shower&umbrella

「頼むから岩ちゃんとは付き合わないでよ!?」

 これが、幼馴染の及川徹の口癖だった。

 断っておくが、私と岩ちゃんは決してそういう関係ではないし、そういう目で見たこともない。なのに及川は口を酸っぱくして私たちに言うのだ。頼むからそこはくっつくなと。あまりに何度も言うので理由を聞けば、溜息が出るほど下らなく。

「だってそこくっついたら俺一人じゃん! 俺あぶれるじゃん! 確かに喜ばしいことかもしれないけどね、でも残った方考えて!? 悲しくなるからねホント!!」

 とのこと。及川は結構めんどくさい。この手の話は輪をかけてめんどくさい。自分はとっとと彼女作ってはこっちに恋人マウント取ってくるというのに、事あるごとにフラれ、そのたびにこうなるのだ。最初こそ止めろよお、なんて恥じらう程度の可愛げは私にも岩ちゃんにもあったけど、あまりに言われ慣れ過ぎて、及川のコレはにわか雨ぐらいの認識になってしまった。静かなだけにわか雨の方が百倍マシだと岩ちゃん談。私もそう思う。

「及川、またフラれたの?」

「またってなに!?」

「だってフラれるたびに言うじゃん、それ」

「そうですけどなにかァ!?」

 逆ギレされた。全く面倒な幼馴染を持ってしまったものである。岩ちゃん早く来て。中庭で昼食がてら菓子パンを頬張りながら岩ちゃんにメッセージを送るも、反応はない。そんな私のスマホを勝手に覗き込み、及川はまたもギャアギャア騒ぎだす。

「あー! 俺に内緒で岩ちゃんと連絡取ってる!!」

「岩ちゃん早く来て、コイツ私の手には負えない」

「ちょっとは傷心の俺を慰めてくれてもよくない!?」

「そういうセリフはこっちのアドバイス聞いてから言ってほしい」

「なんで付き合い一か月程度の彼女をお前らより優先しなきゃなんないの!?」

「そういうとこなんだわほんと」

 及川がフラれる理由は大体決まってる。バレーの練習が忙しくて構ってやれない、もしくは、幼馴染にべったり過ぎる、のどちらかだ。彼女が居ようが居まいが、及川はだいぶ私や岩ちゃんとの接触が多い。こうして昼食摂ったり、休みの日に遊びに行ったり、まあとにかく色々だ。いくら恋愛感情無しといっても、カノジョからしたらまあ面白くないだろう。

 なのに当の本人はケロッと『幼馴染だし当然でしょ?』とばかりに開き直るのだから、そりゃ長続きするわけがない。最初は同情して──及川に、ではなく歴代彼女に、だ──、彼女が居るならそっちを優先してあげて、と何度か言ったのだが、『そんな窮屈な生活嫌だ!』の一点張り。どの面下げてフラれたから慰めて、なんて言えるのか。

「あーもー! 俺はこんなに二人のこと愛してるのに、そこがくっついたら俺の愛はどこへ行けばいいの!?」

「まあ、仮にそうなったとしたら、遊びに行くときに及川を誘ったりはしないよね」

「ほら見ろ!! だから嫌なんだ!!」

「せめて私と岩ちゃんがくっついてからキレてほしい」

 何にしても、及川に心配されるようなことにはならない。絶対に、百パーセント、万一にもあり得ない。いや、寧ろそうだったらよかったのかもしれないが。何故か。それは私が好きなのはこんなことを抜かしてる及川本人だからだ。

 悪趣味、理解できない、岩ちゃんからも散々言われたし、正直自分でも思ってる。だが、好きなものは仕方がない。私はずっとずっと、及川が好きなのだ。懲りずに彼女作ってはフラれる及川に怒りやら悲しみやらが込み上げないでもないが、流石にもう慣れた。私は心の広い女なのである。

 それに。私にはとっておきの『傘』がある。

「じゃ、岩ちゃん以外ならいいわけ?」

「え?」

「私だって彼氏が欲しい年頃ですし」

 花の高校生活をこんなクソヤロウに捧げるのも惜しいと、私は何度目か分からない提案を口にする。けれど決まって、及川は『ちょっと待った』をかけるのだ。

「や、ダメでしょ」

「なんで及川が決めんの」

「それは──ホラ、いつも言ってるだろ。俺みたいな? かっこよくて? スポーツもできて? 優しくて? 素敵で無敵な完璧幼馴染がいたんじゃ、彼氏ができてもすぐ逃げられるって」

「いや分かんないじゃん。及川の歴代彼女と違って、心広い人かもしんないし」

 淡々と告げれば、及川はますます眉を顰め、顔を顰め、これ以上ないほどの嫌悪感を露わにする。これもまた、お約束。そうして及川はしばし考える素振りを見せて、また「ダメダメ」と言うのだ。

「お前に恋愛はまだ早いって」

「何故及川にそんなことを言われなければならないのか」

「そりゃあ──大事な大事な幼馴染ですし? お前に彼氏できた多俺も岩ちゃんも一緒に遊べなくなりますし? どこの馬の骨とも分からない男にあげるわけにはいきませんし!」

「うちのパパより過保護」

 小ばかにしながら、私はあんパンをかじる。これ以上続けたところで何にもならないだろうと、私は話を切り上げて、午後の授業の話を振る。抜き打ちで小テストがあると言えば、及川はギャッと叫んで出題範囲を確認する。そんな慌ただしい横顔を見ながら、思う。

「(こいつ、いつになったら私に告白するんだろう)」

 私がこんな不毛な恋に殉じ、厄介な『にわか雨』に振り回される理由などただ一つ、及川だって私のこと好きだからだ。つまり、私たちは両思いなのだ。ただ、及川はそれに無自覚らしく、幼馴染だからなんだと謎の言い訳をしては他所に女を作って、上手くいかずにまた戻ってくる。その繰り返し。最初は心底馬鹿だと思ったしそれなりに傷付いてたが、徐々にこう思うようになったのだ──コイツ面白いな、と。

 無自覚なりに私が他の男に目移りすることを仄めかすとダメだまだ早いだの諫めるし、私と岩ちゃんが二人でいるだけで大声張り上げて割って入ってくるし、一人で勘違いして騒いで落ち込んで、そんな姿が面白くて、ついついからかってしまう。この距離感が心地よく、にわか雨の中での散歩を楽しんでしまっている。なので及川が気付くまで放っておこうと言った時の岩ちゃんのドン引きした顔を、私は一生忘れないだろう。

「(ま、せいぜい一人で暴れてろ)」

 乙女心を弄んだ罰だと、私は人知れずケケケとほくそ笑んだ。

 ──なお、及川の鈍感っぷりは私と岩ちゃんの遥か斜め上を行っており、私に告白するよりも先に『俺、アルゼンチンに行くから!』と決めて止める間もなく国を飛び出してしまったので、泣く泣く地球の裏側まで追いかけて私から告白する羽目になった。誰だ果報は寝て待てとか言ったのはと毒づくも、報告を聞いた岩ちゃんに「地固まってよかっただろ」なんて丸め込まれてしまった。いいわけあるか!



*BACK | TOP | END#


- ナノ -