ラブデリック・レボリューション(後編)


 色々──ナギサの言葉に嘘偽りはなく、食べ物衣類装飾品から嗜好品問わず、あらゆる店に顔を覗かせた。買い物がしたいというよりも、珍しいもの見たさからくるようで、ほとんど財布に手を付けず、店員や商人たちの売り込み文句を聞くだけで楽しそうに笑っていた。ただ、何故そんなものに興味を惹かれるのか、シャンクスには理解できないものばかりだったが。

「これ! これ、なんですか!」

 そんなナギサが今、目を爛々と輝かせて詰め寄っているのは、ターバンを巻いた煙草商人だった。今度は煙草かと、シャンクスはその小さな背中の横に並ぶ。一見子どもと見まごうほど小柄な客にも、商人は余裕と歓迎の意を込めてナギサの質問に答えている。

「こいつァ水煙草[シーシャ]だ。アラバスタの腕利きガラス職人が手掛けた、どれも逸品ものさ。どうだい、美しかろう?」

 鮮やかな青で着色されたガラス瓶からパイプが伸びるそれを、ナギサは興奮気味に手に取る。どうやら水煙草を見るのが初めてらしい。確かに、赤髪海賊団には喫煙者も多いが、殆どが刻み煙草だ。こういった喫煙具は物珍しいのだろう。これなにあれなにと、あっちこっちの喫煙具を指差しては説明を促すナギサに、商人も気持ちよさそうに答えている。

 するとナギサが、細長いパイプのようなものを手に取った。

「キセル!」

「おっ。お嬢ちゃん、お目が高いねェ! そいつァワノ国で作られたとされるパイプの一種でな。ワノ国はホラ、今じゃサコクだか何だかで島の特産名産がとんと世に出回らなくなっちまっただろう? 他所じゃお目にかかれない、貴重なモンだぜ!」

 水煙草は知らないのに、ワノ国産の煙管は知っているナギサ。つくづく、よく分からない奴だと思う。今更気にしやしないが、彼女がどこの島で生まれ、どのようにして生きてきたか、シャンクスたちは聞いていない。彼女自身が喋りたければ喋ればいいと思っていて、ナギサはそれを口にしない、ただそれだけ。それだけの話だ。そうでなくとも、元々ナギサは人攫いに捕らえられていたと推測されるため、あまり過去のことを根掘り葉掘りと聞くべきではないと、誰もが判断したからかもしれない。

「シャンクスは?」

 そんな風に思案に耽っていると、ナギサが突然と振り返ってそう訊ねた。一瞬何のことかと首を傾げるも、その手にした煙管を見て、合点がいく。

「おれか? おれは……まあ、吸わねェこともねえが、最近じゃめっきりだな」

 煙草よりは酒派のシャンクスだ、誘われれば付き合いで吸うぐらいはするが、自発的には買いもしないし吸いもしなかった。そんなシャンクスに、ふうんと、意外そうにこちらを見上げるナギサ。そういえば、彼女も──こう見えて、という枕詞がつくが──成人して久しいはずだが、吸うのだろうか。

「お前は吸うのか?」

 そう問えば、ナギサは即座に腕をクロスさせてバツを作った。即答だった。尚の事、何しにこの店に立ち寄ったのかと、しきりに首を傾げるシャンクスを横に、ナギサは店主から紙巻煙草のサンプルをいくつか貰っていた。冷やかし相手にも素気無い態度は取らない、商人の鑑だ。感心しつつ、結局は何も購入せず煙草商人の前から立ち去る。横に並ぶナギサはニコニコと嬉しそうに笑んでいる。何にそんな楽しむ要素がと、不思議に思いナギサを眺めていると、彼女はその笑顔のまま先ほど貰った紙巻き煙草の一本をシャンクスに差し出した。吸えというのか。

