Decryption key

 私は所謂夜型の人間だ。余裕で日付を超えても元気に活動してしまう。対する恋人は超昼型。試合日にもよるが、朝は大体七時起き、夜は帰宅が遅いがそれでも可能な限り早めに眠ってしまう。何分相手はプロ野球選手。睡眠不足は天敵だ。故に、こうして数少ないオフの日に一也が家に泊まりに来ると、全く眠くなくとも、二十二時過ぎにはベッドに引きずり込まれるのである。なお、明日の予定次第では衣服を引っぺがされるのだが、今日はちゃんとパジャマの着用を許された。

「一也、やばい。全く眠くない」

「だから早起きしろっつってんのに」

 夜型=遅起きの私は余裕で昼までぐっすりだ。おかげで一也と生活リズムを合わせるのは大変だ。暇を持て余す大学生を舐めないで欲しい。とはいえ、御幸一也の腕枕という、どんな高級枕にも敵わない寝具に頭を乗っけて、そのふかふかの胸筋にすり寄る。程よい温かさと、リラックスする彼の匂い。加えて子どもをあやすように大きな手のひらが髪を梳いてくれる。いい具合に髪が引かれて頭皮に柔らかな刺激が与えられ、徐々に微睡んでくるから不思議なものだ。子どもができたら、寝かしつけるプロになれるかもしれない。

「眠くないけど、眠くなってきた……」

「はいはい」

 一也は慣れた口ぶりだ。私が眠くない起きてるまだいけると騒いでも、言うことを聞いてくれるのは私が服を着ていない時だけだ。全く、自分の予定がある時に限ってこうなのだから、ずるい男だ。たまには可愛い恋人とゆったり夜をふかしてくれてもいいだろうに、つれない男だ。そういうところも、好きになってしまったんだけどさ。

「うー……かずや……まだ寝たくないー……」

「寝ろ寝ろ。明日も早えんだから」

「かずやだけだもん……」

「俺の試合見に来てくれんだろ?」

「んん……」

「勝つから、見てろよ」

「みなくても……勝つじゃん……」

「まあな」

 得意げな顔が暗がりの中ぼんやり見えて、こいつぅ、とむにゃむにゃした声が出た。仕方ない、そんなに言うなら早寝も悪くない。一緒に目覚めて、たまには朝食でも用意してみようか。慣れないことするなよって、いつものように目覚めのコーヒーを淹れる一也の横で、エッグベネディクトなんて洒落た朝食にチャレンジしたりして。たまには──そう、たまの早起きの為に、こうして一也の口車に乗ってやるのも、悪くないのかもしれない。

「おやすみ」

 ほーんと、ずるい男。不思議なもので、その柔らかな一言は私にとっての鍵だった。がちゃんと錠が落ちるように、私の意識もゆっくりと薄れていく。ずるいな。私、どんどん一也に侵されていく。でも嫌じゃない。寧ろ嬉しい。鍵をかける男はきっと、鍵を開けてくれる男でもあると、私はよくよく知っているからだ。

 だから私は「おはよう」の開錠の音を、夜の中で待ち続けよう。



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