※子どもネタ ※ちょっと品がない 「一也のヒロインって、なんかつまんないよね」 多分、きっかけはそんな一言だったと思う。 他意はなかった。ただ、プロ野球選手の夫が活躍した時にお立ち台に上がり、下手くそなアナウンサーのヒーローインタビューに対して淡々と受け答えするその姿を見て『つまらない』と思った。それだけのこと。元々一也はファンサいい方じゃないし、ノリもあんまよくない。よく言えば優等生、悪く言えば面白みがない。インタビューやら雑誌の取材を見ても、名言や茶目っ気が出るわけもなく、来た質問を素直に打ち返すだけ。 ただ、別にそれが悪いとは言わない。彼らの仕事は野球をして、チームが勝つことだ。マイクやカメラに向かってペラペラ喋ることではない。だから、もっと愛想よくしろとか何とか言う気はない。本当に、ただの感想だ。絵本を読んだ。可愛かった。以上。そのレベルの考えを、口に出しただけ。 「……へーえ?」 なのだけど、どうも私の一言は一也の癪に触ってしまったようで。気付けば買ったばかりのソファに押し倒されていたのだった。 「じゃあもっと面白い受け答えするから、付き合ってくれよ」 「それはいいけど……この体制に、何の関係が……?」 「いーからいーから」 「良くないよ!? バカバカ子ども起きるでしょ!!」 現在二歳になる息子は、この二時間はぐっすりお昼寝タイムだ。とはいえ、これから何しようとしてるかなんて察せないほど馬鹿じゃない。リビングでおっぱじめて子どもが起きて来たらどうするんだと抗議するも、アスリート相手に力で敵うはずもなく、私はいつものように呆気なく食べられてしまう訳で。息子が起きてくる前に片付いてよかったと、胸を撫で下ろした。その次の日のことだった。 イヤイヤ期の息子が床に引っくり返したご飯を拾い集めながら、ちらりとテレビを見る。今日の試合も、嬉しいことに夫は大活躍。初回先制ホームランが勝利点となり、一也がお立ち台に上がっていた。またつまらないインタビューを聞く羽目になるのかと思いながら床を掃除していると──。 『御幸選手、最近絶好調ですね!』 『ありがとうございます』 『この三カードで二ホーマー七打点! 素晴らしい成果だと思いますが、ずばり、好調を保つ秘訣は何でしょう?』 『そうですね──規則正しい生活、ですかね?』 子育て戦争など素知らぬ顔で、マイクを向けられた一也がそんなことを答えていた。野球選手って『規則正しい生活』とはかけ離れた生活してると思うけどなあ、なんてボヤきながら、今度はお茶を玩具にし始める息子の手からプラスチック製のコップを取り上げるのだった。 そんな戦争は息子が力尽きて眠り落ちてくれることでようやく終わりを迎える。今日も疲れたとお茶を飲みながら夫の帰りを待つこと数時間。日付が変わるか変わらないか、という時間帯になってようやく一也は帰ってきた。ほら見ろ、どこが規則正しい生活だ。 「おかえりー」 「おー、ただいま。……あいつ、もう寝た?」 「そりゃこんな時間だしね」 ちらり、と寝室を覗く一也に私は小声で頷いた。デーゲームならまだしも、平日は朝は遅いが夜も遅い一也だ。息子が起きて出迎えるわけもなく。少しばかり寂しそうにベッドを眺める一也のため、息子の成長記録はちゃんと残しておこうと決めたその時。 ぐ、と腕を掴まれたかと思えば、そのまま壁へ壁へと追いやられる。なに、と訊ねる間もなく食われるようなキスが降ってきて、肩が飛び跳ねた。 「え、なに。珍しいね?」 キス一つで、相手が何を求めているか分かる程度の付き合いではある。一也とは十代の頃から一緒だった。何年経ってもこうして求めてくれることは嬉しいけれど、流石に子どもが生まれてからは頻度が下がっていた。お互い疲れてるしなあ、と特に気にしてはなかったけど、流石に二日連続は久々というかなんというか。 驚き見上げる一也の顔は、あの頃と変わらない。何か企んでいるような、鋭い眼光がじっと私を見下ろしてくる。ぞくぞくと背筋が震える。嬉しさ半分、残り半分は珍しさと意外性。だからその疑問を解消すべく訊ねれば、一也はにたりと意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。 「お前が言ったんだろ。面白い受け答えがいいって」 「え、いや、そこまでは言ってな──」 「だからさ、『規則正しい生活』に付き合ってくれよ、な?」 「は」 いやほんと、馬鹿じゃないの。心底本気で思った。なのに、結局その場で食われてしまう辺り、私も大概大馬鹿な自覚はある。でもね、流石にそれはちょっと、ド下ネタが過ぎると思うのですが、いかがでしょうか。まあ、私以外に分かる人いないならまあいっか? *** と、思っていた時期もあったなあ、などと。 「母さん……父さんのあのヒロイン止めさせてよ……」 「俺ら何度『規則正しい生活(意味深)』って言われたか……」 「もう知らないおじさんに『また弟ができんのか』って言われるのヤだあ……」 「……次は妹だよって言ってやんな」 「「「マジで!?」」」 XX年後、げっそりとした息子たちの様子など知りもせず、テレビの向こうで年甲斐もなくランニングホームランを決める一也に、私も眉間を揉むことしかできずにいたのだった。ああ、今日もまたお決まりのインタビューが来てしまう、と。 |