度し難い恋をしていると

 度し難い恋をしてるよねと、あたしは言ったわけ。

 あたしの幼馴染にして大親友の凪沙ちゃんは、すごい子なの。あたしと同じ学校で同じ授業を受けて育ったはずなのに、毎回赤点すれすれのあたしと違って、とっても頭がいいんだ。頭がいいっていうのは、テストの点数がいいってだけじゃなくて、こう、なんていうのかな、ホラ、アレ、なんていうんだっけ、中国のすごーく偉い人。子牛? あ、孔子、そうそう、そういうカンジ。なんかねえ、あたしなんかじゃ全然分かんないこと考えてるの。えーと、何がすごいかって言われちゃうと、説明が難しいよ! だってあたしじゃ理解できないこと考えてるから賢いって話なのに、そゆこと聞くのズルいと思います!

 とにかく、その子がね、恋をしたの。お相手は何とビックリ、跡部くんだったわけ! え? 関係? 多分話したこともないんじゃない? 凪沙ちゃん、いつも跡部くんを遠くから見てるだけだし──ああっ、ちょっと、帰んないでよ! 別にお取次ぎをーとか、仲取り持ってー、とかじゃないんだって! なんかそういう次元の話じゃないの! 大体、仮に取り次ぎーって話なら自分でやるし! いや、その場合、跡部くんにぶっ飛ばされるかな? まあでも天下のマネージャー様をクビに出来るはずないか! じゃあこんな遠回しなことせずにもっと直接対決すればよかったかな。まあいいや、それもこれも凪沙ちゃんの為か──って、いやいやいや、いや、あの、そういうカンジじゃないんだけど、なんかこう、モヤモヤーっていうか、モゴモゴーっていうか、この、なに、あたしの中の灰色の物をバサーッとぶちまけたいだけなの、いいから黙って座ってあたしの話聞いてよぉ、ちょっとォ!!

 そうそう、最初から大人しくしてればいいの! んでね、何がモヤモヤかっていうと、凪沙ちゃんはね、跡部くんが好きなの。好きってことはさ、あたしたちみたく、恋人になりたいとか思うじゃん、フツーは。でも凪沙ちゃんはそうじゃなくて、別に恋人になれなくてもいいんだって! あ、勿論、なれるものならなってみたいけど、でもそれじゃ、『跡部くんの恋人に“しか”なれないから嫌』、なんだって。もうこの時点で意味わかんないよね! 好きなら恋人になればいいじゃん、それでハッピーじゃんって思うのに、凪沙ちゃんはそれじゃ嫌なんだって。何だっけなー、なんかねー、『人には他人と接する数だけのペルソナがある』、とかだっけなあ。なんかそういう小難しいことゆってたの。跡部くんの周りには、まあ跡部くんに限った話じゃないけど、色んな人がいる訳じゃん。友達、仲間、先輩に後輩、先生、家族とか、まあゆくゆくは恋人とか、跡部くん一人に対して、色んな関係の人がいて、んで、跡部くんはその色んな関係の人に対して様々な感情を持ってる、だったかなあ。好きな人もいれば、嫌いな人もいるだろうし、苦手な人もいれば、得意な人もいるわけでしょ? まあ跡部くんに苦手な人がいるかどうかは知らないけどさ。

 凪沙ちゃんはねえ、選ぶ道は一つしかないから困ってる、ってゆってた。もし仮に恋人になったら、跡部くんに好かれることはあっても嫌われることはないし、もし憎まれたら嫌われることはあっても好かれることはない、ってゆってた。友達にしろ恋人にしろ、選べる立場は一つだけ。その立場から見れるモノが限られちゃうから、何を選ぶべきか分かんなくて話しかけに行けないって言っててさ。

 あたしにはよく分かんない感覚だよ。だって好きな人に嫌われたいってフツー考えないもん。でも、凪沙ちゃんはさ、跡部くんの全部が欲しいんだよ。跡部くんの好きも嫌いも愛もニクシミも全部、見てみたいんだって。これってすごいよね、跡部くんの見せる顔の数だけ、凪沙ちゃんは跡部くんに恋をしてる。跡部くんが繋ぐ関係全部を好きだって思って、それを欲しいって思うの。これもう、純愛以外の何物でもないと思うんだよね。でも、出来ることなら、あたしの親友にはちゃんと幸せになって欲しいから、跡部くんと恋人になって欲しいわけなんだけど、おっしー、あたしどうしたらいいと思う?










