快刀乱麻と絶たないで

※何でも許せる方向け※

※らんま1/2パロというかクロスオーバー※

※とはいえ特にらんまキャラは出てこない※

※そして降谷さん夢とはとても言い切れない※

※ 何 で も 許 せ る 方 向 け ※




























早乙女のおじさまが呪泉郷に落ちて水を被ると女になる身体になった話を聞いて、子どもの頃死ぬほど笑ったのを覚えている。

十数年後、まさか自分も同じ道を辿るとは思わなかった。


私は天城凪沙。女だてらに無差別格闘天城流を継承する武闘家だ。無差別格闘流の流派いくつにも分かれ、今は早乙女のおじさまが継承した元祖無差別格闘流を会得すべく、無差別格闘天城流の創始者である実の母と修練に明け暮れている。目的はただ一つ、早乙女のおじさまを打ち倒すこと。しかし、うっかり修練ついでに観光で訪れた呪泉郷に足を滑らせて母もろとも呪泉郷に落ちてしまった。私は男溺泉[ナン・ニーチュアン]、母は鷹溺泉[イン・ニーチュアン]へ。おかげで女傑族顔負けの可憐な女格闘家親子が、一夜にして鷹を連れたむっさい無骨な男格闘家へジョブチェンジしてしまった。

仕方ないので、鷹と男になったまま早乙女のおじさまに女に戻る手段を尋ねに、私たちは修行がてら海を泳いで渡って日本に戻った。結局元の姿に戻れたのか私は知らないのだが、彼は元に戻る手段を探していたと聞く。因みに、名誉のために言うが、男の姿でいるのは保険だ。早乙女のおじさまは男から女になるタイプだったからまだいいものの、私の場合は逆。つまり女物の服を着ている時に男になってしまう可能性が高い。早乙女のおじさまならボーイッシュな女の子で通っただろうが、私の場合は変質者に早変わり。気高き格闘家の端くれとして、容易に警察のお世話になるわけにはいかない。一応、変身するのは水をかけられた時だけ。お湯をかぶれば元の女に戻るものの、日常生活においてお湯を被る確率に比べて水を被る確率のなんと高いことか。今も番傘も意味がないほどの土砂降りが男の身体に降りかかっており、鷹になった母を肩に私は重々しくため息をついた。

さて、やって来るは「米花町」。目的である早乙女のおじさまは今は風来坊が如く武者修行の旅に全国を練り歩いている。無論、携帯なんて持ち歩いているはずもなく、彼を見つけるのは至難の業だった。そう言う意味でも、彼を見つけて倒すまでが元祖無差別格闘流継承の道なのだ。閑話休題。そんな我々親子が何故米花町くんだりまでやってきたかと言うと、呪泉郷観光兼武者修行の旅に出る前、何やらこの辺りに「蹴撃の貴公子」なる男がいると聞きつけたからである。尚、実際会いにも行ったし戦いも挑んだが、女性に手は上げられないと言われた上、恋人と思しき女性に睨まれてしまったので戦闘には至らなかった。骨折り損である。まあそんなわけで、つわもの探しに次の町へ向かおうとした時―――声を聴いたのだ。


『……おじさま?』


けれど、見知った気配はそこになく。けれど、聞き間違いではないという確信が、親子ともにあった。もう何年も顔を合わせていないとはいえ、あの特徴的な声を忘れるはずがない。間違いなく、早乙女のおじさまの声だった。母と手分けして周囲を探してもみたが、結局おじさまが見つかることはなかった。きっと我々の姿を見つけて身を隠したに違いないと、その時は結論付けた。おじさまを見つけられないようでは元祖無差別格闘流を受け継ぐにはまだ早いということなのだろうと、私はその時自分の無力さを噛み締めたものだ。