「そりゃ構わねえが……生憎、火がなくてな」

「──誰に向かって、ゆってるの?」

 にまーっと、笑みを浮かべるナギサに、それもそうかとシャンクスは独り言つ。ありがたく一本拝借し、休憩がてら人混みから少し外れた路地に入る。シャンクスが煙草を口に咥えたのを見計らい、彼女の唇が炎を灯す。光差す大通りより薄暗いその路に、灯る煙草が二人分の影を作り出した。肺腑いっぱいに吸い込んで、大きく吐き出す息の色はくすんだ白。流石に噎るはしなかったが、久々に触れるその香に、ぐらりと脳が揺れた。そんなに吸ってなかったか、と最後に煙草を手にした記憶を辿る中、ナギサは何故か楽しげにシャンクスを見上げていた。

「なんだ?」

 薄汚れた石畳に、指に挟んだ煙草から灰を落とし、シャンクスはナギサの顔をちらりと見やる。ナギサは笑っている。何が楽しいのか、とても満足そうな顔で。

「──かっこいいけど、似合わないなって」

 そんなことを言って彼女は、わたしもと、にこにこ顔で煙草を取り出して火を点けた。止める間もなく、ロクに火も点けられない煙草を前に、げらげら笑いながらもゲホゲホと噎せ返るナギサ。相変わらず、何が楽しいのかシャンクスにはちっとも分らない。けれど不思議とシャンクスもまた、ふっと笑みが込み上げたのだ。



***



 休憩を挟み、次にナギサが立ち寄ったのは──武器屋だった。

「武器、何、使えばいいか、分かんなくて」

 見繕って欲しい、とナギサは真顔で頼み込む。長いこと海賊家業を経てきたシャンクスだが、『私に合う〇〇を選んで』に『武器』の二文字を入れてくる女にお目にかかる日が来るとは思わなかった。

 しかし、ナギサにとっては死活問題なのもシャンクスは十分に理解していた。ハッキリ言って、ナギサはその稀有な能力がなければ一般人と何ら変わらぬフィジカルでしかない。比類なき能力にかまけて身体能力は一般人レベルの能力者も珍しくないが、ナギサはそれに輪をかけて弱い。ちょっと走り込ませるだけでヒイヒイと音を上げるし、筋力も体力もなければ、目や耳が特別優れている訳でもない。故にこそ、ナギサは一人でも戦えるだけの技術を磨く必要があった。非力であっても、能力が封じられていても、その悪魔の力を悪用されぬように──。

 とはいえ、一人で悩んで解決する問題でもないのは誰が見ても明らか。幸い、そこらの海賊団相手なら一人ででも壊滅させるほどの精鋭揃いの赤髪海賊団、誰もが可愛い妹分の力にならんと自分の得意な獲物を仕込みだしたが、どれも上手くいかなかった。当然だ、道場剣術ならまだしも、誰もが我流で培ってきた武器の使い方など、戦闘素人のナギサに定着するはずもない。そこで、次の町で武器屋にでも行って、自分が使えそうだと思う武器でも見繕ってこようという話に落ち着いた。チャンス到来とばかりに、露店に色々な武具を広げる商人の元へ飛んでいき、商品を手にとっては自分に馴染むかナギサは吟味を始めた。そろそろ、デートの定義がぐらぐらと揺れてきたシャンクスだが、本人がそれを望むなら無碍には出来ない。ここは一海賊団を率いる船長として、的確なアドバイスをせねばなるまい。

 ナギサが武器を必要としている旨を商人に伝えれば、彼らはニコニコ顔で銃やら弓やらを取り出す。普通はそうだろう。この細腕に、如何にも一般人とばかりの立ち居振る舞い。ただの護身用なら銃の一つでも持たせればいいと誰もが思うだろうが、ナギサはそうはいかない。

「いや、コイツには近接武器を持たせたい」

「えっ──こ、このお嬢さんにですか!?」

 正気かとばかりに驚く商人に、だよなァ、なんて気の抜けたような笑みが込み上げた。

 そも、ナギサは能力が無ければ弱いのであって、能力さえあれば、かの四皇・白ひげ海賊団の幹部でさえ蹴散らせるのだ。無敵とはよくいったもの、距離さえ取れれば海さえひれ伏す“声”を前に、まさに敵など皆無。逆を返せば、ナギサは距離を詰められると非常に弱い。CP御用達でお馴染みの六式──“剃”などで瞬く間に間合いに入られて、その口に猿ぐつわでも噛まされれば、ナギサはたちまち無力化されてしまう。悲しいことに、ナギサは“声”以外に突出した強みを持たない。筋力もなければ上背もなく、今の今まで戦闘とは無縁の世界で生きてきた彼女に戦闘センスもありはしない。

