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 この船はいつも、何かと理由を付けて宴を開いている。

 ものすごい大きな魚──もはや哺乳類の域さえ超えているが、腹を掻っ捌いたら卵が出てきたので便宜上は『魚』と呼ぶ──が釣れた時、誰かの誕生日の時──おれの幼馴染の嫁の叔父とかいうもはや他人の誕生日もあったが──、わたしの知らぬところで敵船を沈めた時──何故か決まってどこかに籠って掃除してる時に事は片付いているので、ほんとに敵船が来たのかもわたしは知らない──などなど。とにかく、ほぼ毎晩とばかりに宴を開いているが、宴とかこつけて酒を飲みたいだけなのは見え見えだ。海の上では酒より水の方が高価とはよく言ったもので、この船も例外なく酒が山のように積まれていた。酒蔵はいつでも樽がギッチリ詰まっていて、みんな樽を割ってラム酒を浴びるように飲んでいた。

「よォ、ナギサ。お前も一杯どうだ?」

 いつものように、みんなが騒ぐ宴を少し離れた場所で笑いながら見ていた時だった。すでに出来上がったシャンクスが絡み酒をしてきた。へべれけのおじさんの面倒くささは国、世界を超えても同じか。どうしたものかと顔を顰めると、お頭の言葉に釣られたオッサンたちがゾロゾロ寄ってきた。

「おいおいお頭、ナギサにはまだ早ェだろ」

「あと十年もすりゃあ、おれたちと一緒に飲めるのにな」

「ワハハハ、酒の味が分かる頃に酌してもらえりゃなァ」

「いいなァ。おれ、娘に酒注いでもらうの夢だったんだよ」

「おめーはまず嫁さん見つけろよ」

「ギャハハハッ、この顔じゃあと五十年は無理だな!」

「なんだとてめえ、表出ろォ!」

「バーカ、もう表だっての!」

 面倒くさいオッサンのオンパレード。これ、あれだな。親戚の集まりに参加した時、お調子者のおじさんの『ハハハ、大きくなったなおめえ、ホラ、ちょっと飲んでみっか?』『アンタ! 子どもに酒勧めるんじゃないよ!』的なあれだな。助けてデレオンと隣で酒を酌み交わしている若きイケメンに視線をくれるも、彼は肩をすくめるだけだった。諦めろ、と。

「ほら、ナギサ。ぐぐーっと、ぐぐーっと、な!」

 シャンクスがわたしの頬にジョッキをぐりぐりと押し付ける。なんだこのおじさん。わたしが飲めないと確信してこの行為、無性に腹が立つ。そう、みんなわたしを子どもだと、決して飲めるわけがないと、冗談で酒を押し付けてきてるのだ。全く、悪いおじさんたちだ。海賊相手に何言ってんだって話だが。

 ──そう思いながらわたしは、シャンクスからジョッキを引っ手繰った。

「お、威勢がいいな! その調──し……」

 ワハハと笑ったシャンクスの笑顔が、固まった。他のおっさんたちも目を皿のように丸めてわたしを見つめる。片手じゃ掴み切れないほど大きなジョッキを手に、わたしは中身を一気に飲み込む。ごっごっご、と中の液体が喉を通って腹の底に溜まるのが分かる。ウーッ、誰だこんな強い酒を『憩いの水』なんて呼んだの。死の恐怖を紛らわせたなんて、アルコールで脳が麻痺しただけだろうに。

 さて、皆皆様からの注目を集める中、中身を全て飲み干したわたしはドンッとジョッキを甲板に叩きつける。漂う沈黙。集まる視線。気が大きくなるのは、わたしもアルコールに惑わされているからだろうか。わたしはフッと鼻で笑い飛ばすと、手のひらを上にしてクイクイと手招いた。

