Mother of fourteen years old

※何でも許せる方向けです

※タイトル通りです

※非常に品のないネタに加えて底辺倫理観のオンパレード

※※ 何 で も 許 せ る 方 向 け で す ※※

















私、アシュリー・ポッターはその身長ほど体重は軽くない。

身長でいえば純日本人“私”だった頃よりも低く、十四歳になってもせいぜい百五十センチ程度だ。しかし体重はといえば、実は平均体重を五キロから八キロはオーバーしている。なんせ私は日々筋トレとジョギングを怠らない。おかげで手足も女子特有の柔らかさはほとんどないどころか、腹筋はしっかり割れているし、なんなら指三本で指立てが出来る。体脂肪率を計測したことはないが、恐らく十五%前後をキープしているのではないかと思う。とはいえ小柄なためか、或いはローブという服装のせいか、見た目は背の低い普通の女の子だが。

そんなわけで、私は体重計に乗っても他の女の子たちに悲鳴を上げることはない。本来なら悲鳴を上げるべき数値なのかもしれないが、ほとんど筋肉だしなあ、と筋の入った腹部を撫でながら思う。同じ年頃の女の子たちはやれ痩せる紅茶だとか食欲減退サプリメントだとか、ダイエット方法を試しては頭を悩ませている。古今東西、ダイエットへの取り組み方はさほど変わりないのだと知った。まあ私はそんな女の子たちを後目に、食っては走って寝ては食って走り回っているのだが。

……そんな私も、此度の体重計が叩き出した数値には流石に唖然としたのだった。



「あら、アシュリー。今日はそれだけ?」



所変わって朝食の席、大広間でカットフルーツだけをもさもさ食べる私にハーマイオニーが珍しそうに目を丸くした。隣でトーストをかっ込むロンも、意外とばかりに私の皿に目をやる。



「どうしたんだよ、アシュリー。具合悪いのか?」

「いや、違くて……ちょっと、ダイエットを」

「「ダイエット!?」」



お前がか、とばかりにロンもハーマイオニーも目を丸くした。いや、確かに彼らの反応は正しい。私でさえ、若干不服なのだ。私の運動量はこの学校の中の誰よりも凌駕している。それはロンやハーマイオニーもよくよく知っている。寧ろ身を以て知っていると言ってもいいほどだ。とはいえ、体重計は決して嘘をつかない。いくら筋肉質な肉体とはいえ、あの数値は流石にいただけない。

ロンは、理解できない、とばかりにかぼちゃジュースを呷った。



「女の子ってすぐそれだよな。君なんかどこに痩せる余地があるってんだ?」

「ロンったら、そうやってデリカシーのないことを言うのはおよしなさい! とはいえ、確かに、その……アシュリーはその、食事制限が必要には見えないけれど……」

「でもさあ、十キロ増えたのは流石に不味くない?」

「「!?」」



私の一言に、二人とも口にしていた物を大きく吹き出した。

そう、昨日の夜のことだ。寝る前に体重でも計っておくかと乗ってみてびっくり、記憶にある前回の数値よりも十キロも増えていたのだ。平均体重を超えているとはいえ、それにプラス十キロは流石に肥満体型ゾーンに一歩踏み入れてしまう。とはいえ、その十キロはどこについたのか皆目見当がつかず、私は姿見を見ながら首を傾げる羽目になったのだけど。

さっすがにまずいよねー、と私はへらりとしながらオレンジを口にする。しかし、二人の反応は私の予想を遥か上をいった。ロンは顔を真っ青にして立ち上がったし、ハーマイオニーは私の皿を取り上げたのだった。



「ちょ、なに、急に!」

「十キロ!? 十キロだって!? 君、なんでそんなに平然としてられるんだ!?」

「ロンの言う通りだわ! あなた、病気なのよ!」



医務室へ、と大慌てでロンとハーマイオニーは私を引き摺るように医務室へと連れていく。え、そんなに慌てることだろうかと首を傾げながら、一応二人の言う通り医務室へ行く。朝っぱらからなんだとばかりに鉄面皮のマダム・ポンフリーに事情を説明すると、マダム・ポンフリーも仰天とばかりに飛び上がった。



