愛と呼ぶにはあまりにも

※不愉快表現乱れ打ち

※何でも許せる方向け



















 Q.キャバ嬢と付き合いたいんだけど、どうすればいい?
 A.この世に絶対はないけど、絶対ありえない。

 考えても見てほしい。露出の高いドレスを纏い、化粧で武装し、サービスという愛想を上乗せし、すごいかっこいい楽しいね好きだよなんて甘ったるい言葉を囁く。金に買われた都合のいい女を好きだという男に対して、『都合のいい女』を演じる私が同じ思いを男に返せるなんて、不自然にも程があるだろう。そもそも交際なんて、お互い言葉を交わし、親交を深め、時間を重ねた先に初めて見えてくるものだ。なのに、この店に来る男の八割八部はその距離感がバグってる。女は疑似的な恋愛を売って、男はそれを分かった上で楽しむ。ガルバだのキャバだのは、謂わばそういう場所だ。なのに何故、金だの店をを挟まずに付き合えると思うのだろう。理解に苦しむ。

 でもイケメンは別なんでしょ、なんて父ほど年の離れたガチ恋客にそんなことを言われたことがある。だが、実際相手が金持ちだろうがイケメンだろうがアイドルだろうがホストだろうが“無い”ものは“無い”。ありな子もいないわけではないけど、何十人も何百人も『雄』を見てきて、何百人も何千人も痛い奴やばい奴危険な奴ガチな奴とモンスターどもを見てきたのだ。ありなし以前に人間不信になるわ。

 けれど、最近はこうも思うようになった。好意を好意と示すだけ、マシなのでは、と。

「昨日の試合、見た?」

「も、勿論です!! 八回裏のスリーラン見るだけで疲れ吹き飛びました!」

「そりゃよかった。久々にあんな綺麗なの打てた気するわ」

 そう言って、隣で嬉しそうに笑うその人の名は御幸一也。なんと現役プロ野球選手様である。おまけに一軍でスタメン被る一流選手の上に、礼儀正しいイケメンで、金払いもいい。昨今にしては珍しく優良客だ。けれど、私はこの優良客が、どうしても好きになれなかった。

 最初は、そんなんじゃなかった。この人に出会った時、私はまだペーペーの新人だった。先輩方に比べたら、接客の質なんかたかが知れている。ただ、私は父親の影響で野球が好きだった。プロも好きだし、高校野球も大好きだ。ただ、野球はいい会話のカードになるものの、応援している球団が一つ違えば宗教戦争待ったなし。なのであまりカードとしては有効ではなかったのだが、現役選手なら別だ。しかも、彼は私の贔屓の球団の選手。ここぞとばかりにあの日の試合の勲等打だとか二盗刺す姿だとか話題に上げた。自分の趣味ということもあり、比較的上手くヨイショヨイショ出来たと思う。その甲斐あって、彼が店に来るときは指名を貰えるようになったのだ。

「(あの頃はよかったなあ……)」

 当時は太客ゲットと万歳三唱したものだ。何分私はあまり器用な方じゃないし、かといって器量が飛び抜けて良いわけでもなく、胸や尻が大きいわけでもない。売上だって下から数えた方が早かったレベルなのに、この太客一人いるだけで売り上げは倍増、いや、倍どころじゃない。五倍まで伸びた。本人は大して飲まないくせにガンガンこっちにはドリンク飲ませてくれるし、チップも弾んでくれる。おまけに、本人は忙しい上に表向きは清廉潔白な野球選手、同伴することも逃げられることもなければ、自撮り送れだの店外しようだの面倒なメッセージが飛んでくることもない。交流は、あくまで店の中だけ。なんて良いお客さんなのだろう。ユニ買って還元します──なんて、笑ってられたのは最初だけだった。

