蒼穹に殉ず

「いつも思うんですけど、大佐って女の趣味悪すぎません?」

「君の上官に対する口の利き方よりはマシだと思うが」

 そりゃどうも、と、上官と言い張る男に向かって私は軽く肩を竦める。そうは言ってもこの男、気付くたびに隣にいる女が変わるのだから、皮肉の一つも言いたくなる。ついにはその顔を仮面で覆うことのなくなった、耽美な顔を見ながら私はため息を漏らす。

「ああすみません、語弊がありますね。別にこれ、彼女たちの悪口ではないんですよ」

「つまり?」

「需要と供給の不一致とでもいいますかね。大佐はいい加減ご自分の趣味と、ご自身に求められているものが著しく乖離している点を相手方に断った上で交際すべきなのではないか、と」

 何分、こんなスパダリの代名詞みたいなツラと経歴を抱えておきながらこの男、女の趣味は『母』ときたもんだから手に負えない。母親の虚像を追いかけておきながら、自分に寄ってくるのは真逆の女ばかり。守って欲しい、愛して欲しい、導いて欲しい、そういった頼れる男性像をよりによってこの男に見出す女たちの目が曇っている、と、糾弾するのは容易い。しかし、それを否定することなく、見栄を張るから余計ややこしいことになるので、八割方大佐が悪い、に落ち着いてしまう。大人しくマザコンであると大々的に謳っていれば、多少の悲劇は回避できたかもしれないのに。数多の乙女の涙を憂い、嘆いていると、大佐は私の顔をじいっと見つめていることに気付いた。容姿が整っていようが何かと癪に障る彼のパーツの中で、唯一その宙のように青い瞳だけは、私は好ましく思っていた。

「──君なら」

「は?」

「長い付き合いだ。君なら私の趣味も、その『ご自身に求められているもの』とやらも踏まえてくれるのではないかね?」

 真面目腐った顔で言う大佐に、言われてみればと私はしみじみ頷く。そう、本当に長い付き合いである。宙を飛ぶのが好きで、パイロットを志すようなはねっかえり女の私はお堅い上司たちに悉く嫌われ、流れ着いたのが大佐の部隊だった。大佐は能力があれば年齢も性別も問わずに使役してくれる。あの人はそれだけのカリスマがある、とは初陣で呆気なく死んだ同期の言葉だが、私は自分を長く使ってくれる物分かりのいい上官なら誰でもよかった。そんな私と大佐の関係は本来なら一年戦争での敗北を機に死によって途絶えるはずだった。しかし、何の因果か二人して生き残り、それからあちこちの組織に転々として生き永らえた。やれニュータイプだやれ独立戦争だやれ革命だと世論に揉まれ、自らもその渦中に飛び込む大佐に『どうぞお好きに』と放っておく手も勿論あった。しかし、この人の傍でなら、私は悠々自適に宙を飛べる。大佐はそんな私をいいように使える。そんな利害関係は今の今まで崩れることなく、結局私はネオジオンの総帥にまで上り詰めた男の右腕に落ち着いてしまっている。まあ、昔の癖で私はずっと大佐って呼んでるけど。

 君ならと、彼は言う。この人なら、と私は思う。そして二人同時に、仰々しくため息を吐いた。

「勘弁してくださいよ。私、ヘンケン艦長みたいな一途な人がいいんです」

「すまない、魔が差した。君を選ぶぐらいなら、一生独り身でいい」

「サザビーごと撃ち抜きますよ」

 そうして軽口を叩きあいながら、大佐と共は時代のうねりを突き進む。どんな結末だろうと、私には大して興味はない。ただこの人の吹く風なら、私は飛べる。それだけの話だ。そりゃあ、この人を抱きしめて、キスをして、慈愛の心で接するなんて願い下げである。けれど、最期までその青き宙に殉じる程度の忠義くらい、私にだってあるんですよ、大佐。



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