 そもそも、ナギサが“声”以外の力で戦うなんて想定外中の想定外なのだ。しかし、この海で生きていく上で『絶対』だの『確実』だのという言葉ほど当てにならないものはない。少しでいいのだ。ほんの少しでも、そんなリスクを軽減出来る力を与えてやりたい。それだけなのだ。しかし現実は厳しい。苦手な近接戦を少しでも切り抜けられるように近接武器の扱いを取得させる。これほど困難なことはないと、ベックマンでさえ眉間に深い皴を刻んだ。この細腕に耐えうる武器など、早々見当たらないからだ。

「そうですねえ……お嬢さんぐらいですと……やはりナイフ等でしょうか」

 困惑したように言いながら、ホルダーからナイフを数本取り出す商人。まあ、そうなるだろうなと、シャンクスは少しだけ肩を落とす。自分が武器商人でも、同じ物を出しただろう。当然、誰もが提案した武器だ。軽く、ナギサほどの非力でも振り回すことの出来る武器。だが、持てるからといって戦いやすいかと言われれば、全くの別問題だった。基本的に、ナギサが近接戦に持ち込まれた時、距離を取ることが大前提なのだ。ナイフでは間合いが短く、窮地を自力で脱しようなどとすれば、詰められた距離をもっと近付けねばならなくなる。ナギサ程度の技量では、却って危険に晒してしまう。

「せめて軽くて細身の剣、欲を言えば長物だな……」

「ながもの?」

「ああ。槍、斧、棍──奇をてらって大鎌なんてのもアリかあ?」

 多種多様な武具をぐるりと見渡しながら、シャンクスは低く唸る。そうはいっても、本来筋力皆無のナギサに長物は、最も向かない獲物といえよう。隙が大きすぎるからだ。商人も、こんな子どもに武器を与えるなんて、とやや非難じみた視線をシャンクスにちらちらと向けながら、苦し紛れにすらりとした銀製のレイピアをナギサに差し出す。

「お嬢さんでも扱える長物といったら、これくらいでしょうか……」

 センスはいるだろうが、軽くて小ぶりのそれはナギサの貧弱な腕でも十分に扱えそうだ。鞘に仕舞ったまま、軽く構えてみるナギサだが、やはりその動きがぎこちない。シャンクスのと違う、とナギサが渋い顔を一つ。当然だ、レイピアは突きに特化した武器、シャンクスが愛用しているグリフォンのように大振りの剣とは使い方がまるで違う。

 どうしたもんか──あれこれ武器を手に取るナギサを、一歩離れた場所で見ながら頭を働かすシャンクス。真剣に、彼女の身を守るに値する武器をあれやこれやと思案する。その背後を、どん、と明確な悪意を持って小突かれたが、彼の表情には波風一つ立たない。

「(……何も言うな)」

「(これが言わないでいられますか……ッ!)」

 大柄なシャンクスの背中に隠れるように、近づいて来たのはデレオンだった。背中越しにめらめら燃えるような殺気を感じてはいたが、ついに我慢の限界が訪れたようだ。言わずとも分かる。彼はデートらしいデートをしていないシャンクスたちに不満爆発寸前なのだ。

「(お頭ふざけてんですか! 僕のアドバイス、何一つ聞いちゃいない!!)」

「(し、仕方ないだろっ。そう上手くいかねえんだって!)」

「(そもそも店のチョイスがおかしいんですよ! 最初はガラスアート展、まあいいでしょう。次にワイン市、名産ですし良しとしましょう。その次は燻製食材──完全に最初の店で買ったグラスで燻製をつまみに飲んだくれる気満々じゃないですか!!)」