「十キロ太った!? あなた、今何キロあるんですか!?」

「ええと……六十八キロでした……」

「「「六十八キロ!?」」」



元々軽くない体重ではあったが、生前でもお目にかかったことのない数値に、然しもの私もダイエットを決断した。が、どうやら周りの反応を見るに、笑って済まされる事態ではないようで。すぐさま緊急検査に入ってしまい、魔法薬を飲まされたり採血されたり身体検査をされたりと、貴重な休日の午前中を潰す羽目になってしまった。



「……ミス・ポッター」



検査が全て終わり、私はローブに着替えながらマダム・ポンフリーの診断を待つ。マダム・ポンフリーは未だかつてないほど顔を青くし、手を震わせ、検査結果の書いたカルテを見ながら私を見ては、カルテに目を落とし、言葉がつかえて出てこないままだった。そんな彼女の反応には、流石の私でさえ不安になる。そんな、ヤバい病気なのだろうか。

ロンもハーマイオニーも、固唾を飲んでいる。



「マダム……その、私、そんな重篤なのでしょうか……」

「いいえ……いいえ……病気ではないのです……あなたは健康体そのものですわ……だからこそ、こんな―――ああ、神よ、どうしてこんな……マクゴナガル先生やダンブルドア校長になんと言えば……」

「な、なんなんです!?」



病気じゃないのに、なんでそこで先生たちの名前が出てくるんだ。いよいよ雲行きのおかしさに、私の額にツウ、と嫌な汗が伝うのが分かる。なんだ、どうして、なんでそんな、体重が増えたくらいで、そんな―――。



「ミス・ポッター、一つお尋ねします。あなた、前回の月経日時に記憶はありますか?」

「げ……ああ、日時……?」



何で急に、と茶化したいところだが、マダム・ポンフリーがあまりにも深刻な顔をするので、私は言葉を噤んで考え込む。自慢ではないが、私は生理不順だ。まだ子どもだから、という原因もあるだろうが、なんせストレスだの大怪我だのが多い生活なので、どうにも安定しないのだ。平気で三か月遅れたりする。

そんな私にとって、最後の生理の日なんて記憶に薄いわけで。



「ええと……先月……いや、二、三か月前……?」

「なるほど……」



カタン、とマダム・ポンフリーはカルテをテーブルに置く。腹を据えたような、覚悟を決めた表情のまま、マダム・ポンフリーは私の肩にそっと手を置く。そして、はっきりとこう言ったのだ。





「ミス・ポッター。あなたは今、妊娠しています」





私は聖母マリアか。





***





と、ツッコミを入れても、検査結果は覆らず。何度検査をしても結果は同じ、私は今妊娠しているらしい。この身体でセックスをした経験もないのに、そんな馬鹿な話があるかと私は言うが、マダム・ポンフリーはこのお腹には子どもが宿っているというのだ。生理も来ていないし、不自然な体重増加、何より―――いわゆる、魔法界における妊娠検査薬に陽性反応が出ているというのだ。

唖然とする私とロンとハーマイオニーに、マダム・ポンフリーは悲しそうに言う。



『残念ながら、ホグワーツも健全に安全な学校というわけではありません。検出されない睡眠薬、学生でも精製できる催淫薬、記憶を操作する魔法、意識を混濁させる魔法道具―――それらが必ずしも問題を引き起こさなかったわけではありません。……悲しいことですが、ホグワーツの長い歴史上、今回のような事例は決して珍しくはありません。特にあなたは……異性の目を引くよう生徒のようですし、自覚なく事件に巻き込まれたと考えれば、不思議は……ないのです。残念、ながら』



マダム・ポンフリーは言い辛そうに、けれど医師として確かな診断をと、静かに告げる。そんな馬鹿なと、私は大口を開けたままだ。アホ面晒す私の横では、ロンとハーマイオニーが雷に打たれたかのようにショックを受けていた。



『そういや、去年もアシュリーに変なことしようとしてた奴、いたよな……』

『そう考えると……そんなことがあっても、おかしくはないけど、けど、そんな、ああ、なんて、なんてこと……』



ハーマイオニーは悔しそうに大粒の涙をこぼしながら言ってから、ワッと泣き出してしまった。私の肩に縋るように抱き着き、ワンワン泣くハーマイオニーを、私は戸惑いがちに落ち着くよう言う。

