From Belgium with Love

※高校生設定

※実在の商品をネタにしてますが他意はないです















 2/14。あの男さえいなければ、人がごった返すデパ地下のチョコレートコーナーなんぞに顔を出すことはなかったのにと、脳裏で高笑いする跡部に悪態をつく。

 遡ること時は2年前。氷帝学園高等部へ進学し、男子テニス部マネージャーとして身を粉にしてコートを駆けずり回っている時、あの男はあたしに言ったのだ。バレンタインはお前も用意しておけよ、と。正直、その一声がなきゃ何一つ用意する気のなかったあたしは、寝耳に水レベルの衝撃だった。え、なんでよと。噂じゃトラックの荷台いっぱいになるほどチョコを貰える男が何故、と。まあ、プライドの高さはは怒髪天を突くが如しの男である。よりにもよってテニス部のマネージャーから貰えない、というのは我慢ならないのだろうと考えた。忍足辺りが言うのであればケツ蹴っ飛ばすところだけど、相手は跡部だ、一度言いだしたら聞かないのは百も承知。仕方がないのでアンテナショップなどで仕入れた袋麺の詰め合わせをレギュラー陣に贈った。宍戸や向日はテスト勉強のお供になると大層喜んだが、当の跡部は渋い顔。人からの貰い物になんだその顔は、失礼な男め。甘いものばかり貰って胃もたれするだろうと思ったあたしの配慮をありがたく受け取れよ。美味しいだろうがラッキーピエロのラーメン。

 まあ言うまでもなく不満だったようで、次の年は「作れ」とのご命令だった。何様だこの男。まあ跡部だけでなくレギュラー陣からのお返しはそれなりのマージンが見込めることをあたしはよくよく知っていたので、重い腰を上げて私は家で仕込んだカレーを学校に持ち込んだ。部活上がりの空きっ腹に染みると、これも大半のレギュラー陣からは好評だったが、やっぱり跡部は渋い顔のままカレースプーンを手に黙々と白米をかき込んでいた。まあ、似たようなもんじゃん、茶色いし、と言ってやれば、跡部はあの端正な顔を思いっきり顰めた後に、「来年はチョコレートだ」と、早くもご指定いただいたわけだ。気が早いもんだと思いながら、レギュラー陣にお返しを強請っておいた。おかげで跡部から返礼に海外旅行に連れてかれた。カレーや袋麺に対して重すぎる気もするが、マヨルカ島で食べたエンサイマダは大変美味しかったことは此処に記しておく。

 で、今年である。ご丁寧にチョコレートを指定されたからには、流石に用意すべきかとあちこち探すも、いまいちピンとくるものがない。気取って変にブランドもの上げても鼻で笑われそうだし、じゃあ手作りするかって言っても、あたしはお菓子作りは苦手だ。料理は雑に作っても何とかなるが、お菓子作りはそうはいかない。引退も引き継ぎも終えたとはいえ、焦げたチョコレートなんか渡して、身体壊されても目覚めが悪い。参ったなあ、と思いながら、あれでもないこれでもないと、あちこちウロウロするのだった。



***



 で、バレンタイン当日の2/14、幸運にも今日は休日だった。元レギュラーどもは跡部以外大学部までエスカレーター方式で進学が決まっており、当の跡部もとっくの昔に海外進学を決めていたので、樺地くんに日吉に鳳に滝も巻き込み、バレンタイン当日は誰一人欠けることなく跡部の家に集まった。みな、今日の戦利品を持ち寄ってジュースでも片手にパァーっと騒ごう、というのが今日の企画である。みな、大凡通常の男子高校生では到底もらえないレベルのチョコを紙袋に突っ込んでやってきた。それでも、跡部へのチョコの多さは他の連中のチョコを全部ひっくるめたとしても敵わないほどの多さだったので、この男の底知れぬモテ具合にみんなで戦々恐々としながらパーティはスタートした。

 食って飲んで遊んで喋って、腹が膨れりゃテニスして、ひとしきり騒いだ後、忍足が思い出したようにあたしに話題を振ってきた。

「そういや、天城さんからのチョコはないん?」

 チッ、みんな綺麗に忘れてる頃に話を蒸し返しやがって。絶対わざとやってるんだろうなと思いながら、そうだそうだ忘れてた、と芥川も向日も騒ぎ出す。

「せっかくみんな忘れてると思ったのに」

「忘れるわけないCー! 俺、天城ちゃんからのチョコ楽しみにしてたんだー!」

「まあ、ラーメンとカレー持ってくるような女だしな……」

「ビックリ箱開けるドキドキ感はあるよな!」

「煩いよそこ。持ってくるからちょっと待ってて」

 芥川、向日、宍戸の幼馴染トリオの声を背に、あたしは執事さんに預けてたバレンタイン用のチョコを取りに向かう。再びこの部屋に戻ってきたとき、サンタロースかってぐらい大きなポリ袋を背負って登場したあたしを見て誰もが目を丸くした。

「幼稚舎で見たことある光景だぜ」

「当たらずも遠からずってね。はい、メリー・バレンタイン〜」

 雑な返しをしながら、あたしはポリ袋の中身を鷲掴みにしてみんなに配る。ラッピングペーパーに包まれた、人の顔ほどある割に軽いそれに、みんな首を傾げながら包みを開いた。反応は三者三様。なんだこれ、とばかりに中身を漁るおぼっちゃまたちと、おっ、と目を光らせる庶民たちの差よ。その中でも、一際訝し気な顔をした跡部があたしを見る。