 度し難い恋しとるなあ、と俺は笑ってしまった。

 案の定、天城凪沙ちゃんは何の話だとばかりに顔を顰めた。放課後、教室で一人残って、テニスコートを見下ろす彼女は、どこにでもいる氷帝の女生徒にしか見えなかった。けど堪忍な、恨むならお喋りな親友を恨んでほしいわけなんやけど、と言えば、凪沙ちゃんは何でもないように笑ってみせた。あの子、お人好しだからなんて、にこやかな顔で。なんや、もっと焦るもんやと思ってたわ。フツー、好きな人が他人にバレるんって嫌なもんやろ。ああ、いや、この子、あんまフルーじゃなかったわ。勿論、あのお喋りな彼女の言うことをまるっきり信じれば、の話やけど。

 それがどこまで真実であれ、あの跡部に対してそこまでの感情を抱いてる子がいるというのは、純粋に気になった。確かにとんでもない男ではある。同性の自分から見ても、あれほどの男は二人といまいと思っとるわけで。故に、跡部に熱を上げる女生徒は、腐るほど見てきた。中には俺の彼女のように「跡部くんとのお付き合い? いやー、宇宙人との異文化交流はちょっとねー!」などと大声でのたまい、本人に追いかけ回された挙句マネージャーになった末になんやかんやで俺の彼女に落ち着いた、という変わり種もおったけど、基本的に女ってああいうの好きやろ。顔もスタイルも良くて、家柄のいい俺様キャラ。ホラ、花男の道明寺とか、え? 知らん? まあ、少女漫画によくおるんやって、ああいうの。

 とにかく、跡部に好かれたい恋人になりたいとか言う女は星の数ほどおったけど、跡部に嫌われてみたいとか言う女はそうおらんやろ。せやから、純粋な興味。好きな人に嫌われる世界って、どんなもん? そう聞けば、別に嫌われたいわけではないと、凪沙ちゃんは少し困ったように眉尻を落とす。いやでも、そういうことやろ。あの子も言うとったけど、フツー好きな人に嫌われたい、とか考えるか? そういう趣味? 理解出来んわあ、そう言えば、凪沙ちゃんは気を悪くしたような顔で立ち上がろうとする。ああ、うそうそ。理解してみたいからこそ、こうして人目を忍んで会いに来とるっちゅーわけで。すると凪沙ちゃんは少し考えてから、俺に訊ねた。忍足くんは、あの子がわたしと話をしているところを見たことがあるか、と。

 ──あの子と凪沙ちゃんは、自他ともに認めるほど付き合いが長い。幼馴染なんやっけ。そら、何度も見たわ。昼食も帰宅もいつも一緒やろ、自分ら。まあ、俺らが付き合いだしてからは、帰宅時に凪沙ちゃんの姿は見たことないけど。そう言えば、譲ってあげてるんだもの、当然よと、凪沙ちゃんは笑う。譲って、まあ、凪沙ちゃんから見たら、俺は親友を奪った男になるわけやしな。あの子と違うて、凪沙ちゃんはテニ部でもマネジでもないし、俺とこうしてまともに話すのだって今日が初めてなくらいや。凪沙ちゃんにしてみれば、よう分からん男に親友を取られて、一緒に過ごす時間が減ってつまらん思いしとる、のかもしれんけど。え? 逆?

