恨ミ、骨髄ニ徹スベシ

 好きな子ほど苛めたいという気持ちを、夏油傑は露ほども理解できない。

 好きだという感情は、多かれ少なかれ相手を慈しむ気持ちから生じるはずだ。であるならば、泣かせるまで苛める、という行為に果たして慈しむほどの想いはあるのだろうか。しかし、彼女に他の男がすり寄るだけで人を呪殺せんばかりの視線を寄越したり、街中で彼女と仲睦まじく歩く若い男──実際は彼女の実の兄だったのだが──に食って掛かるなど、多少なりとも愛情にも似た執着があると夏油は考えている。無論、当の本人はそれを断固否定する。俺が? あんなちんちくりんを? 馬鹿かよそこまで趣味悪くねえし。その言い訳を、耳に胼胝ができるぐらい聞いた。誤魔化しているのか自覚がないのか、とにかく、好きな子と思しき後輩に悪趣味な苛めを続ける親友に、夏油はほとほと参っていた。

 仮にもだが、百歩譲って仮にもだが。それが『構う』で済む程度のちょっかいであれば、夏油もここまで頭を悩ませる必要はなかっただろう。だが、五条の彼女に向けた歪な愛情はそんな可愛らしいレベルでは済まなかった。幽霊が苦手だという彼女を無理やり拘束してホラー映画を何時間も見させ続けたり、訓練と称して組み手中に制服のスカートをわざと破いたり、少し洒落た髪留めを付けるだけで「男ウケ悪そう」「なに色気づいてんの」などと思いつく限りの悪態をつく、などなど。上げればキリがない。今日も今日とて、彼女の制服ポケットにムカデを忍ばせ、グラウンドから聞こえるか細い悲鳴に五条はゲラゲラと大笑いしていた。

 厄介なのが、それに対して彼女が抵抗しないことだ。庵歌姫ぐらいの気骨があればまた違ったのだろうが、とにかく彼女は大人しく、物言わぬ性質だった。されるがまま、なすがまま、辛ければただ一人、誰もいない静かな部屋で涙を呑むだけ。

「いい加減悟に言ったらどうだい。もうこんなことはやめろ、と」

 親友の愚行が目に余るばかりに、涙を浮かべ一人佇む彼女にそう告げる。夕暮れ時、泣いている少女は一層痛々しく見える。結局、本人に自覚がない分、第三者がいくら口を出そうが五条には響かない。彼女本人の口から告げるべきなのだ。運が良ければそれで自覚するだろうし、そうでなくても抵抗の意志を示さない限り、あの悪辣な男はいつまでも止まらない。だというのに。

「ありがとうございます。でも、いいんです」

 そう言って、いつも彼女はたおやかに微笑むだけ。そうやっていつも煙に撒かれてきたが、今日は我慢の限界だった。か細い彼女の腕を取って手繰り寄せる。

「君がそのままでは、悟はいつまで経っても変わらない! 忍耐は美徳ともいうが、それにも限度が──!」

「違うんです」

 静かな言葉。腕を振り払う力など夏油にしてみれば赤子の抵抗にも等しいのに、なぜかこの手からすり抜けていく。

「先輩、違うんです。私そんな、優しくはないんです」

「だが──!」

「だってこれは、“縛り”なんですから」

 にこりと微笑んだまま、彼女は実に呪術師らしいことを宣う。



「いつか五条先輩を呪い殺すための縛りなんです。だから」



 そう言って彼女は、微笑んだまま夏油を睨めつけた。

「『邪魔を、しないでください』」

 そういえば──彼女は確か、呪言師の家系、の。



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