Jack in the present box

 シャンシャンという鈴の音。煌びやかなイルミネーション。どこかの店に入るたびに鳴り響く往年の名曲。毎年毎年のことだけど、クリスマスというものは訪れるたびにいいものだとしみじみ思う。恋人たちの日、なんて言われるけど、別に恋人がいなくたって楽しい日だ。香ばしいチキンに、甘いケーキに、シャンメリー。それからプレゼントと、一緒に楽しむ友達がいれば後はもう言うことなし。今年もケーキたくさん食べれる、と浮足立つ私に、空気の読めない男はしれっとこう言うのだ。

「俺、クリスマス嫌い」

「よくクリスマス楽しいって言ってる友達に言えたね!?」

 自分で言っててコイツが友達か一瞬疑問が走るが、『仲間』と呼ぶのは流石に面映ゆいというか。同じ部活の、同じ学年。野球部員と、そのマネージャーという関係は、果たしてなんと呼ぶのだろう。この思いが一方通行でなければ『恋人』なんて呼べるのかもしれないが、生憎そんな甘ったるい繋がりはなく。結局無難に『友人』と称する他ない。

 今日はクリスマス。ただ、センバツを決めた我らが青道野球部にそんな浮かれ騒ぐ暇などなく。まあ、練習が少し早く終わって、マネージャーみんなでケーキ作ったり、余興用意したり、そんなささやかなパーティにはしてみせた。僭越ながら一曲と歌いだした先生たちを皮切りに盛り上がる部員たちを遠巻きに眺める好きな人の元へ行けばそんなことを言い出すのだから、空気が読めないなんてレベルの話じゃない。

「御幸ってほんと偏屈だよね」

「別に偏屈ってわけじゃねーよ」

「じゃあなんで嫌いなの?」

「……元カノに『クリスマスは部活』っつったらスゲーキレられたから」

「うわー」

 苦々しげに語る御幸に、誰もが太鼓判押すぐらい美人な彼女が居たのは有名だ。そして、『野球と私どっちが大事なのよ!?』というドラマみたいな喧嘩の末に別れたことも、また。それを見てラッキーと思うほど私に勇気はなく、こうして同じ部活で、嫌われない程度に雑談する涙ぐましいいじらしさを見せるのが精一杯だったわけだ。

 そもそも、私は御幸が好きだが、付き合いたいわけではない。

「(絶対元カノちゃんの二の舞になるの目に見えてるもんなあ……)」

 外野で聞いているからウワーの一言で済むのだ。これが付き合っている好きな人から言われようものなら、私だって我慢ならなかっただろう。こういうところがあるから、御幸はカッコいいし好きだなー、と思いはするが、絶対上手くいかない自信があった。こういうイベントにお祭り騒ぎする私と、野球があるからと一歩引く御幸。仲良くやってく未来がまるで見えない。

『あんた絶対御幸くんとは上手くいかないだろうなー』

『好きってだけじゃ何ともならないこともあるもんね……』

『分かってるから大人しくしてるんですけどォ!?』

 いつだったかジャグ洗いながら梅ちゃんなっちゃんにそんなことを言われて、告白もしてないのに失恋した気分になった。まあ、実質失恋したようなもんだし、『次好きになる人は経験豊富な人がいいな……』なんて願望を吐露したのも、いい思い出だ。何にしても、御幸はちょっとどころじゃないぐらいで面倒な男なのだ。なのでこの思いは秘めたまま、あくまで友人という体で御幸を見る。

「別にさあ、一日デートしろって言われたわけじゃないんでしょ?」

「それはまあ」

「部活終わりにちょっと抜けだすとかさあ、色々やりようあったんじゃないの?」

 元カノちゃんとヨリを戻してほしいわけじゃないにしても、御幸のこの物言いは同じ人を好きになった者として一言物申さねば気が済まなかった。けれど、御幸は聞いてんだか聞いてないんだか、「やりようねえ」とつまらなさそうに繰り返す。

「デートして、プレゼント用意して、サプライズして、みたいな。勿論、そういうのがあれば嬉しいけど、でも、あの人が怒ってた理由は、そういうのじゃないと思うんだよね」

「というと?」

「結局さ、イベントなんて口実に過ぎないんだよ」

「口実?」

「そう──好きな人に、会うための」

 御幸の元カノちゃんとは別に仲良くもないしクラスも違う。彼女が何に怒り何に失望したのかは想像の域でしかない。ただ、気持ちは痛いぐらい分かる。結局、クリスマスだの記念日だのというイベントを理由に、好きな人に会いたいだけだ。一緒に居て、話をして、笑っていられれば十分なのだ。そりゃ、欲を言えばケーキだプレゼントだと一緒に盛り上がれれば嬉しい。でも、一番の目的は、結局はそんなものだろう。