 嫉妬しないの。凪沙ちゃんはちょっと意外そうな反応をした。嫉妬、嫉妬ゆうても、女同士やん。これが男と仲睦まじく喋ってます、とかならまだしも、付き合い長い親友同士が喋ってるのを見て、なんで俺が嫉妬せなあかんのや。いや、まあ、言わんとしてることは分かる。その“嫉妬”が、凪沙ちゃんの恋なんや。正確には『想い人を取られているから嫉妬する』のではなく、『想い人の“友情”が自分に向けられないことに嫉妬する』、なんやろ。そう、言わんとすることは分かった。けど、俺にはまるで理解できん。自分もゆうてたらしいやん。選べる立場は一つだけって。そんな、あれもこれも欲しがるもんやないやろ。

 誰が決めたの。そう言う凪沙ちゃんは、嬉しそうだった。それこそ腐るほど見てきた恋する女の横顔を見ながら、未だかつて見たことのない感情を抱きながら、女は夢見るように語るのだ。跡部の好きも嫌いも愛もニクシミも全部全部全部、欲しいのだと。ああ、うん。俺にはよう分らんわ。けど、ちょっと安心したわ。その感情が跡部にだけ向いてて。それがあの子にまで向けられてたら、なんや、俺、勝てる気せえへんわ。
 
「案外、意気地がないのね」

 いや、自分には負けるわ。










 度し難い恋をしていると、人は言う。

 何しに来たのかイマイチ判断しかねる忍足くんを追い払って、一人、ため息をつく。あの子のお喋り癖にも困ったものだけど、あれほど忍足くんの気を引かれるとは思いもよらなかった。参ったなあ、あんまりちょっかい出してほしくないのだけれど。でも、あんな風に普通じゃない普通じゃないと言われると、多分わたしは普通じゃないんだろうな、とはぼんやりと思えるようになった。けど、自分の心に嘘は吐けない。あの人を見ていると、自分自身を偽ることのなんと愚かしいことかと思えて、彼はそんなわたしの欲深さを全て見通してしまうのだろうかと考えて、そんな立場もいいな、なんて独り言ちる。

 跡部くんを見て、純粋な恋心を抱いていたのはわずか三日ほどだったと思う。最初は、それこそ跡部くんを宇宙人を称して追いかけ回されている親友を見た時だろうか。ああ、いいなあ、と。追いかけ回されていることもだけど、跡部くんにああも怒鳴られる彼女を見て、今跡部くんの怒りの矛先を向けられた彼女が、羨ましくなった。跡部くんは今、彼女に何を想っているのだろう。怒鳴り、無礼を働きながらもそのガッツでマネージャー入りした彼女を、跡部くんは何を思って見ていたのだろう。忍足くんと結ばれ、慣れないながらも恋人と微笑み合う彼女を見て、跡部くんは純粋な祝福をしたのだろうか。そう考えだすと、思考に果てはなくなっていった。跡部くんと接する人すべて、跡部くんは異なるペルソナを以て対応する。多かれ少なかれ、人には他人と接する時の仮面を持つけれど、人気者の跡部くんはその交流の数も人一倍、故に仮面の数も人一倍ある。あまり表裏ない人だから誰に対しても同じ態度のように見えるけど、でもそんなことはありえないってことぐらい、見ていれば分かる。

 例えば同じ部活仲間でも、樺地くんと忍足くんとの対応は違うだろうし、勿論マネージャーであるあの子とも同じ接し方はしないだろう。いくら人の上に立つ人でも、先生や目上の方に無礼を働くような人ではないし、ましてやそれが身内なら言わずもがな。人の数だけ接し方があり、接し方の数だけ仮面がある。その違いがどれほど微細だったとしても、わたしはその全てを欲しいと思い、愛おしく思った。彼が嫌う人はどんな人だろう。憎しみを抱いた人にはどんな視線を向けるのだろう。普段仲間ではなく、“友人”と呼べる人とはどんな話をしているのだろう。彼に恋人がいれば、どんな瞳で見つめるのだろう。そう考えれば考えるほど、ずぶずぶと底のない沼に嵌っていくかのように、彼という人となりに落ちていった。