『『『上等だァ──!!』』』

 好戦的なクルーたちは、こぞってジョッキに手をかけたのだった。



***



「ば、ばけもの……!」

「人間じゃねえ……あ、あいつ、どうかしてる……!」

「おっぷ……うえっぷ……も、もう、無理……」

 さて、わたしが火に油を注いでから数時間後。いつものわたしなら酒に溺れて夢の世界に旅立つクルーたちに毛布をかけて回るところだが、今日は違った。ジョッキ片手に死屍累々とばかりに嘔吐くクルーたちに囲まれ、わたしは樽からジョッキに酒を酌んで飲み干す。うん、美味しい。最初はキツいと思ったけど、飲み進めれば慣れるもんだ。

「……お前ら、何してんだ」

 そんな中、航海日誌をつけるために宴未参加だったベックマンさんが甲板に顔を覗かせてきた。床に転がるクルーたちを呆れた眼で見下ろして、こちらに近付いてくる。

「ふ、副船長……化け物です、コイツ……!」

「何杯飲ませても、顔色一つ変えやしねェ……」

「あいつの肝臓、鉄か鋼で出来てるんですよ……おえっ……」

「お前ら客相手に何してんだ……お頭はどうした」

「あっちで吐いてます……」

 真っ青な顔のクルーが指差す方向に、シャンクスが船から身を乗り出して吐いている後姿があった。さほど強くもないくせに、際限なく飲むからああなるのだ。あれじゃ、明日は昼まで二日酔いモードだな。そう思いながらまだまだ飲み進めるわたしの隣で、見守っていたデレオンが状況を説明する。

「挑発したのはナギサなんです。それに乗った彼らが吐くまで飲み始めて……当のナギサは顔色一つ変えやしないし、これは、副船長並みのザルですね」

「ほォ、意外な一面だな」

 ベックマンさんはタバコを吹かしながら本当に意外そうにわたしを見つめた。そう、何を隠そうわたしは友人たちに『バッカスの肝臓』の異名を捧げられるほど、酒に強い。どれほど飲んでも、身体があったまったり気が緩んだりはすれど、意識を失うこともないし胃の中をさらけ出すこともない。喧嘩売る相手を間違えた彼らの敗北だ、意地悪く笑えば、悪魔、鬼、人でなしと、散々なクレームが嗚咽交じりに飛んでくる。

「まぁ、吐くまで飲む方が悪いんですけど」

「そういうお前さんはちっとも進んでねェな」

「当たり前でしょう、副船長。僕は自分の美が損なわれるようなマネはしません」

 しれっとそんなことを言いながら、嗜む程度にラム酒を飲み進めるデレオンはいつも通りだった。確かにむくつけきオッサンならいざ知らず、こんな線の細いイケメンがゲーゲー吐いてる姿は見たくはない。まあ彼のことだから、そんな姿になっても美しいのだろうけど。

「ハアーッ、スッキリした!」

 さてもう一杯、とジョッキに注いでいると、シャンクスが清々しい笑顔で戻ってきた。この人はこの人で、吐くまで飲む精神を何とかするべきである。

「しっかし、驚いた! まさかナギサがこんなに強いなんてな! ベックマン、お前でも勝てるか分からねェぞ」

「そりゃ言い過ぎだ。年季が違う」

 フ、と笑みを浮かべるベックマンさんには男の貫禄がにじみ出る。いつもならワアかっこいい、なんて笑うところだが、酒の入った今日のわたしは一味違う。わたしはそこらに転がるカラのジョッキを拾い上げ、ヒュッとベックマンさんに放り投げた。ぱっとキャッチするベックマンさんは流石だ。ベックマンさんはタバコを咥えながら、わたしとジョッキを交互に見やる。

「おれと一戦やろうってか?」

 わたしはニッと笑ってジョッキを掲げた。面白ェ、とベックマンさんはジョッキを床に置くと、近くにあった酒がたっぷり入った樽を拳でぶち開け、両腕で担いでまるで大きな杯でも扱うかのように、樽の中身を全て飲み干してしまった。わたしもシャンクスもデレオンも、死にかけていたクルーたちも唖然としている中、やがて空になった樽をドンッと床に叩きつけ、ベックマンさんは挑発的に笑んだ。

