王様だーれだ


「“踊れ”」

「グワ──ッ足が勝手にタップダンスを踊り始める──ッ!!」

「“服を脱げ”」

「ギャ──ッナギサのヘンタイやめてェ脱げる──ッ!!」

「えーと……“ルゥさんのお腹をたぽたぽしろ”」

「だあ──ッすみませんルゥさんわざとじゃないんです──ッ!!」

 わたしが一言命令するだけで、男たちは意のままにトンチキな行動を繰り出す。周りには踊ったり歌ったり脱衣したりルゥさんのお腹に抱き着いたりするむくつけきオッサンたちのオンパレード。一見すれば酔っ払いたちが描いた地獄絵図って感じだけど、残念ながら今は太陽は天高く昇ってるお昼時で、みんなはまだ素面だ。

 さて、正式に赤髪海賊団に加入してしばらく。知らぬうちに億越えの賞金首になってしまったわたしは、この海賊団と、シャンクスと、何よりもわたし自身を守るため、戦闘訓練に精を出していた。といっても、今は体力づくりだけで精一杯。毎日毎日、船内を走り回ったり、腕立てとか、背筋とかが中心だ。ただ、それとは別に、わたしは自分の能力をちゃんと理解し、使えるようになるための訓練を始めていた。いざ、言葉を使うのは少し怖いけど、ビビってるだけじゃ何も始まらない。みんなも協力を申し出てくれ、わたしは自分自身の能力に向き合うことにしたのだ。おかげで、いくつか分かったことがある。

 一つ、わたしの声は、基本的に強く命じれば大抵のことが実現した。冗談のノリで言っても何にもならない馬鹿げた言葉でも、『その光景を見たい』と強く思いながら口に出せば、ほとんどのクルーがわたしの言葉通りの動きをした。命じられるのは、人だけじゃなかった。白ひげの船でもやってみせたような漠然とした命令も、思いが強ければ強いだけ明確に実現した。みんなが武器を持って襲い掛かってきたとき、「守れ!」と叫んだその瞬間、あの時みたいな膜がわたし全体を覆い、みんなその膜にぶちあたって船から吹っ飛んでしまったのだ。

 二つ、わたしの命令が通じない人もいる、ということだ。船内の色々な人に試してみたが、幹部クラスは基本的にわたしの命令を受けても反応はしない。ただ、当の本人たち曰く、『何らかの強制力は感じる』とのこと。それを振り切れるのは意志の強さが命じた側より、命じられた側に軍配が上がったからではないか、というのがベックマンさんの推理だった。故に、シャンクスへの命令が効く時と効かない時があるのにも、納得がいった。確かに、シャンクスは命令しても動かせないことの方が多い。恐らく、わたし自身も『シャンクスを従わせる』という事象にイメージし辛いからだと思う。自由を愛する彼に命じるというのが、あまり気の進まない行為でもあったからだ。しかし、夜中シャンクスが食堂に盗み食いしてるところをたまたま見つけたわたしが「(ベックマンさんに怒られるから)やめなさい!」と叫んだ瞬間、シャンクスは冷蔵庫にグーで殴られたかのように吹っ飛んだのだ。恐らく、わたしはシャンクスへ命令することへの抵抗感よりベックマンさんの雷を恐れ、シャンクスはシャンクスでその言葉自体に油断したからではないか、と推測できたわけだ。

 ただ、そんなからくりを知るな否や、自分たちも命令を拒絶できるような強い精神が欲しいと言い出すクルーたちが現れたのだ。意志の強さは覚悟の現れ、「これに耐えられたらお頭の“覇気”にも耐えられるかもな」なんてヤソップさんも言っていたが、ハキってなんだろう。聞いてもイマイチピンとこなかったけど、その言葉に火がついたクルーたちは止められず。わたしも能力を使う練習になるので、彼らに向かって色々な命令を投げかける日々が続いている、というわけだ。因みに、幹部クラス以外でわたしの命令を破った人は、まだ現れていない。

「チクショー……今日もナギサの手のひらの上で踊らされたなあ」

「ハア……ハア……お、おれなんか、文字通り踊らされたぜ……」

「何故、お頭たちは平気なのでしょう……」

 落ち込むクルーたちの中には、デレオンも混じっていた。彼には歌えと命じてみたところ、持ち前の美声をフル活用した『ビンクスの酒』を熱唱してもらった。宴には必ず誰かが歌い始める曲なので、わたしもよく知っていた。美形で美声の持ち主は、歌声も素晴らしく、思わず拍手をしてしまったほどだ。当の本人はあまり歌うのが好きではないのか、不服そうに膝を抱えていたけれど。