とはいえ、こうなっては悠長なことも言ってられない。私は女の身で格闘家を志したのである、男の身体で戦いに勝っても何にも嬉しくない。そういうわけで、最後におじさまが居たであろう米花町へ戻ってきたのである。もう此処に居ない可能性も十分あり得るが、いくつになってもおさげにチャイナ服と、かなり目立つ格好をしているお方である。


「早乙女乱馬という人を探している」


そんな訳で乗り込んだのは、豪雨の中歩いている途中に目についた「毛利探偵事務所」。お気に入りの番傘も穴が開き、鷹になった母もろともびしょ濡れになったため、雨宿りも兼てである。期待はしていないが、情報ぐらい拾えたらという軽い気持ちである。このご時世―――ましてや今の私はいかつい男である―――、名前だけで人探しを引き受けてもらえるとは思わない。

案の定、恐らく毛利探偵であろうチョビ髭の男は怪訝そうに眉根を顰める。


「探してるっつってもなあ……何のためだ、一体」


ギロリと睨まれ、まあそうなりますよねと内心肩を落とす。破れた番傘背負って肩に鷹を乗せる私は、間違いなく変質者かコスプレイヤーかのどちらかにしか見えないだろう。しかし、半分女体化した経験がある男性に元に戻る方法を聞きに来たなど口が裂けても言えるはずがない。チョビ髭の話は聞こえなかったフリをして話を進める。


「半年前、この近くであの人の声を聴いた。間違いなくこの近辺にいたはずだ」

「あのなあ……そもそも、写真はねえのかよ」

「ない。だが、おさげにチャイナ服を着ている。見たらすぐ分かるはずだ」

「おさげにチャイナ服!? 美人か!?」

「美形ではあるが男だ。……半分は」


最後の方はおじさまの名誉のために小声で言う。チョビ髭はなんだ男かと残念そうな顔。しまった、おじさまの恥を塗り付けてでもグラマラスな赤毛の女ですと言うべきだったか。いやいやそれじゃあ本末転倒、私は男に戻れたおじさまを探しに来たのだから。


「あの、よかったら……」


険しい顔でチョビ髭と睨み合っていると、制服を着た女性が私にタオルを差し出してきた。蘭、構うな、とチョビ髭が低い声で制すが、蘭という女性は引かない。押し付けるようにタオルを差し出す。確かに今の私は全身びしょ濡れ、髪や服、或いは母の羽根から滴る雨水はリノリウムの床をびしゃびしゃにしてしまっている。

確かにこのままではこの事務所を更に汚してしまうと考えた私は、せめて母だけでもとタオルを受け取る。


「すまないね、蘭さん」

「い、いえ……!」

「おい小僧、人の娘の名前を気軽に呼ぶんじゃねえ!」

「ああ、あなたのお子さんだったのか。……そうか、似ているな」


一言言うと、二人してギョッとした顔をして、お互いの顔を比べるように見合わせる。


「母上、失礼……」


私はずぶ濡れになった母をふかふかのタオルで包み、水気を取りながら親子を見やる。うん、似ていると思う。顔立ちとか雰囲気とか以前に―――強者の匂いだ、それが似ている。すっ呆けた顔をしているが、恐らくこの二人も中々の手練れだ。私や「蹴撃の貴公子」には及ばないだろうが、こんな平和そうな町でよくまあ、と疼く格闘家魂が舌なめずりをする。

……おっと、いけない、今は男の身。無差別格闘天城流は女の身で習得した流派、男の身では使わないと心に決めたのだ。全く不便なものだと思いながら、気持ちよさそうに目を細める母の羽根を、傷つけないようそっとタオルで撫ぜる。


「ねえねえ、なんで母上なの?」


そんな中、ソファでこちらを静かに見つめていた少年が突然飛び出してきた。わざとらしすぎる子どものような声にしては、先ほど私たちの一挙一動を食い入るように観察していた少年。まだ十にも満たないだろうに、変な子だと思いながら私は優しく微笑む。