「(いやそこはナギサの好みでもあるだろ!)」

「(そこから煙草屋に武器屋とハシゴですよ!? 完全にお頭に気を使ってるラインナップでしょうが!!)」

「(ウグッ)」

 それは考えすぎ、と言い切る自信は、シャンクスにはなかった。誰のためのデートだと、小言でガミガミ責め立てられ、シャンクスは肩を落とす他なかった。デレオンの言葉に肯定も出来ないが、否定もまた出来ないシャンクスはただ黙ってお小言を一身に受ける他なかった。ナギサはどの店でも楽しそうだったがなァ、と、考えながら色々な武器を手にして振りかぶったりしているナギサを見て──空気がびしりと固まった。その空気をいち早く察し、デレオンも言葉を切り上げシャンクスの背からその様子を見て、言葉を失った。

 ふらりと、ナギサの横に立つ男。スーツを身に着けているが、モジャモジャの髪の毛に額にはアイマスク。馬鹿みたいにひょろりと高いその背中を、知らないシャンクスやデレオンではない。嗚呼全く。神がいるのだとしたら、なんて愛され方だと嘆息する。けれど、当のナギサはその正体を知らぬのか、武器商人から借りたメイスのようなものを手に、ニコニコへらへらしたまま軽く会釈するだけ。

「あらら。写真で見るよりスーパーボイン。今晩ヒマ?」

「ふざけたこと抜かしてんじゃないですよセクハラ大将がァ!!」

 そしてその身分にそぐわぬ軽薄な言葉に、デレオンがすかさず飛び出してナギサを庇うように背中に隠す。知らぬはずのないその顔。つい最近、大将にまで登り詰めた実力者にして、全てを凍てつかせるヒエヒエの実の能力者──名を、青キジという。

「ナギサ、離れて! こいつは海軍総大将の一人で──って何嬉しそうにしてんですか!!」

「……ナンパされたの、初めてで」

「素直か!!」

 てれてれとにやつくナギサに、デレオンは叱りつけるようにぎゃんぎゃん吠え立てる。そんな若人二人を前に、可愛いじゃないのとぼやく青キジの背に、シャンクスは迫る。

「なんだ、青キジ。おれたちと戦争でもしに来たってのか?」

「んなわけないでしょ。四皇と一戦構えるのに、おれ一人でどーしろっての」

「じゃあ何なんですか! 観光気分ってわけですか! 海軍暇なんですか!?」

「酷い言い様じゃないの。ま、観光ってのは嘘じゃねェけどさ」

 青キジは相変わらず気の抜けたような事を言う。流石、ダラけきった正義をモットーに掲げる男だ。だが、こんな男でも実力は本物。少なくとも、先のヌケヌケの実の能力者のように軽くあしらえるような海兵ではない。今も、ぼんやりしているように見せながら、その眠たげな眼はじっとナギサを捉えている。なるほど、“観光”か。

「それに、おれはただの付き添い[・・・・]だから」

 その言葉の真意を尋ねる前に──ナギサが、落ちた[・・・]

 まるでその足元に穴が開いたかのように、とぷんと、ナギサが消えてしまったのだ。デレオンもシャンクスも、その出来事に目を見張る。けれどデレオンが取り乱すよりも先に、青キジやデレオン達の後方遠くに再びナギサの姿が出現した。だが、一人じゃない。その背後に見えるのは、にょっきりと大きな猫背に、はためく『正義』の文字。下卑た笑顔は忘れたくとも忘れられるはずのない、かつてレット・フォース号に乗り込んできた海兵、ヌケヌケの実の能力者だ。海軍だ、海賊だ、と、商人や客たちが悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく中で、男はナギサを羽交い絞めして、その身動きを封じている。

