好きな人にはすでに別の好きな人がいた。特別不思議なことはない、矢印は常に一方通行だ。向き合ってること自体が奇跡に等しい。だから、自分にはその奇跡が訪れなかった。ただそれだけ。そうして御幸一也はあっさりと、自分の恋愛感情に対してきれいさっぱり割り切った。 「御幸お前、先輩のこといいのかよ」 「んー?」 クラスメイト兼チームメイトの倉持が背中を小突いてくる。視線の先には、卒業証書を手に友人や三年の野球部員と写真撮影をする、元マネージャーの先輩の姿。いいも何もないと、妙に勘の鋭い男に言い訳する気も起きずに、御幸は頭の後ろで手を組む。 「いいも何も、先輩には哲さんというそれは素晴らしい恋人がいるわけだし?」 「でも、好きだったんだろ」 「そんな漫画みたいなセリフ言うキャラかよ」 「テメェ人が下手に出てりゃいい気になりやがって」 「俺に同情してくれる心優しい倉持くんカムバック」 秒で顔つきを豹変させる倉持。そんなんだから友に義に厚い彼はヤンキーみたいだと他の女子から恐れられるのだと、親切に教える機会は今のところ訪れず。チッと、御幸の心境を読んだかのようなタイミングで、倉持が舌打ちした。 「同情なんざするわけねーだろ。テメェみたいな意気地なし」 「……お前ね。意気地なしっつーけどさあ、哲さん相手にどうしろっつーんだよ」 四番としてキャプテンとして、その背中で百人あまりの部員を率いてきた男の偉大さは、誰よりも御幸が一番理解していた。尊敬するし、純粋にかっこいい人だと思う。外見も、内面もだ。御幸一也はああはなれない。そんな尊敬する人の横には、いつだって御幸が見つめていた人がいた。二人はいつも幸せそうだったし、誰もが祝福していた。御幸が立ち入る隙は爪の先程度もなかった。だから勝負する気はなかった。ただそれだけ──。 「──哲さんじゃなくても、お前はそうだろ」 「……」 「お前がいいならもう言わねえけどよ。そんなんじゃお前、一生見送る側だぞ」 こんな風にな、そう言い残して倉持は先輩の元へと駆けていく。おめでとうございます、顔に似合わず礼儀正しく腰を折る倉持に、先輩は涙を浮かべながら、元気でね、頑張ってねと声援を送る。その声をもう耳にすることはないのだと思うと、確かに惜しいと感じはする。彼女が自分を見てくれたらきっと楽しいだろう、幸せだろうと、考えないわけではなかった。 けれどそれは、これから野球をやるのに支障はない感情だ。 「……別に、困らねえよ」 結局のところ、御幸一也にとっての恋愛感情なんて、その程度のものでしかない。 |