「親を亡くしてね、彼女は私を育ててくれた母なのさ」

「鳥がお母さん? お兄さん変わってるね!」

「ちょっとコナン君!」

「構わんよ、蘭さん。普通でないのは間違いないんだ。私は格闘家の端くれでね、継ぐべき流派を得るため、早乙女乱馬と言う人を探しているのさ」


今時古風な話だろうと肩を竦めて笑ってみせれば、蘭さんは漫画みたいと大興奮。チョビ髭とコナン君と呼ばれた少年は益々怪しいとばかりの面構えになってしまった。しかし、嘘は何一つ言っていない。親(父親)を亡くしたのは本当だし、格闘家というのも本当だ。やましいことはこの体質ただ一つ、ハハハと朗らかに笑いながら、しかし、とコナン君とやらをちらりと見やる。


「だが、長いこと修行の旅に出て、子どもにかっこいいと騒がれなかったのは随分久しぶりだ。大抵の子は母上を見てすごい、触りたいと、大いに賑わうからな」


な、と母上の嘴をそっと撫でてコナン君を見て笑うと、彼は表情を少しだけ引き攣らせ、鳥が苦手で、と二、三歩後退った。

……なんか奇妙な反応だ。童子溺泉[トンツー・ニーチュアン]にでも落ちた元大人、だったりしないだろうか、と勘繰る。一昔前の自分なら何をアホなと笑ってられるが、今や私は男体化し、母は鷹になってしまったのだから決してあり得ない話じゃない。が、チョビ髭や蘭さんに比べ、彼からは強者の匂いはしない。格闘家でもない者が中国の遥か山奥にある呪泉郷に訪れるはずもないだろうと、結論付けた。最近の子どもはマセて生意気と聞くし、コナン君もその口なのだろうと判断した。


「まあいい。彼を見つけなければ話にならない。私はもう向かうとするよ。邪魔をした。……ああ、蘭さん。タオルありがとう。母上も喜んでいる」


本当は洗って返したいところだが、生憎こちとらホームレス。代わりになるものをと旅道具一式を入れているリュックから、唐扇を差し出す。本来なら早乙女のおじさまに会うついでにあかねさんへの手土産として、修行中隣国で買ったものだが、他に差し上げられるようなものがない。荷物の奥底へしまいこんだおかげで唐扇の入った箱はちっとも濡れていなかったのが幸いだった。


「武者修行の旅の途中、手土産に買った。これをあなたに」

「え!? いやそんな、申し訳ないです! タオル一つに、こんな高価そうな……!」

「なに、安物さ。記念に取っておいてほしい」


この調子じゃあかねさんの道場へ向かうのは当分先になりそうだし、と思いながら蘭さんに受け取って欲しいと頭を下げる。蘭さんはオロオロしながら、やがて顔を赤らめながらおずおずと唐扇を受け取ってくれた。よかった、恩には恩で報いなければ、今隣で大人しく羽を休めている母上に目を抉り出されかねない。

おや、視界の端でコナン君が事務所のドアを開けて飛び出していくのが見える。まあいいか、と思い、私はチョビ髭にも頭を下げる。


「邪魔をした。私は人探しに戻るとする」

「お、おお……」


キッチリ頭を下げてみれば、チョビ髭はちょっと引き気味に狼狽えていた。いかつい大の男がキッチリ九十度腰を折って頭を下げるのだから、奇異に見えるのかもしれない。ま、これも礼節。すぐにやめれるものではないと頭を上げてくるりとドアの方を振り返ってみれば、二つの足音がタンタンとリズミカルに近づいてくるのが分かった。……一人は強者だ、足の運びで分かる。


「鷹のお兄ちゃん! 安室さんにも話を聞いてみたら?」


そう言って無邪気そうに笑いながら、コナン君はどこからか大の男を引っ張って来ていた。金髪に褐色肌の、人のよさそうな顔した男。うん、間違いなく手練れだ。チョビ髭といい勝負、体力の差で褐色の方が上、くらいか。何にせよ、米花町、侮れぬ街である。