「ヌケケケケッ! まーた会えたなァ、コトコトの実の能力者!」

「アイツ……ッ!!」

 デレオンが苦い顔をして駆け出そうとしたその瞬間、その表情が苦々しく歪んだ。その足元は、まるで根が張っているかのように凍り付いているのだ。

氷河時代[アイス・エイジ]、っと。勇みなさんな、若いの」

「青キジ貴様ァ、邪魔をするな!」

「言ったろ、付き添いだって」

 めんどくせえなあ、とばかりに青キジがぼやく。どうにも考えが読めず、シャンクスも内心首を傾げる。

「リベンジマッチの、か? 青キジ、お前がそんなに部下思いだったなんてな」

「失礼なこと言うねほんと。おれ、こう見えて面倒見いい方よ?」

「よく言う。だがな、やり方には気を付けた方がいい──本当に戦争になるぞ」

 ぎろりと、三本爪の傷がつけられた目が青キジを射殺さんばかりに向けられる。その凄み──覇王色の覇気が、たちまち青キジ相手に襲い掛かる。びりびりと、住居や木製の橋でさえ軋ませるその圧に、多くの無力な商人たちが意識を失い、ばたばたと倒れていく。が、そこは腐っても大将、青キジは微動だにしない。

「そうは言ってもねェ、あのコトコトの実の能力者でしょ? 海軍としても放っておけないっつうか……うちとしても、あの能力者には山ほど殺されてるワケだし、そこいらの人間に能力者になられると逆に迷惑っつーか……あー、もうめんどくせえ。忘れたわ」

「ええ、ええ! おかげで目的がはっきりして結構!!」

 適当な割に、青キジ本人には敵意がないことも、此処に何を観光しに来たのかも明確に伝えてくる当たり、本気で戦争をする気はないのだろうとシャンクスは青キジに敵対意識を向けるのを止める。海軍の意向は分からないでもない。以前のコトコトの実の能力者によって築かれた死体の山は、何も海賊だけのものではないことを、シャンクスはよくよく知っていたからだ。だからこそ、彼らはナギサを試しに来たのだ。

「なるほど。海軍将校[あの程度]どうにか出来なきゃ失格、ってワケか」

「──だったら、ナギサは合格でしょう」

 その一言に、青キジは怪訝そうに眉を歪めた。瞬間、ナギサたちが爆発した。

 鼓膜を突き破るかのような爆音に、デレオンもシャンクスも、青キジでさえ、その轟音にはっと振り返る。ナギサと、あのヌケヌケの実の能力者の立っていた場所が土煙を噴き上げ、足元の石畳を粉々にして、土石流のように降り注いでいるではないか。けれど、シャンクスもデレオンもその場を動こうとはしない。まるでそれを予想していたかのように、青キジだけを見据えている二人の海賊を前に、海軍大将は訝しむ。けれど思案するまでもなく、答えだけが唐突に現れた。爆発から一拍置いて、白煙の中から一つの塊が転がり出て、青キジの足元にへばった。

「大将ォ……あんた、話が違うじゃねえかよ……ッ!!」

 ヌケヌケの実の能力者だ。白き正義のマントを煤煙に塗れさせ、全身火傷を負って息も絶え絶えに喘いでいる。



「ただの女、って話だったじゃねえか……ふざけんじゃねえよ!!

 あのアマァ、おれ諸共火薬で吹き飛ばしてきやがったぞ!」



 ふざけんなクソが、と吠え立てる将校の向こうに、青キジは確かに見た。白煙と炎、石畳の破片が降り注ぐ雨の中、立ち上がる女の姿。ヌケヌケの実の能力者ほどではないにしろ、煤だらけで、埃塗れで、所々火傷の痕がありながら、しっかりとした足取りで立つ言霊師・ナギサの姿を。その表情は、爆発に驚きと喜びを混ぜて、そのまま石膏で固めたような顔だ。その手には、先ほどのメイスが握られている。