正直、そんな馬鹿なという印象しかない。間違いなく、私は処女だしセックスをする恋人はいない。だから、仮に、だ。仮に、マダム・ポンフリーの言う通りだとして、それに気付けない私自身が、信じられないのだ。襲われただって?強姦されただって?それに何か月も気付かなかった?そんな馬鹿な話があるか。私はあいつとの対決を前に、腕を磨いているような魔女だぞ。たかだかそこらの学生に一杯食わされるほど間抜けじゃない。いや、ほんと。なんかの間違いでしょ、それ。

けれど決断は覆らない。あれよあれよとマクゴナガル先生とダンブルドアが昼間の医務室に呼び出される事態に発展してしまった。マダム・ポンフリーの説明を受けたマクゴナガル先生は自分のことのようにショックを受け、放心状態だった。ダンブルドアは非常に難しい顔をし、私を見つめる。



『……しかし、わしの目にアシュリーは妊娠しているにしては、些か健康すぎるように見えるがのう。異様なほど体重が増加したとも見られぬし、悪阻などもなさそうじゃ』

『で、では、誤診ということですか?』



マダム・ポンフリーではなく、マクゴナガル先生が希望を見出した表情でダンブルドアに訊ねた。けれど、ダンブルドアは静かに首を振るだけだ。



『あくまでわしの見立てじゃ。この道に通ずるポピーの診断が誤っているとも思い難い……』

『では、では、どうすれば……彼女はまだ、十四歳なのですよ、アルバス……父親も分からぬ状況で、親族もない彼女は、一体、一体どうしたら……』

『酷なことじゃが、全てはアシュリーが決める他ない』



深刻で、そして残酷な決断だった。ダンブルドアは、静かに頷く。



『アシュリー。突然のことで混乱しておるじゃろう。しかし、起こってしまったことを覆すことは出来ぬ。君が出来るのは、いつもの通り、選択をすることだけじゃ。ともすれば、その選択には大きな波紋を呼ぶやもしれぬ。どちらを選ぼうと、非難をされることも、あるやもしれぬ……』



そしてダンブルドアは、時間はあるからよく考えるよう私に言った。どれほど騒いでも結果は変わらず、Xデーがいつかも調べることが出来ない今、父親の顔も分からぬ状態で何もできることはなく。ただ、安静に。身体を労わって。そしていつか来る選択に備えようと、その場はお開きとなった。医務室は、最後までハーマイオニーの泣き声だけが響き渡っていた……。

と、なったのが昨日の話。訳の分からぬまま次の日を迎えてみれば、耳の早いコガネムシ女は日刊予言者新聞に大々的にお披露目をしてくれたおかげで、大広間に一歩足を踏み入れただけで同情の嵐が私をもみくちゃにしたのだった。新聞を広げてみれば『美しさは罪か否か 十四歳の母となったアシュリー』と大見出しが広がっていた。マダム・ポンフリーの話を一言一句逃さず聞いていたらしいあの女は早速、嘘偽りなく全てを新聞にリークした。哀れアシュリー・ポッターは誰とも分からぬ男にかどわかされ手籠めにされ、打ち捨てられたその腹には新たな命が宿ってしまったのだと―――。



「(意味は間違ってないけど、さあ!)」



おかげでホグワーツへの安全対策に関し非難殺到、朝っぱらからダンブルドアのテーブルには吼えメールの群れが雪崩れ込み、大広間は同情の嵐から保護者達の罵声怒声に塗り替えられていった。そんなわけで私の妊娠はホグワーツの生徒どころかイギリス全土に行き届き、次の日にはお祝いと哀れみと応援の手紙が滝のようにやってきたのだった。道を歩けば誰からも同情され、憐憫に満ちた視線が全身を貫いた。

あまりの騒ぎにマクゴナガル先生の怒りのゲージは今やストーブ並みに真っ赤になり、ついに爆発したのが水曜日。今後一切無容易にアシュリー・ポッターに近付くことを全校生徒に禁じ、ロンやハーマイオニー、親しいグリフィンドール生だけがその脇を固めるのを許された。どこへ行くにも私はグリフィンドール生たちから気遣われ、やれこれは健康にいいだの夜更かしは体の天敵だのと世話を焼かれる羽目になった。