安室と呼ばれた男は、男の私よりも細いが背が高い。人のよさそうな笑みを浮かべつつ、瞳の奥はコナン君と同じでこちらを探るような色をしている。上手く隠せているが、こちとら相手の一挙一動が身を削る格闘家、見抜けぬはずもない。まあ、恐らくそれは、向こうにも同じことが言えるのだろうが。


「僕はそちらにいらっしゃる毛利先生の弟子なんですよ。人探しということであれば、毛利先生の手を煩わせるまでもありません。僕がご協力いたしましょう」

「いや、簡単に見つかる方ではない。そこまでは頼めない」

「まあまあ、これでも人探しは得意なんですよ、僕」


笑顔でぐいぐいと押してくる安室さんとやら。うーん、困った。一体何が引っかかるのか、この安室さんという男と―――そして、鳥が苦手と言った手前近付けないのか彼の背後にいる―――コナン君は、私をただでは帰したくないらしい。参ったなあ、探偵所なんか来るんじゃなかったか。

しかし、相手が探偵とあらば断わる文句はこれしかない。いい年して恥ずかしいが、背に腹は代えられない。人のよさそうな顔を見ながら、申し訳なさそうに、そして気まずそうに私は肩を竦める。


「探偵に依頼する金がないんだ。その日暮らしでね」

「「「「……」」」」


四人からの痛い沈黙が肌を刺す。あらゆる格闘、武術を身に付けてきたが、こういう窮地を脱する方法も一つや二つくらい教わっていればよかったと後悔した。しかし、こればかりは嘘偽りない事実。幼い頃に父親を亡くし、母の友人であったあかねさんの実家である天道道場に居候することになった。それから義務教育を終えるまでは道場で過ごし、卒業後に母子共に打倒早乙女おじさまを目標に道場を離れた。父は私たちにある程度の遺産を残していたが、それは全てあかねさんの家に置いてきた。あの人のことだからきっと私たちが帰ってきた時のために残しておいてくれそうな気もするが、今更興味もない話だ。ほとんど日本にいることもなかったし、必要があれば武術で格闘技を学ぶ上で身に付けた身軽さで大道芸をやったりして一宿一飯を稼ぐことも出来たので、頓着はなかった。最悪、土は食えると分かったし。

ただ、あまりに哀れみを孕んだ視線を送ってくるので、私は苦しまぐれに言葉を紡ぐ。


「……その、ただ、見たことあるかだけ聞ければいい。名前は早乙女乱馬。(一応)男で、短いおさげにチャイナ服を着ている。覚えは?」


安室さんは私の言葉を聞きながら脳裏にその姿を描いているようだが、数秒待って静かに首を振った。ま、期待はしていない。何せ私たちが必至で気配を追っても姿をくらますような人だし。

流石に「探偵」として名乗った以上、金のない人間に取引を持ちかけるわけにはいかないようで、安室さんは曖昧な笑みを浮かべて大人しく引き下がる。金は契約の対価、対価を求めない契約には裏があると取られてしまう。たとえそれが純粋な優しさからくるものだったとしても、いずれあの時タダでやってやったのにだの、そんなの頼んでないだの、諍いに発展するのは目に見えている。金の切れ目は縁の切れ目、双方に百害あって一利なし。私はリュックを担ぎなおし、また一礼をする。


「気負わないでくれ、慣れている。ただ、そうだな。もしそんな人を街角で見かけることがあったら、『天城家の二代目』が探していた、とでも伝えておいてくれ」


それじゃ、と一歩足を踏み出そうとした時、蘭さんが目の前に飛び出してきて、ドアの前に立ちふさがるように両腕を広げた。私はきょとんとして、彼女を見つめる。


「だ、だめです! 外、酷い嵐なんですよ!? 危ないです!!」

「はは、問題ないよ、蘭さん。地面さえあれば人は横たわれる」

「せめてカプセルホテルとか、ネットカフェなんかに身を寄せるべきでは?」

「悪いね、安室さん。一銭も持ってないんだ」

「ご、ごはんとかどうしてるのっ!?」

「コナン君、人間頑張れば土も食える」


もれなく全員にドン引きされた。悲しいが武者修行の旅にはつきものなのだ。せめて日本じゃなければ、空を往く鳥を狩ったりするんだけどな。流石に私も土生活は避けたい。母上もげんなりした様子で頭を垂れるので、慰めるように撫でる。