「これ! これ、すごいいい!」

 そうして子どものように目を輝かせたナギサが発する一言がそんなものなのだから、デレオンもシャンクスも笑みがこぼれてしまう。彼女が手にしていたメイスは、一言でいえば『爆殺器具』だった。遠目で見ていても、見聞色の覇気のおかげで、商人がナギサに説明していた声はしっかりとシャンクスとデレオンの耳に入っていた。曰く、見た目は、ただのメイス。特殊な金属の為、ナギサ程度の細腕でも振り回せるほどに軽く、驚くほど頑丈。その理由は、杖先に仕込まれた黒色火薬。杖を振り回すと中から火薬が飛び出し、メイスに付着する。そうしてメイスを何かにぶつければ、火花が散り──爆発する。このメイスのメリットは、敵に当てる必要がないところだと、商人は声高に語った。中の火薬が爆発しさえすればいいのだ、床にでも叩きつけるだけで着火するだろう。聡い者なら火薬の臭いで距離を取るだろうし、距離さえ取れればそれはナギサお得意のミドルレンジ戦に持ち込める。“自然”系の能力者ならまだしも、このヌケヌケの実の能力者はすり抜けるものを自分で選んでいるのだ。爆風や細かな土石までは交わせやしない。

 無論、爆発するのだから、否、爆発するのだからこそ、一番の被害はメイス利用者本人にフィードバックする。あまり実戦には向かないと、商人が説明し切ったところでシャンクスたちの意識は青キジに向けられた、というわけだ。嗚呼全く、と思う。彼女は実に、神に愛された女だと。実にナギサ向きの武器ではないか。彼女の“声”は、攻撃よりも守りに秀でているのだから。

 とはいえ、煤だらけの彼女の姿を見るに、やや失敗しているようだが。しかしヌケヌケの実の能力者は、まだだと、苛立ちと憎しみを混ぜ返したような顔で起き上がる。

「クソォッ!! ちょっと油断したからっていい気になりやが──」

「あー、もう遅ェよ」

 その声を被せるように、青キジが静かに勝敗を告げる。何を、と、何を言われたか理解していない彼は、子どものような不安な瞳を大将の背に向ける。

「お前ねぇ、言霊使いにこの距離はダメでしょ[・・・・・・・・・・・・・・・]

「しまっ──!!」

 諭すような青キジが声に、ようやく気付いたところで時既に遅し。刃の届かぬ距離はナギサの最も得意とするレンジ。にまーっと、悪戯を思いついたような顔で笑む煤塗れの女を前に、最早逃げも隠れも出来はしない。

「“ お や す み ”」



***



「“デレオン、起きろ”」

「はっ!!」

 デレオンがはっと目を覚ました、否、覚まされた時、人がごった返すほど溢れていた市場で立っていたのは僅か数名だった。堅く冷たい石畳に、山ほどの人々が折り重なるように倒れている。あの面倒な能力者も、海軍大将青キジでさえも、みなグースカ鼾をかいている。末恐ろしい能力ですねと呟けば、全くだとシャンクスが同意する。

「全く、とんだデート日和です。まさか海軍将校二人を相手にするなんて……ああもう、ナギサ煤だらけじゃないですか。あ! 火傷まで! この武器が扱えるようになるまで、猛特訓が必要なようですね!!」

「でも、いいの見つかった」

 小遣い程度に与えている金貨の袋を、これまた居眠りしている商人の懐に突っ込むナギサ。リスクは孕むが、彼女はこの武器をお気に召したらしい。これくらいの無茶は目を瞑ってやるべきか、なんとも言い難い表情を浮かべるシャンクスに、メイスを担いだナギサが駆け寄る。

「ん?」

「ん!」

 左手にメイス、右手に何も掴んでいないナギサの手のひらがシャンクスに差し出されている。一瞬、ナギサが何を求めているか判断しかねた。メイスの金額が足りなかったのだろうかなどと、馬鹿なことさえ考えた。けれど、深まる彼女の笑みに、答えは決まっているようなものだった。シャンクスはふっと吐き出すように優しく笑むと、その小さな手を取ってぎゅっと掴む。埃だらけの泥まみれ、武器を肩に乗っけて笑う少女のような恋人は、実に満足そうに頷いた。そうして、そっと歩き出す彼女の歩幅に合わせて、肩を並べる。

 思い通りにはいかない。計画通りにもだ。ナギサに至っては爆風の影響を受けたせいでボロボロで、敵味方入り乱れて鼾をかくこんな場所で、当たり前のようにつながれる手。けれど、ナギサは笑っている。何が楽しいのか面白そうに、かははと笑って、人の山を懸命に乗り越える。不思議なことに、その笑顔を見て、心臓の真ん中あたりが、妙に温かく感じられるのだ。だからまあいいかと、思ってしまう。普通のデートプランには程遠いけれど、これが彼女と自分の在り方なのだと示しているようで。分かり合えない部分はちょっとずつ、歩み寄っていけばいいのだ。