 アレレ、となったきっかけは何だったか。来るたびにアルマンドだのクリスタルだの馬鹿高いボトルを入れてくれることだったか。スポンサーから貰ったけどいらねーからと、いくらするのか分かったもんじゃない時計もポイポイくれ始めたことだったか。或いは、チップの一言で中身ごと財布を押し付けられたことだったか。まあ、なんだ。とにかく、なんというか、その、御幸さんは何かと私に金を注いでくれるのだ。それ自体は嬉しい。チップや貰い物はほぼ私の懐に入るし、売り上げが伸びれば出来高も増えるしで、非常に助かっている。無論、だからって本人の酒癖が悪いとか痛い客とかキモいとかそんなことはなく、飲み方も綺麗だし、かなり静かで大人しいし、黙ってるだけで目の保養とまで言われるイケメンだし、とんでもない優良客だ。けれど、申し訳ないことに、私はだんだんとその献身が怖くなってきたのだ。その好意の大きさに見合うサービスができているとは、とても思えない。だから恐る恐る聞いてしまったのだ。どうしてこんなに良くしてくれるのか、と。震える手でグラスをステアしながら訊ねれば、彼は見たことないぐらい穏やかな笑みを湛えて、こう言ったのだ。

『だって、そういう店なんだろ?』

 そうですけども。そうなんですけども。私の売り上げにいくら貢献したのか、オーナーに聞くのも怖いぐらい金をつぎ込む理由としては、些か不自然だ。そりゃあ相手は入団数年で億プレイヤーの仲間入りした一流選手、大金持ちだ。何百万何千万など、この人にとってははした金なのかもしれない。でも、一年通して忙しい人なのに、月に何度も来てくれる。そうまでして私に入れ込む理由が分からない。

 だから、怖いのだ。

「(やっぱガチ恋、なのかな……)」

 だとしたらありがたいが、厄介だ。どんなセクハラ親父よりも、暴力客よりも、ヤカラ系よりも厄介なのが、キャストへのガチ恋勢だと私は思う。確かに彼らは表面上は優しいし、私に好意を向けてくれはする。だが、それ故にここを店だということを忘れる。大して売れていない私でさえ、会って二回目の男に婚姻届けを差し出されたこともあるし、君と付き合いたいから離婚してきたよ、なんて笑顔で言われたこともある。要はこの手の人は話が通じないし、こういうのがストーカーだの逆恨み殺人だの引き起こすことを、売れっ子の先輩たちを見てきた売れない私だからこそ、よくよく知っていた。

 ただ、厄介なことに御幸さんからは明確な好意を伝えられたことはないのだ。だから私に好意がある、というのは憶測でしかない。でもそうと考えなければ、女子アナだのアイドルだの女優だの選び放題な御幸さんが、どこにでもあるキャバクラのキャストに何百万もつぎ込む理由が分からない。そりゃあ、金が欲しくてこの業界に来たのだ。嬉しくはある。だが、普段から遊んでいるとはとても見えない彼が、どんな有名女優と並んでも愛想のない顔をしていた彼が、噂じゃあの大物アナウンサーさえもバッサリと振ったという彼が、私に入れ込む理由ってなんだ。些か不自然でも、『恋愛感情』しかなくなるじゃないか。御幸さんをいい人だとは思うけど、やはり客をそういう目では見れない。玉の輿じゃん、なんて周りは簡単に言うけど、普通に怖すぎるって思うのは私だけなのだろうか。まだこの夜の街に慣れていないだけなのだろうか?

 それでも、私にはどうしてもまとまった金が、必要だったから。

「やっぱり御幸さんはすごいです! お願いですからFAしないでくださいね!」

 だから今日も、彼に好かれるような女を演じる他ないのだ。

 ガチ恋かどうかは、分からない。ただ、稼ぐチャンスではある。なのに、得体のしれない恐怖が私を付きまとう。いつかこの大金に見合ったしっぺ返しが来るんじゃないか。そうじゃなきゃあまりにも、私にとって都合がよすぎる。人生がこんなにも上手くいくものか。だから私はここにいる。こんなところで、恋人でもない男に媚を売り、酒を煽らせ、金を巻き上げる。この仕事を好む人もいるだろうけれど、私はどうしても好きになれない。一刻でも早く辞めたい。だけど、まだ遠い。まだ、足りない。だから私は、言語化できない恐怖を腹の底に仕舞いこんだまま、一番のお得意様である御幸さんと酒を交わすのだ。
 