「それでは、私はもう行くよ。蘭さん、こんな私に親切にしてくれて、本当にありがとう。願わくば、あなたの行く道に勝利と栄光あらんことを」


蘭さんの前で跪き、立てた膝に手の指と指を組ませて祈りを捧ぐ。すぐに立ち上がり、ニコリと笑顔を張り付ける。私とて、手荒な真似はしたくない。そんな圧が通じたのか、彼女は肩を震わせておずおずと道を開けた。流石に武道に通ずる人間、私の闘気を感じ取ってくれたらしい。結構結構、と思いながら母を連れ立って事務所を出る。ぱたりと扉を閉め、階段を降りていく。蘭さんの言う通り、外は雨が横殴りに降り注いでおり、少なくとも女には戻れそうにない。こういう時、女の体だと男に取り入ったりできるんだけどな。今は百八十センチ近くあるごつい男に大きな鷹、男に取り入るどころかホモと間違えられそうだ。

さて、そうはいったものを、私はともかく母が風邪を引くのは不味い。何故なら金がないので、動物病院に行けないからだ。そうなると、母だけでも濡れないようにしてやりたい。リュックになら入るだろうかと、事務所の階段を降り切ったところで荷をとすんと降ろした時、またも階段に足をかける音が一つ。音を立てているのはわざとだろうか、振り返ってみると、やはり人のいい笑みを張り付けた安室さんがいた。


「忘れ物でもしただろうか?」

「いいえ」


とぼけてみるが、彼は笑みを表情筋に固定させたまま首を振った。変な男だ。何が目的だろう。身なりのよさそうな風貌から、金目当てではないだろうと推測一つ。私自身はつわものを前に奮える心は確かにあるが、彼は戦闘を楽しむタイプではなさそうだし、決闘の線も外す。他に私に差し出せるものなどない。流石にあのやり取りでこの稀有な体質を見抜けたとは思えないし―――そもそも水を被ると男になってお湯を被ると女に戻るなんて誰が信じるんだって話だが―――、イマイチ理解できず、私は純粋に首を傾げた。


「……なんなんだ?」

「行く当てがないのでしょう。僕の家に来ませんか?」


おおっと身体目当て[ホモ]の路線だったか恐れ入る。












雨が横殴りに振り続ける中、今日の客足は途絶えて久しい。そんな中、見るからに怪しい人物が毛利探偵事務所に入っていくのが見えた。何が怪しいって、カンフースーツとでもいうべきか、太極拳でもやりそうな恰好に、登山用のリュック、壊れた番傘を背負った背格好のしっかりした青年だった。おまけに肩に鷹が止まっていた。変質者かコスプレイヤーかで判断に迷う。しかしそんな平和ボケした考えが吹き飛んだのは、彼が階段の昇る音が全くしなかったことだ。明らかに、素人の足の運びではない。掃除をしながらそんなことを考えていると、上の階からコナン君が血相変えて転がるように自分に助けを求めに来た。


「鷹の彼かい」

「うん。あの人、まるで音がしないんだ[・・・・・・・・・・]


あからさまに怪しい、しかしあからさますぎるところから組織の人間という線は薄いだろう。それでも、あの身のこなしはその筋の人間に違いない、そんな人間が毛利探偵事務所に何の用かと思えば、人を探しているのだという。コナン君同様、事件のにおいを感じたので足を運んでみれば、予感的中。笑顔を浮かべているものの、無理やり笑んでいるようにしか見えない。

