手向けにはリコリスがいいと思うわ

いくら秘密の部屋だ継承者だ噂されていても、私とてホグワーツの一生徒である。色々と準備に忙しいけれど、毎日の授業は真面目にしっかりと受けている。まあ何事も基本からだし、私真面目だしね、うん。

やや肌寒くなってきた今日この頃、外よりもよっぽど冷え切っている魔法薬学の授業は本当につらい。そろそろ手がかじかんでくる。もくもくと真緑の煙を上げ続ける温かそうなお鍋に、すすすと擦り寄りながら鼠の腸をぶつ切りにしていると、ペアのハーマイオニーがもっと丁寧に切れと目で訴えてくる。顔を近づけているせいか、ほとんど視界が失われている煙の中でも、その険しい顔がよく見えた。やだよお気持ち悪いし。まあ虫よかマシだけど、さ。



「あとはビリーウィグの針を一つまみ、よね?」

「えぇ。今の所、順調みたいね」



今作ってるのはぺしゃんこ薬。主に膨れ薬の解毒薬に使われる薬らしいけど、この薬他に使い道なさそうだよなあ……なんて思っていると、私の左隣で作業していたネビル&シェーマスの鍋から突然真紅の煙が噴き上げた。



「「えっ!?」」



もくもくと上がる真紅の炎に、シェーマスとネビルの間抜けな声が漏れる。一体何を入れたらそうなるんだろう。教えてあげたいのは山々だが、スネイプの目が厳しいのと視界が悪いせいで中々口を出すす気が無い。すまん二人とも、と心の中で謝罪するのと同時に、バコンッ、と大きな泡を一つ噴いて、ドゴン、という音と共に鍋は爆発した。宙に舞う鍋は、そのまま重力に従い勢いよく降下する―――何故か、私目掛けて。



「ちょっ、」



突然のことに避ける間もなく、私は鍋に入った液体を頭から被った。熱い、という思いより先に全身に激痛という激痛が走り、声も出せない。ぼんやりと、周りで人がギャアギャアと騒いでいるのが聞こえる。くそっ、なんで私がこんな目にと思ったその瞬間、背骨がバキリ、と音を立てた。



「あッ、ぐ、ゥゥウウ……ッ!!」



べきべきばきばきぼきぼきと体全体から耳を塞ぎたくなるような音が響き渡り、私はそのまま床に崩れ落ちる。どうしようもない嘔吐感を気力だけで抑えながらも、その痛みに意識が追いつかない。痛い痛い痛い痛い痛いなんだこれなんだこれ、ぺしゃんこ薬でなんでこんな作用が出るんだ、痛い痛い痛い痛いべきべきべきべきべき痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛―――



「っ、アシュリー……?」



そんな、恐る恐るとしたハーマイオニーの声が聞こえてきた時には、全身の痛みはなくなっていた。くらくらと目の前に靄がかかる中、なんとか足に力を入れて立ち上が―――なんだ、えらく圧迫感を感じる。まるで、なにかに締め付けられているかのような、息苦しさと言うか、胸の苦しさを感じる。くそ、視界がボヤけている。一体、何があったんだ。汗で頬についた髪を払う。気のせいか、何か赤く染まっている気が―――し、て。



「だ、誰……?」

「アシュリー……なの、かい?」



ハーマイオニーと、ロンの声は、間違いなく私に向けられていて。息を飲んで立ちあがってみれば、二人の顔が頭一つ分下の位置にあって。二人は口をあんぐり開けて私を見上げている。いつも私が見上げていた二人の顔が、私の目線の下に合って―――いや、それは、え、マジで?

生徒たちもスネイプも、信じられないとばかりに私を見つめている。特にスネイプは今にも死にそうなほど青い顔をしている。え、ちょ、鏡、誰か鏡貸して。後ろに座っていたパーバティから手鏡を借りて、覗きこむ。



「―――は」



鏡の中には、炎のように赤い髪をした20代半ばぐらいの女が、まさか、と言わんばかりの顔で覗きこんでいる。アーモンドの形をしたエメラルドグリーンの瞳が私自身を射抜く。ああ、皆まで言うことも無い。私はこの顔を、知っている。ハグリッドがくれたアルバムに、同じ顔がいたじゃないか。ただ一つ異なるのは、額に稲妻の傷があることだけ。

……とりあえず、言いたいことは一つだ。



「医務室へ、向かっても?」



私の顔を凝視したままピクリとも動かないスネイプに向かって、私は冷ややかに吐き捨てた。その言葉に、スネイプはうんともすんとも言わなかった。ああ、本当に、忌々しいこって。



それからすぐに医務室へ向かい、マダム・ポンフリーにこの惨状を見てもらうも、正規の老け薬じゃないため若返り薬は利かないと言われ、時間をかけて効力を無くすしかないとかいう絶望的な事を言われた。私があまりに絶望的な顔をしていたからか、マダムに「入院して行きますか」とか言われたが、それは断った。もうすぐハロウィンがあるのに、入院なんてして原作の流れがおかしくなるのは避けたい。それに、日々の勉強や授業もあるのに、この程度のことで入院なんかしてられない。

そうは言ったものを……と、独り言ちながら、マダムから借りた大人用のローブを身に纏って医務室を出る。外には、ロンとハーマイオニーが待ち構えていた。私の顔を見るや否や、複雑な顔をしながらも近寄ってくる。



