ゲッツー

「阿部って坊主にしないの?」

「野球部イコール坊主って図式がそもそも古ィ」

 ぼさぼさ頭を横目にそんなことを呟けば、最近席替えにより隣人となった阿部は即座に答えた。そこで私は二つの衝撃を受けたわけだ。一つ、野球部イコール坊主の図式が古い、という認識が私にはなかったこと。二つ、阿部が私のくだらないお喋りに返答したことだ。何故なら授業の合間の貴重な休み時間を、この男は八割八分睡眠に充てていたからだ。野球部の練習量はすさまじい。一分一秒でも長く眠っていたいという気持ちは分かるのだが、その性格も相まって休み時間の阿部はとにかく話しかけづらい。だからチャイムの終わりと共に次の授業の教科書を引っ張り出し、それを枕にして机に突っ伏す阿部を見てこぼれた独り言じみた言葉に、反応されるとは露ほども思わなかったわけだ。

 そんな驚きがじんじんと身に染みてしまい、不自然な沈黙が二人の間をすり抜けた。仮にも好きな人と隣の席になるという青春チャンス全ツッパなこの状況でこれはまずいと、私は慌てて適当な言葉を紡ぐ。

「え、そ、そうなんだ。練習中とか暑くない?」

「あちーけど坊主の方がイヤ」

「あ、やっぱみんな坊主ってヤなんだ」

「みんなってわけじゃねえと思うけど、ダセーしガキっぽく見えるから俺は好きじゃなかった」

「……ってことは、阿部も坊主だった時期があると?」

「中学の頃な」

「うっそ!? 見たい! 写真とかないの!?」

 なんだそれ見た過ぎる。阿部の中学の姿。坊主。全然想像できない。餌を投げ込まれた池の鯉ばりの食いつきに引かれないか一瞬肝がヒュンッと冷えたが、阿部はぼんやりとした顔でポケットからスマホを引っ張り出すだけだった。

「送る。スマホ出して」

 思わず釣り上げられた魚のような声を出すところだった。出せって何。え、送ってくれる? 坊主の写真だけじゃなく連絡先までもらっちゃっていいんですか。ていうかなんでわざわざそんなこと。スマホ貸してくれるだけでいいのに。あー、いやでも分かる。写真見せるためにスマホ貸すと、見せたくもない画像を勝手に見る奴いるじゃん。私もそれやられるのすげー嫌。そういうリスク回避のためか、と一瞬落ち込むも、引き換えに阿部の連絡先が手に入るという事実に突如として脳内はお祭り騒ぎ。なにそれおいしすぎない。今日のめざまし占い絶対1位だったなコレ。神様ありがとう。これが噂のゲッツーとかいう奴か。なんて浮かれポンチ頭のまま阿倍のIDをゲットする。アプリを開くと『新しく友達になりました!』の欄に『阿部タカヤ』とでかでかと表示される。なにこれやばい。なんで名前だけカタカナなの。かわいい。あとでスクショしておこう。

 阿部が何やらスマホを操作しているようなので、黙って待つ。すると『ぽん』とスマホに通知が入ったので、阿部の坊主姿を想像しながらウキウキ気分でそれを開く。と。

『嘘だから』

『昔の写真なんか持ってるわけねえだろ』

『お前チョロすぎ』

 三つのメッセージが連続して私の画面に表示される。送り主は言わずもがな、隣でふんぞり返っている男。ん? んん? なにこれ。どういうこと。何が起こってるのか訳が分からないまま目を白黒させていると、私を困らせた張本人がぶはっと吹き出した。

「ドーモ」

 そうしてニヤニヤ笑いながら、阿部は自分のスマホを私に見せつける。そこには何も返事ができていない、私のトーク画面があるだけ。
 
 ──え? なに? エ!?



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