しかし、聞けば聞くほど怪しい男である。格闘家という話は嘘ではなさそうだが、それにしても土で食い繋ぐほど金に困っているというのも奇妙だ。そも格闘家なら肉体管理は最重要ではないのか。それに、彼が差し出したらしい唐扇も気になる。装飾、骨組みが日本のものとは思えない。食事をする金もないというのに、一体どこであんな豪奢な扇を仕入れたのか。密航者か、或いはもっと別の―――。



「行く当てがないのでしょう。僕の家に来ませんか?」



公安としてではない。一人の警察官として、この不審人物を見逃せなかった。そう言うと、彼は思いっきり気味悪そうに顔を顰めた。おかしい、一応優しく声をかけたつもりだ―――いや違う、こいつとんでもない勘違いをしている。


「すみません。別にそっちの気があるわけではないんです」

「は、はあ……まあ、その気がありますと言われても困るが、それはそれで怪しいな。こんな男、泊めてあなたの何の得がある?」


訝しむのももっともだ。恥をかき捨てて身体目当てとでも言っておくべきだったかと、血迷った考えが一瞬でも過る。いや、それでノられても困る。いくらハニートラップが得意とはいえ、自分よりガタイのいい男相手に通用するとは思えない―――とまで考え、そんな仮定の話なんか描いている場合ではないと打ち捨てる。

そして彼の肩に居座る鷹と、ばちりと目が合う。


「―――鷹が」


うん?と彼が肩に止まる鷹を見やる。


「雨に濡れては、可哀想だ」





***





決して短いとは言えない人生の中、女性を家に連れ込んだのは一度や二度ではないが、鷹を理由に男を連れ込んだのは生まれて初めてだったし、そしてそんな機会はこれからも訪れないだろうと思った。いくつかあるセーフハウスに彼―――確か天城二代目と名乗っていたか―――は、鷹共々困惑したような、居心地悪そうな顔で足を踏み入れた。あまり戻らない家なので、他の家に比べて片付いているのは幸いだった。此処なら盗聴器も仕掛けてあるし、自分に何かあれば風見に連絡がいくようになっている。流石に一般人に組み伏せられるほどヤワな鍛え方はしていないはずだが、天城は歩き方一つ、靴の脱ぎ方一つとっても隙がないのがこちらの警戒心を際立たせる。エレベーターに乗り込み背後に立たれた時は本当に気が気ではなかった。だというのに、あちらは居心地悪そうにソワソワしているだけ―――のような演技をしているだけだろうが―――、大したものだと独り言つ。


「そこで待っていてください。今、タオルを持ってきます」

「……すまない」


しゅんと項垂れたまま、天城は自分の言う通りに玄関でぽつりと佇む。鷹が可哀想だ、なんて言葉によくもまあ乗ってきたものだと思うが、少なくとも彼にとってこの鷹は代えがたい存在であることは短いやり取りの中で分かった。彼はしきりに鷹を撫ぜていたし、雨に濡れるくらいならとリュックに詰めようとしていたくらいだ。そこをついたわけだが、こんなにもアッサリ付いてくるのも想定外。一体何者で、何が目的なのか。尻尾ぐらい掴まないと収まらないと、思いがけぬ残業にため息をつきながらバスタオルを何枚か持ち出して彼に渡した。


「汚れるぞ、いいのか」

「その恰好で家にあがられる方が困ります」


壊れた番傘がそれを物語るように、彼は随分長く雨に打たれて歩いていたようだ。天城は仕方ないとばかりに玄関先に荷を降ろし、鷹はその上に乗り移る。上着を脱ぎ、下も脱ぎ、下着一枚になってバスタオルで水気を取る。綺麗に六つに割れた腹筋やら、サイをも絞め殺しそうな腕やら、しっかり張った胸筋やらを惜しげもなく晒す天城を見て、何故土ばかり食う男が此処までの筋肉を維持できるのかと、思わずジト目になってしまうのは安室透としての、いや降谷零としての細やかなプライドが刺激されたからだろうか。背は伸びたが今一つ身体に肉がつかないせいで、もう三十近いというのに学生に見られたり、優男と舐められることが多かった。見た目一つで全てが変わるわけではないだろうが、あれくらいあれば、と思ってしまうのを許してほしい。……やはり、あれで土は詐欺だろう。天城への疑惑を、もう一つ追加しておく。