「えーっと……アシュリー、なのよね……?」

「そうね。私もアシュリー・ポッターだと思いたいわ」

「おっどろいたな……君、そんなに背が伸びるなんて」

「あなたね、他に言うこと無いの?」

「あ、えーっと……さ、災難だったね?」

「全くだわ……」



膨れ薬+伸び薬+変色薬などの効果が複雑に絡み合って出来た結果らしい。伸び薬混じってんのかよシネ、と思ったのはここだけの話だ。



「ま、まあでも、怪我とかなくてよかったじゃないか!! おかげでグリフィンドールは20点減点されちゃったけど、そう、元気なのが一番だよ、アシュリー!」

「そうね。ちょっと違和感はあるけど、顔を見ていると、ああ、アシュリーなんだわ、って思えるわね。最初はみんな戸惑うかもしれないけど、みんな慣れるわよ」

「……ありがとう、二人とも」



二人の慰めに、私も落ち込んではいられないなと思えた。確かに、大怪我だとか、それこそ骨を抜かれる様な自体にならなかったのは不幸中の幸いと言えよう。ママそっくりどころか完全にママになってしまったのにはちょっと戸惑うけど、まあでも、それだけだ。元々顔は瓜二つだと言われていたんだし。うん、大丈夫だ、ポジティブにいこう。



どうやら私が薬を被ったことは知れ渡っているようで、ドラコやパンジーから戸惑いがちに安否を問われたし、フレジョはこりゃあ将来が楽しみだなあなどとほざいていて、コリンは相変わらずシャッターを切り続けていた。だが、これはまだマシな反応だった。

すごいのは先生方の反応だった。フリットウィック先生は私を見かけた途端わんわんと大声で泣き出してしまった。事情を説明すると、ドビーにも負けないくらいの大粒の涙を零しながら、すまないすまない、とキーキー声で謝罪してきた。授業中はずっと鼻を鳴らし、嗚咽を漏らしていてすごく居た堪れなかった。フーチ先生は私を凝視するあまりゴブレットを床に落として、それに気付かないままだったり、ダンブルドアでさえ遠目で私を見ながら悩ましげな表情をした。ロックハートは何か発するより先に袖口に隠した杖を使い失神させたのでリアクションは見れなかった。

そしてマクゴナガル先生は私を見るなり抱きついてきた。



「せ、先生っ!?」



ある程度大きくなっても、マクゴナガル先生には遠く及ばない。温かな腕の中にすっぽりと収められてしまい、身動きが取れない。わたわたしながら反応に困っていると、少ししてから先生が涙声で「すみません」と言って、私から離れた。



「すみません、ミス・ポッター。話には聞き及んでいたのですが……―――私は今でも時々夢を見るのです。あの子たちがまだ元気で、この校舎を歩いている姿を……」



そう言って、マクゴナガル先生は静かに涙を流して笑った。そんな顔されちゃうと、やっぱり、なんだろう、胸が苦しくなってしまうなあ。私の顔を見て泣く人の顔を見て、私が悲しくなるなんて、なんか変な話。


スネイプの反応は予想通りと言うかなんというか、私の姿を目にすると動揺した。そればかりかどこか怯えたようにしている。勿論それをあからさまに表に出すほどの男ではないので、みんなにはいつもの通りおっかないスネイプ先生には見えるんだろうけれども。



「……怯え、か」



何に怯えると言うのか。愛する女を救えなかったせいなのか。いや、それすらも自業自得と思っているからこそ、“怯える”のか。私はスネイプのように愚かではないから、彼の気持ちなんて分かりっこないんだけどね。


朝起きて、何時ものように筋トレを終えてからシャワーを浴びる。備え付けの鏡を見てみると、若き日の母の姿が、リリー・エヴァンズの姿がそこにある。これがアシュリー・ポッターだなんて誰が信じられようか。この傷がなければ、見分けもつかないだろう。スネイプやマクゴナガル先生でなくとも、ありもしない幻を見てしまうだろう。

こうしてマジマジと見てみると、我ながら本当に、よく似ていると思う。けれど、今この身体は大きく成長し、髪は焔の如き色をしている。この顔が、この瞳が、この唇が、“リリー・エヴァンズ”を形作っている。くつり、と喉の奥から笑みがこぼれる。



「……あぁ、」



ああ、でも、ママはきっと、こんな顔はしない。

ガツン、と鏡に拳を打ち付けると、ガシャンと鏡は大きくひび割れ、歪んだ。拳に血が滲み、滴る血はシャワーによって流されていく。髪の様に赤く滲んだその液体は、湯と混ざり合って流れ流れていく。欠けて歪んだ鏡に映るのは、それでも母によく似た顔をした、母には似ても似つかない笑みを浮かべて血に染まった“私”。



「―――よかった」



私はそれに、心から安堵するのだった。





*END*

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
30万hit記念、ミツキさんリク、
『老け薬か何かで大人になった夢主と周りの反応』でした!

リクもらった段階ではヨッシャギャグにしてやるぜ!
とか思ってたのにいざ書き終わってみたらシリアスになってました。
すみません、でも書いてて楽しかったです。

ミツキさん、素敵なリクエストありがとうございます!
これからもかしわもちを宜しくお願いします!


*BACK | TOP | END#

- ナノ -