「だあっはっはっ! おめェら、いいように遊ばれてんなあ!」

 そんな中、煽り手シャンクスが華麗に登場した。沈み切ったこの場は、たちまちブーイングの嵐と化す。

「うるせー! あんただって初手はやられてただろうが!」

「あんなザマ見せといて、よくそんな偉そうなこと言えるな!!」

「そうだそうだ! 童貞じゃあるまいし、接吻程度で油断しやがって!」

「接吻って言い方やめてくれませんか気持ち悪い」

『『『おめーはどっちの味方なんだよ、デレオンっ!』』』

 あっという間にギャアギャアと騒がしくなってしまう。これもまたお頭たる人の腕前なのかな、と思いながらちらりとシャンクスを見るも、言われ放題のシャンクスは少し落ち込んでしまっていた。何しに来たんだ。

「お、お頭」

 わたしがそう呼べば、シャンクスはますます落ち込んだように、それでも無視はすまいとこちらに顔を向けてくれた。シャンクスの呼び方については、基本的には『お頭』呼びで統一することに話はまとまった。いや、まとまったというか、わたしたち二人では話に決着がつかなかったので、ベックマンさんが無理やりまとめてくれたというか。確かにシャンクスとは相思相愛で、まあ所謂恋人同士というやつだ。自由を愛する海賊相手に恋人同士とかいう取り決めに意味があるのかと思わないでもないけど、少なくともシャンクスはその立場を望んでくれた。それは素直に嬉しく思う。しかし、立場上わたしはクルーで下っ端の清掃員だ。わたしには、海賊団のカシラとして彼を立てる義理がある。そんなわけで、普段は『お頭』呼び、二人きりの時ぐらいは名前で呼ぼう、ということになっている。シャンクス自身は全く納得いっていないようだが、わたしにも立場というものがある。我儘を言うんじゃない。

 しかし、拗ねた子どものような目でこちらを見られると、ぐらりときてしまうのは母性の性とでも言うのか。だが、クルーたちが大勢いる手前、ベックマンさんたちと取り決めたルールを曲げるわけにはいかない。心を鬼にして、言い争いする彼らに目を向ける。

「コツ、ない?」

 残念ながら、わたしは自分自身に命令することはできない。彼らの身体に働く強制力がどれほどのものなのかも分からないし、それをどのようにして振り切るのかもアドバイスすることはできない。助けてやってよ自分のクルーでしょ、と思いながら、じいっとシャンクスを見つめると、シャンクスは居心地悪そうに顎に手を当てて考えるそぶりを始めた。

「コツつってもなァ……おめェらも見てたろ。要は油断しなきゃいい」

「油断、ですか……」

「この場合、信頼しすぎだ、とでも言えばいいか? 『ナギサの“言葉”だから、危険な目には遭わないだろう』って思ってるだろ。それが謂わば、油断って奴じゃねェのか」

「じゃあお頭はナギサが裏切るとか思ってんのかよ」

「そうじゃない。いいか、お前らがいる海はどこだ、“偉大なる航路”だろうが。ナギサの意思に関係なく、その“言葉”を振るう可能性がねェとどうして言い切れる?」

 それが油断なんだ、と言い切るシャンクスの言葉は重い。“偉大なる航路”、何が起こっても不思議ではない航路。そうでなくともトンチキな能力を持つ海賊だの海軍だのが山ほどいるのに、“偉大なる航路”に広がる危険性はヒトだけではない。異常気象、抗体の見つかっていない奇病だって、わたしを狂わせる要因の一つだろう。故に、彼らはわたしの馬鹿げた言葉一つに油断をしない。それが彼らのわたしの能力を知るが故の、覚悟。今思えば、白ひげを海に落とせなかったのは、そういう理由もあったのかもしれない。彼はわたしの、“コトコトの実”をよく知っていたから。

「しかし、そうは言われても命令される言葉が『歌え』だの『踊れ』だのですよ。油断しない方が難しいというか……」

「確かに身が入らねェ“言葉”かもしれねえが……まァ、ナギサもあんまり過激な命令はしたくないだろうしな。あー、罰ゲームでもつけたらどうだ? 『ナギサの命令に従ったら次の飲み会のオゴリ』とか」

「それ、全員罰ゲームになるから話にならねえぜ、お頭ぁー」

「お前らもう少しは気合い見せろよ……」

 やる気のないというか、勝ち目のない戦に挑めないのか、それとも心が折れてしまっているのか、クルーたちの闘志はもはや風前の灯火と化している。うーん、そりゃあ、わたしの“声”に抗えない人たちがいることに、現状困ったことはないけれど……。

 けど、曲がりなりにもわたしの先輩クルーたちの腑抜けた姿、見過ごせるはずもない。

「デレオン」

 わたしがそっと、彼の名を呼ぶ。どうしてわたしの声に抗えないのかと悩むその顔でさえ、やはり綺麗だった。こちらを見つめる目は、ただ純粋な疑問。どうして自分の名前を呼んだのかと、ただそれだけを疑問に思っているかのような顔。そんなんだからダメなんじゃないかなって思いながら、わたしは口元を緩めながら、両腕を広げた。