「ぶえっくしゅ!」


そんなことを考えている時、天城が間抜けなくしゃみをしたので思考が現実に引き戻される。すん、と鼻を赤くしている彼はぶるりと身震い一つ。


「ああ。今湯を張ってますから、少し待っててください」

「……湯?」

「ええ。流石に此処まで上げておいて、風呂にも入れないほど外道じゃありませんよ」


人当たりの良い、実に当たり前のことを言ったつもりだった。


「湯!? い、いい! 結構だ! 水があればいい! 十分だ!」


けれど、天城は今日一番の狼狽えっぷりを見せた。ぶんぶんと大きく首を振りながら後退る彼は猫か何かなのだろうか。しかし、全身ずぶ濡れになっておきながら水風呂を希望するとはとんでもない奴だ。やはり、ただの変質者なのだろうか。

げっげ、と鷹が変な声で鳴いた。笑っているかのように、ぶるぶる震えて見えるのは気を張りすぎている証拠だろうか。俺も疲れているのかもしれないな、などと普段なら絶対に思わないような考えを頭に過らせながら、ひとまずは猫のように風呂を嫌がる客人をどうにかするのが先決だった。


「水ってあなた、本当に風邪を引いてしまいますよ。いいんですか」

「いいいいいよいらない! 生まれてこの方風邪引いたことないんだ! 普段水風呂だし!」

「そもそも、水風呂は身体に悪いんですよ、今日は控えるべきです」

「いいってほんとに! 大丈夫だから!!」


お湯の一言で、隙のない武人はたちまち人見知りする猫のように暴れ出した。いよいよ、自分の探偵としての、刑事としての勘に疑問の声が上がってくる。何でもない、見ず知らずの変人に風呂を貸してやるほど暇ではないのだが、此処まで来て追い返すのも安室透らしくない。いやだいやだと子どものように駄々を捏ねる天城を見て、今日のは自分のミスとして、一宿一飯ぐらいは披露するかとさえ思ってしまう。

しかしまあ、ガタイの差が出ているのか、格闘家と言う彼の証言は本当なのか、自分が押しても引いても天城の脚は一歩たりとも玄関から動かない。純粋にむかついたが、このままでは埒が明かないと判断するのにそう時間はかからなかった。仕方ない、とため息をついて風呂の方向を指差す。


「そこまで言うなら仕方がありません。水風呂でも何でもいいから、汚れだけでも落とした方がいい」

「あ、ああ! 分かった! 恩に着るよ、安室さん!!」


年下とは思うが、ほぼ全裸のガタイのいい男にきらきらした目で見られても嬉しくもなんともなかった。今日のような経験は今後二度と訪れないのだろうと思いながら、天城を風呂に案内する。


「あ、ははう―――あなたは後で水浴びするといい。冷水張っておくよ」


天城は馬鹿正直に鷹にそう話しかけ、鷹はまるでその言葉が分かってるかのように頷いた。奇妙な奴、と思いながら風呂場に案内し、使い捨てのボディソープやシャンプーを洗面台の奥から引っ張り出す。