「凪沙、何のつもりだ」

「ご指名は『チョコレート』だったでしょーが」

 だったらお望み通りでしょ、何だって。と、5円チョコやプチプチ占いチョコを引っ張り出す跡部を見て、あたしはニッコリと笑った。

 あれこれ考えて、どうせ庶民のJKが手が出せるチョコレートなんて、跡部だけでなくみんな食い飽きてるだろうし、だったらもう味度外視のユニーク方面に振り切れようと意気込んだあたしからのバレンタインチョコは駄菓子セット落ち着いた。あれこれ見繕うのが楽しくて、ついついチョコ以外のお菓子も山ほど入れてしまったが、そこはご愛敬。まあ、駄菓子とはいえ、このご時世駄菓子の単価も安くはなく、かえって高く付いてしまったが、まあ高校三年ラストのバレンタイン、血迷ってレオニダスだのデルレイだのを買って跡部に「身の丈に合わねえな」と鼻で笑われずに済むと思えば、安い出費である。案の定、庶民たちには大うけだった。

「うっわ懐かC−! このヨーグルトのやつ好きだったんだ―!」

「あったなこんなゼリー。蓋の裏にアタリがついてたりするんだよな!」

「鉄板のチョコバットとプリンチョコもあるじゃねえか」

「このジュースになる粉、好きだったなあ〜」

「きなこ棒に紐アメまで……こんなんスーパーじゃ売ってへんやろ、よう見つけたな」

「だからいいと思ったの。懐かしいでしょ?」

 芥川、向日、宍戸、滝、忍足は懐かしい懐かしいとテーブルに中身をぶちまけて、ワイワイ思い出トークに花咲かせていた。跡部はともかく、鳳、日吉、樺地くんの後輩組は困惑した面持ちだった。育ちいいもんねえ君たち……。

「今となっては美味しいと思って食べるモンじゃないから。食いきれなきゃそこの庶民たちにあげて」

「い、いえ! 天城先輩からチョコレートを頂けると思わなくて……俺、嬉しいです!」

「前がラーメンとカレーとでしたからね。まあ、ありがたく頂きます」

「ウス……大事に、食べます……」

「後輩たちはこんなに素直にお礼を言ってくれるってのに、肝心のリクエストしてきた当本人は笑顔の一つも浮かべないなんてね」

 お礼はないの跡部サマ、と下から覗き込んでやれば、中々お目にかかれないほど眉間にしわが寄った王様のご尊顔がそこにあった。ただ、こいつもこいつで貰い物を無碍にするような教育は受けていなかったようで、黙々と5円チョコを開封し出したのだった。

 それからはしばらく駄菓子開封で楽しんだ。どらチョコを口にしてはあんこじゃないと衝撃を受ける鳳をニヤニヤしながら見てたり、ブタメンの高騰具合にみんなでグチグチ言い合ったり、キャベツ太郎には何故キャベツが入っていないのか真剣に不思議がる跡部に笑い、ボノボンのコスパは最強とあたしが高説垂れ流し、空のペットボトルに水入れた後、何種類ものジュースの粉をぶっこんでバーテンダー宜しくみんなに振る舞う芥川とかいうテロリストにはみんな非難轟々だった。

 そんで日も暮れる頃には、少なくともあたしが上げた駄菓子はみーんな食い尽くしてしまった。舌は超えているであろう跡部でさえ、味の安っぽさにぎゃあぎゃあ言いはしたが、結局残さず食べていたので、よしとする。そろそろお暇するわとそそくさと帰宅の支度をする忍足を皮切りに、解散の雰囲気になりつつある。相変わらず何事も自然にこなす男である。どうせこの後は彼女と会う約束でもしているのだろう。というか彼女いるのに此処来るあたり、忍足も大概人がいいというかなんというか。因みに他のメンバーに恋人がいないのは調査済みである。恋人持ちたちを暇人扱いするほど、あたしも性格悪くない。

「じゃ、俺らは先にお暇するわ。天城さんは跡部に送ってもらうんやで〜」

「はいはいそうしますー。じゃあみんな、また月曜にね〜」

 執事の人に連れられて、レギュラー陣はそそくさと去っていく。車の用意が出来るまで、広くて豪奢な部屋に、跡部とあたしの二人だけ。ま、今更緊張するような付き合いでもないので、申し訳程度にまとめられたテーブルの上のごみを片付ける。

「いつも悪いわね、送ってもらって」

「フン。お前も一応女だからな」

「なあに。まだ根に持ってんの?」

 棘のある物言いの原因に覚えがあったので、にやにやしながら振り向くと、腕を組んでしかめっ面していた跡部が、此処に来て初めていつもの―――あの自信に満ちた顔をこちらに向けた。

「まあな。だが、今年はマシだ」

 そう言いながら跡部の手には、あたしイチオシのボノボンが一つ。だが、それに気付けないほどあたしも馬鹿じゃない。そりゃよかったわね、と肩をすくめて、跡部の脇をすり抜けて扉に手をかけるあたしを跡部は止めなかった。すれ違い様、にやりと口角の上がる跡部が囁く。

ブノワ・ニアン[・・・・・・・]とは、中々いい趣味してるじゃねえか」

「ボノボン二個程度で、随分上機嫌ね」

 少しだけ撚れたボノボンの大きな包み紙に包まれたそれを、彼は随分お気に召したようだ。ま、せっかくリクエストいただいたんだから、お応えするのも悪くない。先に扉を開けて、ぱたりと閉める。全く、予定外の出費ではあったが、残った何粒かは美味しくいただいたのでチャラにしておこう。そうでなくとも、どうせこいつからのお返しはいつだってあたしの想像を遥か上を行き、そしてあたしを喜ばせてくれるんだから。

「―――ったく、恋人の照れ隠しはいつまで続くんだか」

 付き合って何年目だよ、なんて奴の言葉を扉越しに笑い飛ばした。4年目だよバーカ。





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2019/02/14 So Sweet Valentineイベント開催記念


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