「あのー……鶯さん、ちょっと」

 すると、最近入った黒服が恐る恐る話しかけてきた。『鶯』は私の源氏名だ。当然、ウグイス嬢から頂いた。鳥かごの中の鳥として愛でられる姿が、ほんの少し共感できたからだろうか──なんて、些かおセンチすぎるかもしれない。

 まあ、いい。このテンションで来られるということは、トラブル発生のサインだ。

「どうかした?」

「あの人が来てるんです……あの、『落ち武者』が」

 客の前だし、あんまり言いたくないけど「ゲッ」て悪態が漏れてしまった。それは、最低料金だけでオーラスまで居座っては私に「まだ店を辞めないのか」、「早く嫁いで来い」とありがたくもない求婚を敷いてくる父親と同じぐらいの年齢の人。ぼさぼさの髪とか血走った目が『落ち武者』っぽくて裏で勝手に呼んでる。そんな痛客が、今日も金も出さないくせに鶯を出せ店から解放しろと騒ぎに来たらしい。一度や二度ではないので驚かないが、流石にもう出禁にしてほしい。

「……ハァ、また?」

「ええ。鶯さんの顔見るまで帰らないって」

「だからちょっと行って来いって?」

「いえ、追い返すので、それまで奥のVIPルームに隠れているように、とオーナーが」

「……ふうん?」

 これは意外。てっきりなあなあで済ませて来いという命令かと思いきや、流石に店長やオーナーの堪忍袋の緒が切れたようだ。まあ、店でトップクラスで貢いでくれてる御幸さんがいるのだから、そんな無礼はできない、と踏んだのかもしれないが。

 VIPルームは政治家やら筋者やら、とにかく表では飲ませられない人向けの部屋だ。私もろくに入ったことはない。揉め事になりかねないので場所を移動して欲しいという黒服の申し出に御幸さんは快く頷いて立ち上がってくれた。

「VIPルームなんてあったんだな、ここ」

「御幸さんみたいないい人には縁のない場所ですよ」

「へーえ?」

 綺麗な顔を意地悪そうに歪めながら、御幸さんはからかいがちにそんなふうに鼻を鳴らす。ただ、実際はその通り。VIPとは名ばかりの、暴れたり、お触りが多かったり、マジでその場で流血沙汰になったり、そのくせ金だけは必要以上に落とす厄介な客ばかりが通されるのだ。先輩たちも、ブスだバカだと暴言計れるなんて可愛い方で、髪を掴んで引きずり回されただの、その場で子分に指落とさせたのを見せられただの、ろくな話は聞かない。

 安全にこの部屋に入れてよかったと思う反面、ブラックライトに照らされてよくない爪痕を見せないよう、黒の革張りで統一された高価な調度品には寒気が止まらない。御幸さんと二人で席に座り直すと、彼は不思議そうな顔で部屋の入口の方を見た。

「なあ、落ち武者って?」

「あ、ええと、どうも私のこと大好きすぎるみたいで、たびたびトラブル起こすお客さんなんですよ」

「フーン。所謂、ガチ恋、ってやつ?」

「そう、そうです。ほんと、最近多くて、困り──ます、ね、ハハ……」

 しまった。ついノリで喋ってしまったが、仮にもガチ恋してる(かもしれない)相手にこの話はド禁句じゃないか。私のこういうとこが、本指名貰えない理由なのだといつも天調に叱られているというのに。

 途中で気付くも後の祭り。乾いた笑いでハハハと誤魔化しながら、黒服が運んできたボトルとグラスをテーブルに寄せて二人で並んで腰を下ろす。VIPルームには誰もない。私と御幸さんの二人だけ。嫌な汗がぶわりと浮かび、ドレスに滲んでいくようだった。けれど、私の予想に反し、御幸さんはニッと少年のように無邪気に微笑んでこう言ったのだ。「大変だな」と。

「客の俺が言えたことじゃねーけど、ああいう勘違いしてる奴、ほんと多いよな」

 お、お、お……?