「シャンプーはこっち、ボディソープは多分こっちですね。パネルの電源が入るとお湯しか出ませんから、冷水を浴びたいなら電源は切っておいてください」

「分かった。……本当に助かるよ。安室さん」

「これも何かの縁です、気にしないでください」


安室透ならこう言うだろうか、と降谷零は思案しながら答える。降谷零にしてみれば余計な縁でしかないだろうが、人探しを続けるという彼の言葉が本当なら、そうそう何度も会う相手ではないだろうと判断し、まあこんな日があってもいいかと割り切る。鬱陶しい筋肉ダルマを風呂に押し込み、食事の一つでも用意するかとキッチンに向かい冷蔵庫を開けるも、食材らしき食材は入っていなかった。ただ、冷食や保存食はいくつか見つかったので、土よりはマシだろうと判断し、適当に取り出して、ひと手間加えてみるかとフライパンを手に取る。何日もこの家に足を踏み入れなかったせいで汚れているだろうから、まずは食器と一緒に洗おうかと、ほんの何の気もなしに、寒かったので流しの水をお湯にしようと―――ガス給湯器の電源を、オンにした。



「―――あっづうううううううッ!!」



その瞬間、届いたのは絹を裂くような女の悲鳴。

があん、とフライパンがキッチンの床に転がる。悲鳴は間違いなく、風呂場から。けれど、どこをどう聞いても、さっきの悲鳴は女の声。あの風呂場にいるのは、下着以外の全部を見た筋肉ダルマの男だけの筈。あの腹筋、二の腕、女の物であるはずがないのに一体何がと、風呂場へ駆け込み、失礼承知でバッを扉を開けた。

開けて、しまった。


「―――げっ」

「―――は?」


思わず、安室透ではなく降谷零としての声が出てしまった。そんな失態を、失態と気付く余裕もなく、目の前の光景を目にして、ただただ唖然とした。風呂場には、あの筋肉ダルマがいなかったのだ。

代わりにいたのは、一人の女。凜としたかんばせ、長い髪、柔らかそうな頬、丸みを帯びた四肢がずぶ濡れになって、全部が全部、生まれたままの姿が目の前にあった。何よりその胸部、その陰部。胸部にはないはずのものがたわわに実っており、陰部にはあるはずのものがつるりと消えていた。だめだ、脳の処理が追いつかない。あるはずのものがなくて、ないはずのものがあって。さっきまで玄関先にいたのは押しても引いても動かない筋肉ダルマで、目の前にいるのは華奢な女性。一体何が起こっているのか。男だったやつが女になって。そんな馬鹿な話があるか。でも、そうでなければ何だというのか。彼が風呂場に消えてから、三分と経っていない。その間に男と女が入れ替わる。可能なのか。でも何のために。


「―――は?」


もう一度、思わず飛び出した疑問の声を責める者は、この空間にいなかった。やっちまったとばかりに顔を顰める女は、恐らく此処何年かぶりに馬鹿面をしている降谷零の顔をちらりと見て、自分の胸元に目線を落とし、それからこちらが驚くぐらいの長いため息をついた。


「ええと……うん、すまん」


喋る声は、間違いなく女の物。先ほどまであった野太い声は、その喉から放たれない。というか、喉仏がない。当たり前だ、女なのだから。いや女であるはずが―――だったらさっきの筋肉ダルマとは別人―――だったらさっきの男はどこに―――何のために―――。


「こんな時に言うのもなんだが、自己紹介がまだだったな。

私は天城凪沙。中国の青海省バヤンカラ山脈の拳精山にある呪泉郷の一つ、男溺泉[ナン・ニーチュアン]に落ちてしまった、正真正銘女だった者だ。水を被ると男になるが、お湯を被ると元の女に戻るんだ。因みに母は水を被ると鷹になって、お湯を被ると元の人間に戻る。はは、馬鹿みたいな話だよな。でも、これが現実なんだ、安室さん。諦めてくれ。

そして諦めついでに私たち親子を助けてくれ」



全裸で恥じらいもせず微笑む天城凪沙と名乗る女に、自分の勘の良さを恨むまであと数秒。

そしてこんな親子を囲う羽目になるまで、あと数時間―――。






―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
ゼロの執行人に滾った記念

2018/04/18


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