 故に、悩む。告白をしてみようかと、思ったことは一度や二度ではない。でも、そうしてしまったら、わたしはこの関係に終止符を打たなければならない。今のわたしは、跡部くんとは何らかかわりのない立場。同じクラスになったこともなければ、同じ委員会、部活でもない。言葉を交わしたことのないという、関係が“無”であるこの立場を、わたしは気に入っていた。だって告白してしまえば、わたしと跡部くんとの間に“関係”が出来てしまう。跡部くんは、一時でもわたしのことを視認して、認識してしまう。それはきっと、“無”の関係には戻れなくなる、ということだ。もしまかり間違った奇跡の果てにその関係を発展させていき、友人なり恋人なりの関係を築いても、“無”には戻れない。跡部くんはわたしを認識しない。朝会で生徒会長として登壇する時、ちらりとわたしの姿に目をやっても、気にも留めない。彼はわたしが誰だか、思い出すこともない。そんな関係には、きっと戻れない。

 それが、怖いのだ。

 進んでしまえば、元には戻らない。結ばれた紐を解いても結び目の痕が残ってしまうように、なかったことになんて出来ない、それが怖いのだ。だってわたしは、この立場“も”、好きなのだ。彼に何とも認識されない、この場所から見る彼も愛している。私を目にしても、景色でしかない彼の眼差しが愛おしい。そんな幸福を自らの手で壊してしまうことが、怖い。何より壊してしまうのは“今”だけではない。この先生きている中で、彼に激しい憎しみを抱かれる時が来るかもしれない。彼に憐みの目を向けられる日が来るかもしれない。彼と友情を結べるかもしれない。彼と共に仕事をする未来があるかもしれない。彼と親愛を育めるかもしれないし、彼と過ちを犯す夜があるかもしれない──そんなあらゆる可能性を、壊してしまう。一つの道を選ぶということは、それ以外の道を捨てるということで。一つの立場を得るということは、他全ての立場を諦めねばならないということだ。そうして毎日岐路に立ち尽くしては、一歩踏み出すことを臆して、一体何年過ぎ去っただろう。

 そうやっていつも進むことを躊躇って、遠くから彼を見守るだけの日々。そうしていつか氷帝を卒業して、彼の姿を見つめられなくなる時が来たら、この恋にも似た感情は終わりになるのだろうか。今一歩を踏み出さねば、この先の人生で彼を追いかけることはできない。そういう次元にはいない人だ。だから半ば、これでいいのではないかとさえ思えてくる。いつか終わりのある恋だと、限られた時間の中での執心だと、この立場を愛するだけで満足できているんだから、十分じゃないか、と。そうやって、失いたくない立場を思えば身動きが取れずにいる私を見て、度し難い恋だと人は言う。けれど、この場所から見る彼一人失うことを思えば、今のままでいいと、あの子にも忍足くんにも言えてしまう。ただ度胸がないだけと言われればそれまでだけど、ここから見つめる彼の横顔を知れば誰もそんなことは──そういえば、跡部くん、今日はテニスコートに居ないなあ。生徒会の仕事でもあるんだろうか。










 度し難い恋をしている女の、名前をようやく知った。

 別段、望んでも進んでもいないが、女に好かれたことは一度や二度じゃない。ただ、一人の女から全く異なる感情の数々を向けられたのは初めてのことで、その存在には覚えがあった。天城凪沙。氷帝テニス部マネージャーの、幼馴染。頭は緩く声のでかいあの女が忍足に打ち明けた話を耳に挟み、ああ、あれは天城凪沙だったのかと、合点がいった。物静かで、多くは語らず、テニスコートに現れることはない。だが、ふとした時に愛や恋慕とは違う視線を感じて振り返った先には、必ずあの女の姿があった。

 あの馬鹿マネジはそれを「純愛」だと呼んだ。お前はあの女の横にいて一体何を見てきたのかと正座して説教したいところだ。愛、だと。“あんなもの”が、愛なはずあるか。あれほどの感情を、たった一人俺にだけ向けるその行為が、「愛」なんぞに収まるはずがないのだ。天城凪沙は俺の顔全てを肯定し、欲した。誰に向ける顔も全て見つめ、愛おしげに微笑んで自分はその場で動きもせず黙っているだけ。恐らくだが、天城凪沙はその場所から見える俺さえもを欲している。たった一言でさえも交わしたことのない、跡部景吾と天城凪沙という立ち位置でさえ、天城凪沙にしてみれば愛でる対象なのだ。それが手に取るように理解できるのはこの俺の“眼力”に寄るところも大きいが、一番は忍足やマネージャーが理解し難いと言ったその感情を、俺には理解できたからだ。

