海賊見習いとして


「おれは反対だ」

「いいや、連れていく。これは船長命令だ」

 バチバチ火花を散らし合うシャンクスとベックマンさん、彼らを取り巻くのは主に幹部クラスのクルーたち。レッド・フォース号のナンバー1とナンバー2の只ならぬ空気に、下っ端たちは立つこともままならず会議室から早々に退散していた。それほどまでに彼らの“気”がぶつかり合う中、わたしは一人何をするでもなく椅子の上で足をぶらつかせていた。彼らが頭を悩ます議題というのは即ちわたし自身なんだけど、それをわたしに口出す権利がない以上、何を言うことも出来なくて。

 そう、議題というのはわたしを航海に連れていくかどうか、である。無論、わたしは付いていきたい。大好きなシャンクスとみんなの傍に居られるなら他に葉何も必要としない。みんなも──シャンクスを含め、ほとんどの人たちがわたしの同行に賛同してくれた。だが、当然ながら手放しに賛成してくれる人ばかりではない。いの一番に反対したのは、ベックマンさんだった。理由は一つ『赤髪のシャンクスの“女”というだけで、お頭に弱点が出来る』から。なるほど、尤もな意見である。特異な“声”があるとはいえ、わたしの肉体は一般人以外、長い廊下の雑巾がけ程度で息を切らすほどのヘボ体力である。対して此処の海賊はと言えば、腕っぷしもさながら、件の海軍将校のようにヘンテコな能力者もたくさんいる。万が一わたしがどこかの誰かに攫われて、自分や仲間の命とわたしの命を天秤にかける瞬間が来るかもしれないのだ。

「いいか、おれはナギサが嫌いで物を言ってるんじゃねェ」

「そんなことは分かってる」

「だったら尚のことだ。お頭、周りを見ろ。こんな男だらけの空間で、ナギサ一人放り込んで何もないと本気で言い切れるのか? 言いたかないが、女一人のためにあんたも、そしてこの海賊団も瓦解させるわけにはいかねェ」

「その言い分が分からないほど馬鹿じゃねえ。だが、ナギサを陸に置いて行くのは無理だ」

「信頼できるところに預けりゃいい。ナワバリでもなんでも、どこでもいい。この先の航海に、ナギサにゃ荷が重すぎる」

 とまあ、こんな感じで話はぐるぐる回って着地点が見当たらない。誰もが口出せず、黙ったままその成り行きを見守る他ない。わたし自身もだ。そりゃ、わたしもついていきたいけどさ、決めるのはこの船の船長だろうけど、この船の船員にしてナンバー2が反対しているのだ。わたし如きが口出しできる領分ではない。わたしはただ、二人の判断に従うだけだ。

 しかし……話を始めて数時間が経過している。いい加減、どっちにすべきか決めて欲しいところである。別にわたしはどこかに預けられたってシャンクスやベックマンさんを恨んだりしないけどな。そりゃ、悲しさも寂しさもあるけれど、それでわたしのあなたたちへの想いが鈍るはずもない。無事に生きているならそれでいい。あなたたちの邪魔になる方が、わたしは辛い。海を往く海賊を、縛り付ける鎖になるぐらいなら陸でひっそり生きてた方が、心身共にわたしの為になるというもの。

 ただ、気掛かりなことがあるとすれば、だ。

「あ、あのぅ」

 おずおずと一言挟む。二人の声に比べれば蚊の泣くような声量だったにもかかわらず、二人してバッとこちらを向くものだから、わたしはびっくりしてデレオンの影に隠れる羽目になった。まだまだ声を使うことに慣れていないわたしにとって、その反応はビビるに値するほどのものだった。

「どうした」

 そう。シャンクスに優しく問われ、どうしようか、ちょっと迷う。ややあって、さっきシャンクスとベックマンさんが言い争ってる間に、親切な若者が持ってきてくれた新聞を中央のテーブルにさっと広げる。内容は英語なのであまり読めていないのだけれど、どうしても見過ごせない内容が一面にでかでかと掲載されていて。

『『『言霊師ナギサ、懸賞金3億9千万ベリ〜〜〜〜ッ!?』』』

 そう、それはどこで撮ったのか、わたしの写真が新聞一杯に引き伸ばされた新聞。そしてAliveOnlyと銘打たれたその下に書かれた金額は3億9千万ベリーの文字。どう見ても賞金首です、本当にありがとうございます。

「うっそだろ、なんでいきなりリークされてんだァ!?」

「やっぱあの海軍を生かして返したのがまずかったんだろ!」

「しかしAliveOnly生け捕りとはいえ、この金額はヤベェぞ」

「少なくとも、ぽっと出の海賊にかけられる額じゃねェな」

「政府も賞金稼ぎも、目の色変えるぜ……」

 もう会議室は大騒ぎ。この3億9千万ベリーにどれほどの価値と意味があるのか、わたしにはあまり実感できない。だがこの騒ぎ様、そしてこの船に乗ってるクルーたちの首にどれほどの懸賞金がかけられているのかぐらいは見知っているわたしとしても、とても楽観視できるような状況じゃないことぐらいは分かる。

