舞われて、埃をかぶっていき、いつかタンスごとポイされてしまう。

 それは少しだけ、勿体ないな──彼の憎たらしい笑顔を思い浮かべながら、そんなことを考えた。



 なお、私の愛するミルクティーは御幸一也の記憶から消えるより先に販売終了となった。まあ、人生などそんなものである。



*BACK | TOP | END#


- ナノ -