少女の祈り

「初めましてこんにちは! 好きです! 殺してください!」

 朝から不審者に絡まれた。寝起き早々勘弁してほしい。

「俺、これから仕事なので。それじゃ」

 こういう手合いは関わらないに越したことはない。相澤消太は軽く一礼してその場を後にする。

 ヒーロー兼教師の朝は早い。出勤ギリギリまで眠り、仕事へ向かおうとした矢先にこれである。今日はツイていない。ただまあ、仕事柄「殺してやる!」と絡まれたことはあっても「殺してください!」と絡まれたのは人生初の出来事であった。しかも年若い、教え子と同じ年ぐらいの少女に、だ。最近の若者はどういう教育を受けてるんだか、なんて小言が脳裏をよぎる程度には自分もまた若さを失いつつあるのかもしれない。ため息交じりでそんなことを考えながら歩いていくと、先ほどの不審少女が行く手を遮った。

「ああんツレない! でもそういうとこがいい! でも待って、すぐ終わるんで!! 寧ろ終わらせてほしいというか!!」

 朝からこのテンションで不審者に絡まれるのはキツい。朝じゃなくてもキツいが。これは無視したところで追いかけてくるだろうと判断した相澤は、少女に向かって大袈裟なまでにため息を吐いた。

「年、名前、あと学校名」

「はい! 雄英高校普通科1年D組、花の16歳です! 名前は──拙者、名乗るほどのもんじゃあございませんのでそこはこう、ご容赦を! あ、いっそ容赦なく殺してください!」

 最悪だ、科は違えどうちの生徒ではないか。適当に補導してあとはそこの教師なり警察官なりに押し付けてやろうとした算段がパアである。しかしながら仮にも教職の身、雄英の生徒ならば捨ては置けない。例え自分自身の命だろうと、殺人教唆──この場合、自殺幇助に当たるのだろうか──は立派な犯罪。若いうちから馬鹿なことを、なんて諭すつもりはさらさらない。望まれず奪われる命があるのだから、なんて押しつけがましい説教も非合理的。ただ、ヒーローたるもの、犯罪未遂は見過ごせない。それだけだ。

 仕方ない、とヒーロー然とした男が口を開く。よりも先に、少女が嗤った。

「──1035191回」

「……何?」

 7桁の数字。回数。理解したのは、最初だけ。だが、少女が見せつけるように腕捲りしたその姿に、思わず言葉を失った。切り傷刺し傷火傷打撲青あざ、ありとあらゆる暴行の痕跡が、枯れ枝のような細腕に刻み付けられている。その凄惨たる光景に一瞬怯んだその隙に、少女は服の襟元をぐいっと引っ張り、相澤に見せつけた。

「──ッ!?」

 傷だらけ、なんてレベルの話ではない。腕よりもより惨たらしく、少女の首には切り傷やら刺し傷の痕が赤々と浮かび上がっていた。何と痛ましい姿だろうか。出刃包丁でめった刺しにしてもこうはならないだろう。そのどれもが昨日今日つけられたであろう生々しさを放っており、何故首皮が繋がっているかが不思議に思えるほど。

「死ぬのは、簡単なんです。もう100万回やりました。なのに」

 少女は、最初の明るさが嘘のように、嗤う。その悲痛な傷跡に泣くでもなく怒るでもなく、少女の口元には薄ら寒い笑みが浮かぶだけ。

終わらないんです[・・・・・・・・]、100万回。私は同じ傷を以て、違う人間に生まれ変わってしまう」

 100万回死んで──生まれ変わる。その言葉を──個性を何と表現すべきか、相澤は理解した。だが、それを口にするにはあまりに惨すぎた。本来であれば救いとならん『輪廻』が、個性として発現するだけでこんなにも歪むのか。神や仏がいるのだとしたら、あまりに理不尽な救いに吐き気さえこみ上げた。

「個性を、殺してくれるんでしょう。あなたの手なら、私、死ねるんです」

 縋りつくか細い二つの腕。どこもかしこも傷だらけで、見るに堪えない。

「お願いヒーロー。私を殺して」

 けれど少女の祈りはあまりにも遠く。
 
 ヒーローとして彼女に示せる救いの道は、あまりに少ない。



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