 自分の愛する相手だ、その全てを知ろうとすることの何がおかしいのか。恋をした相手の全てを欲しいと思って、何が間違っているのか。故にこそ、天城凪沙の感情の行方に、興味が出た。愛しているわけではない。恋をしたわけでもない。ただの一言も交わしたことがない、だが、天城凪沙の恋の果てには何があるのかが気になった。天城凪沙とて、いつまでも俺を見つめることは出来ないはずだ。いつかはこの学園を出て、社会に足をかける時が来る。その時まで俺を追いかける気力があれば見物だと、当時は思ったのだ。だが、長年女の視線を観察して気付いた。きっとこの女はそうしない。賢しい女だ、自分のキャパシティを超えるような事はしない。だからこの女は、その感情をただの恋心に終わらせようとしている。人の身に余るその果てのない感情を、夢物語にするつもりでいる。

 天城凪沙は、俺を見れど接することはない。たった一人、氷帝テニス部女マネージャーの親友という絶好のポジションにいながら、それを使うことはない。待てば動くようなつまらない女であればそれでもよかったが、期待通りと言えばいいのか、天城凪沙が俺に接することはない。試しにあの馬鹿マネジがミーティングルームに置き忘れた筆箱を届けるついでに天城凪沙のすぐ傍まで向かったことはある。跡部君助かるう!などと騒ぐマネジを後目に天城凪沙を見てみれば、つい先ほどまで真正面に居たはずなのに音もなく姿を消していた。その立ち位置を崩したくないという、絶対的な意思を垣間見、驚きと同時に勝手に寄せた期待が図らずも返ってきたことに喜びに近い高揚感を得た時点で、俺はとっくにイカれていたのだろう。

 その後、試しとばかりに幾度か接触を試みたが、全て不発に終わった。なんて女だと思う反面、徐々に変わりゆく自分の感情に、見て見ぬふりは出来なくなっていた。そう、これが天城凪沙と同じではないにしろ、俺はあの女との関係を変えたいと思い始めるようになった。そうとも、あれほどの感情を、たった数年の恋に終わらせるつもりの女に、だんだん腹が立ってきたのだ。手段を選ばなければあの女の胸倉を掴み上げ、言ってやりたい。その程度なのかと。お前が俺を想う感情は、たかだか数年だけの、割り切れるほどの恋だったのかと。

 選べる立場は一つだ。恋人は友人にはなりえないし、愛する者を同時に憎むことは出来ないだろう、その逆もまた然りだ。だが、天城凪沙の欲しがる数多の感情は、たった一つの立場でも十分に得られるはずだ。愛は憎しみにも転ずるだろうし、友情が愛を育むこともまた然り、だ。結局のところ、天城凪沙は“無関係”という立場にしがみ付いているだけの、怠惰を極めているに過ぎないのだ。

 第一、あの女が守りたがってる“無関係”という立場は、今となってはあいつが知らないだけで、全くの無関係ではなくなっているのだ。俺はあいつに興味以上の関心を抱き、接触を図り、尽く失敗に終わった。嗚呼全く、この跡部景吾に“敗北”を与えるとは、いい度胸だ。もう回りくどい手段はやめだ。俺はあの女の教室へ向かう。あの女はいつだって、自分の教室の三つ目の窓から隠れるようにコートを眺めることさえ、俺はもう知ってしまっている。そうして俺は、忍足に捕まっていたらしい天城凪沙が疲れたように教室で黄昏ているのを見つけた。今日こそは逃がしてなるものかと、俺は教室のドアを蹴破らんばかりの勢いで押し開けた。

「天城凪沙。これ以上、てめぇの思惑通りに進むと思うなよ──」

 そんなに見たきゃ見せてやる、全部だ。
 だが、その逆[・・・]が通らないとは言わせねえから、覚悟しろよ。


*BACK | TOP | END#


- ナノ -