 私の解説に何を思ったのだろうか。御幸は苦手だと言いながらぺろりと平らげたケーキの紙皿をゴミ箱に放りながら、ムスッと顔を顰める。

「お前まで説教かよ」

「ってわけじゃないけど……」

「口実にって、別に口実にする必要なかっただろ。付き合ってたんだし、同じ学校にいるんだし、会いたい時に会えるだろ。なのにイベントだから会いたいって謎すぎねえ?」

「言えないでしょ。ただでさえ御幸忙しいんだし」

 御幸の言い分も、まあ、正しいといえば正しいのだろう。けれど、それは正しすぎる意見だ。ろくにデートさえしてくれない、イベントだってガン無視の男相手に、毎日会いたいなんてどうして言えるだろう。だから、イベントに縋った。この日ぐらいはと、妥協した。けれど御幸は、その妥協にさえ歩み寄らなかった。それが我慢ならなかったのだろうと、私は思っている。

「そもそもさ、好きだとか、いいなーとか、そういう風に思ったから付き合ってたんじゃないの? そりゃ毎日会いたいは行き過ぎかもだけど、会いたいなー、話したいなー、ってならなかったの?」

「全然」

 きっぱり言い捨てる御幸に、流石に元カノちゃんに同情した。恋人にこんなこと言われたら、三年は立ち直れないかもしれない。ほんと、何で付き合ってたんだろう。

「好きじゃなかったの?」

「逆に聞くけど、好きなら毎日でも会いてえもん?」

 逆に聞かれた。何コイツ、人を好きなったことがないのだろうか。御幸ならまたありえそうなのがリアルだ。若干引きながらも、私はコクンと頷いた。

「……そうだね。毎日会いたいって思うよ、そりゃ」

 実際マネージャーなので御幸とは毎日会ってる身だけど、たまのオフだったり、年末年始みたいな休みの時なんかは何日か会えなくなる。その時も、やっぱ寂しいなあ、会いたいなあ、と思うことは、まあ、ある。けれど御幸は大して分かってなさそうな顔でフーンと頷くだけだった。

「だってさあ、御幸。例えばだけど──ホラ、私と毎日会いたいって思う?」

 自分をダシに使うのは気が引けるが、梅ちゃんたちを使うのもなんだし。あくまで例え話と割り切る。ほらね、思わないでしょ。でも元カノちゃんには少しぐらい思ってたんじゃないの。まるで情操教育のようにそう続けるはずだった。なのに。

「思うけど」

 ド真面目な顔で御幸が言い切るもんだから、続けて何を話そうとしたのか全部忘れた。え、なに。今何が起こった? 脳みそに冷水浴びたように真っ白になりながらも、何とか御幸の意志を汲み取ろうと何度も何度もその言葉を反芻する。その間、コンマ数秒だったと自負している。

「え──あ──そ、そうね。私と会えないってことは、部活ないってことだもん、ね? 野球、できないって、こと、だしね?」

 動揺を悟られないよう、震える声を締め上げて私は普段通りに返す。他意はないはずだ、絶対。だから、きっと、どうせ、こんなことだろう。一瞬でも喜びかけた自分が恥ずかしい。この男はクリスマスでさえ『嫌い』と切り捨てるような男なのだ。それ以上の意味が一体どこにあるというのか──。

「野球は関係ねえけど」

「え、あ」

 今度こそ声が引っくり返った。御幸がなんかよく分からないことを、ハッキリ言い切っている。いや、言葉が理解できないわけじゃない。分かってる。でも、前後の文がまるで繋がらない。なにこれ、クリスマスの催しにドッキリなんかあったっけ。目が白黒して棒立ちになる私に、御幸は実にめんどくさそうにガシガシと頭をかいた。

「大体さあ、お前が言ったんじゃねーか」

「言っ、え、なに、を」

「──『経験豊富な人』がいいんだろ?」

 うそでしょ。驚きすぎて、ドラマみたいなセリフが零れた。遠くで歌の上手い梅ちゃんが歌うクリスマスによく聞くラブソングが、まるでメインテーマのようにお互いの間に流れていく。え、うそ。なにこれ。待って。というかなんだけど。

「あ、あの話っ、聞いて──っ!?」

「デケー声で話してる方が悪い」

 そう言って、御幸はスタスタとゴミを片して食堂から出て行ってしまった。残された私は、突如目の前に降り注いだクリスマスプレゼントに目を白黒させながら、中身をちゃんと確かめるべくその背中を追いかけたのだった。

 今の御幸なら、上手くいくかもしれないなんて、淡い期待を胸に。



*BACK | TOP | END#


- ナノ -