 意外にも、御幸さんは私に同情するようなことを口にする。あれ、やっぱりガチ恋じゃないのか、この人。だとしたらますます金を使う意味が分からないけど、強張っていた肩の力がほんの少し抜けた。とんでもない地雷は、どうやら避けられただけでもよかった。まあ、考えてみれば御幸さんだって人気商売。顔も知らない女の人に付きまとわれたり求婚されたりするのは、慣れているのだろう。

「こっちの素性も知らねーのに、ああやって舞い上がるなんて、理解できねーよ」

「そ、そう! そうなんですよ! ほんと、ああいう人面倒ですよね!」

「分かる分かる。俺の何を知ってんだって気になるよな」

「ほんとですよね! 本名も知らないくせに結婚って! このご時世なに言ってんのって感じで!」

「だよなあ。そんなの調べりゃすぐ分かるのに、鶯ちゃん鶯ちゃんって」

「そうそう! マジで意味──」

 分かんなくて、と、続けるべき言葉が一瞬つっかえる。なにか、強烈な違和感。仄暗いブラックライトの下で精悍な顔を見つめると、彼は口元を緩めて小首を傾げた。

「ん?」

「あ、いや、その──調べる、て、簡単って、どういう、意味かな、と」

 確かに、インターネットが身近になった今、他人がどこでどう過ごしてどんな人なのか、調べるのは難しくなくなってきた。本名やら素顔やら丸出しでSNSやってる奴とかいるし、ほんとセキュリティ意識どうなってんのかって思う。だから、私はインターネットにそんな情報を残したことはない。店の愚痴言ってたら特定されて解雇された嬢も珍しくないし、沈黙は金と身に染みていたからだ。だから、電子の海に私の痕跡があるはず、ないのだけど。

 嫌な、予感。目の前でサイレンでも鳴らされているような、ぞわぞわとした不快感。グラスを手にした御幸さんの笑顔から目を離したら、何かが終わりそうで。

「そのままの意味だけど?」

「そ、その、まま、?」

「そのまま」

 御幸さんは、穏やかな口調で繰り返す。冗談、ですよね。そう、呟けただろうか。全然、笑えない。なんだ、それ。混乱する私の顔が、御幸さんの眼鏡に反射している。その奥にある目の、嗚呼、なんておぞましい。御幸さんはそのまま、ん、と私に手招きをする。怖い。なのに、身体は不思議と御幸さんの方へと傾いていく。怖いもの見たさ、いいや、違う。これは、これは、これは──。

 耳を、寄せる。誰もいない静かな部屋なのに、御幸さんはクツクツと喉の奥で笑いながら、ゆっくりと私の耳元に唇を寄せる。こんな綺麗な顔をした、こんなにいい人なのに、私の心臓はキリキリと悲鳴を上げているかのようだった。

「       」

 そうして、温かな吐息と共に流れ込んでくるのは、両親から授かった私の名前。店の客は誰も知ることのない、源氏名『鶯』の、真の名。うそ、嘘。なんで、どうして。恐怖すら通り越し、呆然と見上げる御幸さんは、まるで私を愛しい愛しい恋人のように見つめていて。

「二十五歳つってるけど、ホントは十九歳」

「は、」

「東京生まれ東京育ち、両親ともに健在。今は下北沢駅併設のマンション七〇五号室に一人暮らし」

「え」

「中高バレー部に所属、ポジションはリベロ。県大会出場経験あり。今は東京都神宮大学文学部英文科二年生。ごくごく普通の大学生」

「え、あ」

「けど、三つ年下の妹が、重い心臓病になった。アメリカで心臓移植を受けるために必要な手術代三億五千万を工面するために、キャバクラで働き始めた」

「──っ!?」

 言葉で人が死ぬとしたら、たぶん、今。御幸さんの声でつらつらと語られる、鶯ではない、『私』の人生。友人ですら知らないそれを、妹のことを、どうして、何故、彼が?