「“キスをしろ”」



 ──空気が凍るとは、まさにこのことか。まるでわたしを中心として周りが真空と化したかのようだ。シャンクスも、クルーたちもこれでもかと顔をこわばらせ、声を上げることさえできないほどの驚きが喉を詰まらせたようで。“言葉”をかけられたデレオンは、まるで関節が錆び付いたブリキのように、ぎこちなく動き出した。ゆっくり、ゆっくりと立ち上がり、一歩、一歩、脚に1トンもの重りをつけられているかのように、わたしに迫るその顔には珠のような脂汗が浮かんでいる。顔は青白く、断頭台に立たされた罪人とでも表現できようか。震える腕が、少し上がっては、また落ちるその様は、彼の必死の抵抗を物語っているようで。開かれ、また閉じる唇は、何を叫びだがっているのか、わたしはにこりと笑って見守るだけ。

 そうして5分ほどの抵抗の末、

「ダッァアアアアアアッ!!」

 と、聞いたこともないような雄々しい声を張り上げながら、身体を捻り上げるようにしてドサッと甲板に倒れ込んだ。そして素早く身体を起こし、息を切らせ、信じられないような面持ちで自分の両手を見ている。

「生きてるって……自由な身体があるって、素晴らしい……ッ!!」

 まるで聖戦に勝利した女神のような輝いた貌でガッツポーズを決めるデレオン。死線という死線を潜り抜けたかのようなその姿とは裏腹に、クルーたちは恐怖という恐怖に震えあがった。

「冗談じゃねェぞ! ナギサの奴、なんて恐ろしいことしやがるッ!!」

「ふざけんなよ!! あんなの荒療治にもほどがあるだろ!!」

「そりゃ今までの“言葉”じゃ身が入らねえとは言ったけどよォ!!」

「おまえ自分が誰のオンナか分かって言ってんのかっ!?」

「いやだあああああおれまだ死にたくねぇよおおおおおおお!!」

 まだ何も言っていないのにこの阿鼻叫喚具合。でも安心してください、デレオン限定です。別にどこにキスしろとは言ってないしね。キザったらしい彼なら、手を取ってキスぐらいで留めるだろうと思っての“言葉”だ。しかし、人間本気出せばちゃんと抵抗できると証明できて何よりだ。わたしもこれから、“言葉”に頼らぬ戦いを覚えることとなるのだ。そんな時、わたしの手本になるのは彼らだ。そんな彼らがわたしの“言葉”如きに翻弄されるなんて、もっと言えばその抵抗に諦める姿なんて見てられなかった。

 未だに胸を押さえてゼーハー肩で息をするデレオンを見ながら、よかったよかった、と頷いている時だった。ひょいっと、身体が持ち上げられて視界が開けた。あれ?

「ちょーっとオイタがすぎるな、ナギサ」

 ……ヤッベ。

 肩に担がれたわたしは、シャンクスの顔を見ることはできないが、この空気が分からないほどわたしも馬鹿じゃない。凍り付いたのは、わたしだけではないのが恐ろしいところである。ええ、いやいや、デレオンならイケると思ったんですよわたしは。ホラ、お頭なら自分のクルーを信じることも大事だと思うだよね。大体さあ、みんなのやる気がなさすぎるのが一番の問題だと思うですよ。これも修行だよ修行、わたしの能力もだし、みんなも、えーとなんだっけ、ハキだっけ?そういうのに耐えられるようになるための訓練だと思っ──。

「いやァ、いいんだ。おれも大人げなかったからな」

 ずんずんと、シャンクスに担がれたままわたしはその場から連れ出される。わたしたちを引き留める勇猛果敢な戦士は、残念ながらいなかった。後ろ向きに進んでいくこの光景が、船長室に続いていることはとっくに気付いていたけれど。

「わ、わたし、ただ、火を付けようとし──」

そういうの・・・・・がお望みなら、応えるのが恋人の務めってもんだろ」

 なあ、とドアを蹴り開けるその姿に、一体何が言えようか。思いの外優しくベッドに降ろされたまではいいけれど、体勢を整える間もなく上に圧し掛かられてしまう。その重さと人肌の温度は、いつかの夜を彷彿とさせる、けども。いやでもまだ昼だし。第一、海の上ではクルーとお頭って約束で、そりゃ煽るわたしが悪いんだけど。いやそんなつもりはなくってですね。あれこれ浮かぶ言い訳だったのに、シャンクスの武骨な指がわたしの唇を撫ぜたその瞬間、全てが消し飛んで。

「たまには“油断”するのも、悪くないよな?」

 ワタシノ コエハ プレイヨウジャ ナイ。
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