 こんな風に、互いに手を取って、ゆっくりと。

「──荷物よろしく!」

 二人並んで歩き出した中、ナギサがそんなことを言う。先の買い物で、ナギサはワインだのグラスだのツマミだのと、大きな袋一つ分の戦果を挙げていた。しかしそうは言っても、シャンクスの腕は片方しかなく、その片方は塞がれている。ナギサもまた武器を手にしているため、荷物を手にする余裕などなく。

「……仕方ない。丘の上でだけですよ、姐さん」

 やれやれと言わんばかりの仕草なのに、言葉はどこか柔らかく。背後から、軽い足取りで紙袋を背負う音が聞こえる。なるほど、丘の上では船長の恋人を立てるつもりらしい。それではと、二人顔を見合わせる。レッド・フォース号までの道のり。決して長くはないその道を、二人は花路を往くかのように軽やかに進んでいく。

 若き青年の瞳に、映る二人の行く先はただ明るい。









 


























 後日、ナギサの懸賞金が跳ね上がったことでレッド・フォース号内はお祭り騒ぎだった。

「“なんで──っ!?!”」

「そりゃあ、あの青キジも退けたんですから、このくらい当然かと」

 まるで己の事のように鼻高々に語るデレオンの手にある新聞には、ナギサの新しい写真がでかでかと印刷されている。相変わらず『ALIVE ONLY』ではあるものの、海軍大将との交戦した上に、勝ち逃げしたというのだからその懸賞金は1億ほど上乗せされていて。しかしナギサとしては気が気ではない。何が交戦か。何が勝ち逃げか。デレオンから引っ手繰った新聞を舐め回すように眺めて、わなわなと震えるナギサの背後から、新聞の中身をひょいっと覗き込むシャンクス。

「はは、勝ち逃げとは、海軍も形振り構ってられないらしい」

「では、何か別の意図があると?」

「青キジはエサだ。ナギサに敢えて敗北することで、その価値と懸賞金を吊り上げた。なんせ5億の首に、青キジ相手に勝ち越せる人間だ。そこいらの賞金稼ぎも海賊も、迂闊に手出し出来ないようにな」

 まあ何にせよ宴だなと、シャンクスの一声でたちまち船内はお祭り騒ぎ。船から5億の賞金首が出たぞと、男たちのむくつけき腕がナギサを担ぎ上げる。5億5千万、それがナギサの首に新たにかけられた金額だった。この海で5億越えの賞金首となれば、それは数えた方が早いレベルの大悪党。少女のように笑うナギサの写真を見て、これが5億と、これが対象青キジをと、誰もが慄くことだろう。海軍の信頼を落としてまで、文字通り高めたナギサの価値を見て、彼らも理解したのだと思う。彼女の、非凡な平凡さが。

 あのひと狸寝入りしてたのにと、ぼやくナギサの声は歓声に呑まれた。





―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
実莉衣さん・アキラさんから頂きました、100万hit記念リクエスト、
『ワンピ夢主がナンパされる(海軍か海兵に絡まれる)』
『シャンクスとお喋りしてラブラブする』でした!
定番リクエスト!とくればデートでしょ!という安直の発想。
だったのに、何故か戦闘シーンが挿入されてしまいました。何でこうなるの?

出す海軍海兵は色々悩みました。推し海兵多すぎ問題。
ただ、「あらら。写真で見るよりスーパーボイン。今晩ヒマ?」
というセリフを思いついてしまったがために、青キジ出演となりました。
彼の掴みどころのなさと、試合に負けて勝負に勝つ姿がすきです。

なんか長い上にリクエスト内容に沿ってない気もしますが
愛は!!!たっぷり!!込めました!!!!!
おかげで安心と安定の二話構成!!!!長い!!!!!

リクエスト、ありがとうございました!
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