「これでイーブン、だな?」

 これには、わたしの心臓にも火がついた。悪い酔いも忘れてクルーたちは大盛り上がり、シャンクスは笑い、デレオンは目を輝かせ、ヤソップさんがどこから持ってきたのか銅鑼っぽいものを打ち鳴らす。向かい合うわたしとベックマンさんの間には、不思議と火花が散っているのが見えた気がして、思わず笑みが零れる。

「さあ、張った張った! 副船長とナギサのオッズはこっちだよ!」

 いつの間にか賭けの対象にされており、銅鑼を鳴らすヤソップさんがクルーたちから金を巻き上げている。お調子者のクルーたちは、ここぞとばかりにベリーを握り締めてヤソップさんの元へ駆け寄っていた。

「おれ、副船長に5万!」

「僕はナギサに3万賭けます!」

「おれも副船長2万! 頼むぜ副船長、おれの全財産だ!」

「ならおれは相打ちに5万!」

「酒が尽きるに3万だァ!」

「おれはベックマンに10万だァー!!」

 シャンクスもニッコニコでヤソップさんにお金を投げつけている。うん、上が上なら下も下だわ。

「ったく、あいつら勝手に……」

 ベックマンさんも呆れ顔だ。わたしは苦笑を噛み締めながら、ジョッキに並々とラム酒を注ぐ。ベックマンさんがどれほど強いか分からないが、バッカスの肝臓も伊達ではないと思い知らせてやろう。闘志漲るわたしに、ベックマンさんがフッと笑って目を伏せる。

「あいつらが勝手に儲けるのもつまらねェな」

 どういうことだろう、とわたしは首を傾げる。そうだな、と少し考えるそぶりを見せるベックマンさんの背後から、どつくような形でシャンクスが飛び込んできた。

「じゃ、ナギサが勝ったらベックマンが何でも言うこと一つ聞くってのはどうだ!」

「おい、お頭。勝手におれの人権を賭けるんじゃねェよ」

「負けなきゃいいだろうが」

「そりゃそうだ」

 ほほーう、負ける気なしと。ふふん、倒し甲斐があるというものだ。強い敵を相手にワクワクが止まらなくなる戦闘民族の気持ちってこんな感じかな。益々笑みが深くなるわたしに、ベックマンさんの肩を抱くシャンクスが、ニヤリと笑った。

「そんでベックマンが勝ったら、おれの話し相手[・・・・・・・]になってくれよ」

「──……!」

 こんな時だけ、意地の悪いおとなの顔。全く、と呆れるベックマンさんだが、それを咎めることはしない。外野はやれ副船長に何万だナギサに数万だと騒ぐ声で満ちているのに、この3人の周りだけ静かな湖面のようで。

 じっとシャンクスを見つめる。ニィ、と口角を吊り上げるシャンクスは、いつもとは少し違う。ニコニコ笑う少年のような顔でもなく、ゲーゲー吐いてる情けない男の顔でもない。生々しい爪痕からじっと覗く瞳が、まるでこちらの意識を抉り取るように掴んで、放さない。貫禄とも、色香とも異なる、圧倒的なオーラを前に、ぶわりと、全身に走るのは鳥肌か、武者震いか。

 わたしは無意識に、頷いた。

「よーしィ、そんじゃ準備はいいなお前ら。始めるぞ!」

 ゴオオン、とヤソップさんが銅鑼っぽいものをを鳴らす。さっとシャンクスから目を逸らし、わたしとベックマンさんは向かい合って腰を下ろす。そして歓声うねる甲板の中心で、わたしたちはジョッキに並々に入ったラム酒を天高く掲げたのだった。


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