馬鹿の壁

「水上って自分以外の人間全員馬鹿だと思ってそう」

「は?」

 前もって断っておくが、別に水上に喧嘩を売っているわけじゃない。寧ろクラスメイトとして、隣の席の人間として、それなりに友好的な関係を築いてきたつもりである。故にこそ、気の置けない仲──とまではいかないけど──でしか言えないこともあると思うわけで。

 日直が日誌書くために放課後の教室で二人きり、なんて今時ベッタベタなシチュエーションがあるのかと驚いたけれど、日直である水上と私にそんなベタな指令が下された。渋々残って日誌を書き綴っていると、なるほど、ぼんやりと茜色に染まる教室は中々どうして、ロマンスが生まれそうである。まあ、私たちの間には特にそういったものは生まれないんだけど。

「俺、そんな嫌な奴に見える?」

「そういうわけじゃないけどさ」

「けどそう見えたんやろ?」

「実際そうじゃないの?」

「質問に質問で返すな、アホ」

 少なくとも私のことはアホだとは思っているらしい。水上は手慰みとばかりにペン回しをしながら、一向に埋まらない日誌にばかり目を落としている。

「そう見えるってわけじゃないけど、まあ、何となくそんな気がするんだよね」

「ほーん、例えば?」

「今日のホームルーム、文化祭の役割分担めっちゃ時間かかってたじゃん。その時の水上が『俺一人やったらすぐ帰れんのに』みたいな顔してたから」

「……そんなん別に、俺だけやないわ」

「そう? 早く帰りたいなと思っても、自分だったら、とは中々考えないでしょ」

 確かに今日の文化祭に向けての役割分担会議は中々に白熱、もとい難航した。誰も彼もが面倒な作業をやりたがらない。うちの高校はボーダー隊員も多いから、隊員には面倒事は任せられない。かといって残ったクラスメイトが面倒な仕事を率先してやりたがるかと言えばそうでもなく。みんな買い出しとか飾りつけとか、そういう楽な仕事にばかり殺到する。まあ、私もそのうちの一人なんだけどさ。

「IQが二十違うと会話が成り立たないとかいうけど、水上にとってもそうなのかなー的な。そうだとしたら、他人と関わるの大変そうだなーとか、色々思った」

「……せやったら、お前と会話が成り立ってるんはなんなん。奇跡?」

「あれれおかしいな。私そんなアホだと思われてる?」

 まあお世辞にも水上より頭いいなんて言えないけども。ただ、水上くらいキレる奴──決して影浦のような人間という意味ではなく──にとって、周りの奴がゴミクズに見えて苛々しないのかな、と思ったのだ。故にこそ、こいつは『日直からの今日の一言』の欄を永遠に埋められず、長々と時間を費やしているのではないか、と。

「しんどいとかは思わんなあ」

「そうなんだ」

「大体他人ありきやろ、人生なんか」

「意外。そういうの無駄って思う人かと」

「俺かて友達百人、彼女は──まあ、彼女は一人でええけど、欲しいわ」

 意外、と私は目を丸くした。そういうのこそ、水上にとって無駄で無意味で無為にするものだと思っていたから。確かにボーダーの友達は多いみたいだけど、そこまで人当たり抜群ってわけでもないし、そもそもこいつ友達百人ってタイプじゃない。気の置けない奴が一人二人いればいい、って頑固一徹なお爺ちゃんみたいな考えのはずだ。
 
「嘘つきブロッコリーだなあ」

 けらけら笑って日誌を奪う。これ以上ちんたらしてられない、バイトに送れてしまう。水上が永遠に埋められなかった日直の一言を私が代筆し、日誌をぱたんと閉じる。そんな私に、水上は呆れたように長々とため息を吐いた。そして。

「やっぱお前とは会話成立せんわ」



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