「……ナギサは、逃げ切れるでしょうか」

 デレオンの一言に、会議室の沈黙は一層に重くなった。

 わたしの食べた“コトコトの実”の力は、わたしが考えているよりもよっぽどヤバイシロモノだった。あの海軍も言ってた、政府が何年と探し求めていた、と。生け捕り必須なのは、わたしが死ねばまた何年も“コトコトの実”が行方不明になるからだ。それほどまでに、政府はこの力を欲しているらしい。この世界の政府にどれほどの権限と力があるのか、やはりわたしには知り及ぶところではないのだけれど、少なくともこの部屋のみんなの顔を見るに、そこそこヤバい機関らしいことは分かるわけで。

「……なるほどな。ナギサにとっちゃ、此処が一番安全ってことか」

 フーッ、と紫煙を吐き出しながら、ベックマンさんは気が重そうにそう言った。シャンクスも、ああ、と静かに頷く。

「こんな予定じゃなかったんだが……まァ、結果的に言えばそうなるな」

「なら、反論の余地がねェな」

 ただ、と言いながらベックマンさんは立ち上がる。そしてわたしの傍までゆっくりと歩いてきて、腰を曲げ屈んで、わたしと目線を合わす。鋭い視線が、ぐっとわたしを捕らえて、指先一つ動かせない。

「ナギサ。お前は海賊になれるのか」

 海賊になる。それは、どういう意味なのだろうか。ベックマンさんの眼光の前で、わたしは静かに考える。海賊ってなんだろう。海を愛し、自由を行き、何者にも捕らわれない人たちのことかな。そんな存在に、わたしはなれるのか。そういう意味なのだろうか──いいや、違うな。ベックマンさんの言いたいことは、きっとそんな子どもじみた話じゃない。

「なる。シャンクスはわたしの運命、命に代えても守ってみせる」

 そんな強い言葉を口にしたのは、しばらくぶりだった。言葉を使うこと、それがどのような条件下で、どんな形で発動するのか、わたしはあまり分かってない。何の意味のない、ただの言葉なのかもしれない。ただ、どっちでもよかった。現実になろうがそうでなかろうが、どっちにしても結果は一緒。今なるか、いずれなるかの違いだけだ。

 でも、わたしは自分の誓いは崩さない。崩すつもりはさらさらない。もうわたしは、“言葉”で人を傷つけたりしない。例え仲間が死の淵に追いやられても、わたしは“仲間を守る”言葉を口にしよう。そんな甘ったれた航海の果てに自分が死にそうになっても、その時は、わたしは自分が持てる限りの抵抗をする。それでも敵わないのなら、そこがわたしの終着点だ。

 シャンクスも、クルーも、この場所も好きだ。まだまだ生きていたい。白ひげとの約束も反故にするつもりもない。けれど、わたしはもうこの言葉で人を傷つけないと決めて口を閉ざしたのだ。自分が生き残るためだけに、その誓いを曲げることは断じてない。それがわたしが海賊になる為の、揺るがない芯のようなものだった。

 そうか、とベックマンさんは顔を上げ、静かにそう言った。

「そんだけ腹据えてりゃ、どこだって行けるだろう。ただ、ちったあ鍛えろよ。雑巾がけ程度でヒイヒイ言ってるようじゃ、この先の海は超えられねえ」

 ぱっ、と顔を輝かせたのはわたしだけじゃない。シャンクスもデレオンも賛成派だったみんなも、嬉しそうにベックマンさんを見つめる。当のベックマンさんは、澄ましたように肩を竦めるだけ。

「ウチの大事な清掃員だ、誰が手放したいと思うかよ」

「よし、言質取ったぞ!! おめェら、新しいクルーの仲間入りを祝って、宴だ──ッ!!」

『『『イヤッホ──ッ!!』』』

 こうなればもうお祭り騒ぎ。みんな会議室から飛び出して、今日の宴の準備に向かう。全く子どもみたいに、と大人ぶっていたデレオンでさえ、部屋を後にするその足取りはスキップしているように軽やかだった。

「よかったなァ、ナギサ!」

 ひょいっと、何の断りもなくシャンクスはわたしを抱きかかえた。だが、もう慣れたもんで、わたしもとびっきりの笑顔を浮かべ、海賊見習いとして相応しい一言を返すのだった。

「よ、よろしく、お頭・・!」

「……」

「?」

「……」

「……?」

「……」

「……あ、あれ?」

 ほどなくして、下っ端クルーが自分の海賊団の船長を呼び捨てにするのかという問題について、わたしはお頭ことシャンクスと三日三晩語り合うほど熱い夜を過ごしたのだった。

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