「人間は、現実に生きてるんだぜ。ちょっと背中追い掛けりゃ、全部分かる」

「な、な──」

「身辺調査っつーの? 探偵って頼めば何でもやってくれるんだな、いいこと知った」

 声が、出ない。思考が、止まる。信じられない、とかの話じゃない。今、目の前で何が起こっているかも、把握できない。ゆるりと頬を滑る御幸さんのごつごつした指でさえ、気付かぬほどに。

「ど、して──」

「そりゃ、全部知りたいから」

「なん、で」

「そういうこと、言わせる?」

 くしゃりと笑うその人は、たぶん、きっと、一般的には素敵な人だ。人生を成功して、何一つ苦のない生活を送っている。なのに、違う。圧倒的に、間違ってる。だって、なんで、おかしい。こんなの、こんなの、って。

「昨日は例の『落ち武者』とオーラス。暴れるそいつを黒服に押し付けて店が手配する車で帰宅。午前四時。大学の授業に間に合うように風呂入って就寝、五時。十時半に起きて講義に出て、十五時四十五分すぎに大学から帰宅。着替えて客と同伴で東京駅傍のホテルのラウンジでアフタヌーンティー、そのまま店に出勤。早めに上がって帰宅。そんで」

 にやりと笑んだその唇から語られる、私の行動経路。全部、全部あってる。時間も、場所も、全部、あってる。どうやって、なんてもはや些事。問題は、どうして。否、それすらどうでもいい。ただただ男の歪んだ感情に、恐怖する他ない。


「──俺の試合中ずっと、彼氏とセックスしてた」


 恨み言一つなく、ただ事実を並べて笑う男を前に、私は脱力した。知ってるんだ、全部。盗聴器? 発信機? 理由は分からないけど全部全部全部、この人に筒抜けなんだ。私の生活、全部見張られてる。把握されている。調べ上げられている。何より恐ろしいのが、彼はそれを知った上で笑顔を浮かべていることで。

「妬けるよ。俺はまだ、手も繋いだことないのに」

「みゆ、き、さん」

「でもいい、全部許す。ああいう客みたいに、器の小さい男なんか嫌だろ?」

「う、あ」

「ただ、あんなの聞かされたらさ、俺としてもそろそろ限界なわけ」

 ああ、そうか。ようやく分かった。この人から、好意らしい好意を感じ取れないわけだ。これが、こんなものが、『愛情』なわけがない。それはもっとおどろおどろしくて、吐き気がするほど醜くて、なのに純粋無垢な感情なのだと自らを錯覚させるほどの、歪んだ執着。あれほど疎んだ『落ち武者』が、今この場に割って入ってくれるのなら、キスの一つぐらいくれてやりたい。それほどまでに、この人はおかしい。ヤバい。危険だ。なのに。

「た、たすけ──」

「俺がいないと、困るもんな?」

 助けを乞う声は、その一言で霧散する。そうだ、私はとっくに、この人に愛する家族の命を預けていたのだ。そりゃあ、抵抗もできないよ──ああ、そっか。このVIPルームって、そういうこと。店も、グルだったんだ。私一人差し出して、野球選手から金巻き上げられるなら、美味しいもんね。私、そこまでして守る価値ないわけだしさ。でもさ、でもさ、でもさ。こんな私でも大学に行けば友達がいて、恋人がいて、家族みんなで妹のために頑張ってきたんだよ。私だって、ちゃんと、一人の人間だったのに。


「やっと、お前を[おか]せるよ」


 踏みにじられたのは、矜持だったか。女だったか。或いは『鶯』か、『私』か。答えはなく、また、どこにも届かない。こんな怪物と巡り合ってしまった時点で、きっと私の負けなのだから。



*BACK | TOP | END#


- ナノ -