そして他人にあれこれ振り回されて疲れ果てた私がまともに思考する間もなく迎えた木曜日の朝、私は気付けば校長室でシリウスと二人っきりで対談する羽目になってしまった。そりゃそうだ。今の私の保護者は彼なのだから、この事態を隠し通せるはずもなく―――そもそもリータ・スキーターが全部すっぱ抜いてしまったけど―――、火消しに回るダンブルドアはこの部屋にはなく、私はシリウスと対面に座し、気まずい思いで弾け飛びそうな思いをしていた。



「(うう……今すぐ逃げたい……)」



シリウスと会うのはクリスマス以来だった。あの日、自分の気持ちを自覚して、それからこんな形で彼と会うことになるなんて、流石の私でも胸が痛んだ。誰が好きな男に他の男に強姦された挙句妊娠してしまいましたなんて言えるのか。それ以上に、親友の娘を孕ませた男をこの手で引き裂いてやりたいとばかりに殺気立っているシリウスをどう落ち着けたものか、考える方が先なんだけど。

ダンブルドアに連れてこられたシリウスは、まるで去年ペティグリューを目の前にした時と同じくらい殺気立っていた。目なんか完全に血走って瞳孔が開き気味だったし、今尚私の目の前に腰を下ろし、ブツブツと恨み言を延々と繰り返している。

けれどシリウスは、急に私の手を取ったのだった。



「子どもの名前はどうしようか」

「……ハ?」



私の顔を見て、私の手をとって、にこやかに微笑むシリウス。ここ最近、お目にかかったことのないきれいな笑顔である。綺麗すぎて、血走った目や落ち窪んだ頬が不釣り合いすぎて怖いほどで。



「男の子だったら親や祖父の名前を取るのもありだよな。ジェームズかフリーモントか、俺はジェームズでも全然ありだな。ああでも、俺、お前が男の子だったら『ハリー』って贈る予定だったんだよな。そっちでもいい、ハリー・ポッター。いい響きだ。不思議と馴染む。ああ、女の子だったら、そうだな、リリーに因んで花の名前なんかいいな。デイジー、リナリア、マーガレットってのも可愛いよな。ああでも、双子って可能性だってあるんだもんな。それならもうジェームズとリリーにしちまいたいな。いいな、娘と息子か……お前の子だ、絶対可愛いぞ」



先ほどまでの迸る殺気はどこへやら、ペラペラと随分気の早い悩みを抱えるシリウスに私は目を白黒させてしまう。そんな私を見て、シリウスは何もかもを吹き飛ばすかのような晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。



「安心しろ。俺がいる。二人で育てればいい、そうだろ?」

「えあ、いや、その……」

「体裁気にするなら籍でも入れるか? あと三年もすればお前も成人だしな。いっそ先に……いや、流石に魔法省の連中が煩いか。いっそイギリスを出るって手もアリだな。この国じゃ俺もお前も何かと注目を集めるし、こっちの魔法使いがいなさそうな国にでも行くか。俺、一回カナダに住んでみたかったんだよ。金ならあるし、牧場や畑を持ってさ。自給自足って言うのか? 俺たち以外だーれもいない国に行くんだ。誰に気を使うこともない、きっと楽しいぞ」

「いあ、あの、そうじゃなくて、その……」

「おいおい、そうかしこまるなよ、アシュリー。どうせ、俺たちが家族だってことには変わりはしないんだ。誰の子だろうと、お前の―――ジェームズとリリーの血を引く子どもに変わりはないんだ。立派に育てるさ」



こっちの気も知らないで、あれこれ好き勝手言い始めるシリウスに、もうなんと答えていいか分からず、言葉だけがつっかえる。照れていいのか呆れるべきなのか喜んだ方がいいのか、とりあえずシリウスが懸念すべき事項はそこじゃないことだけは分かる。

嬉しそうに立ち上がり、校長室をくるくる歩き出すシリウスは本当に楽しそうだった。シリウスから見た私は一体どう映ってるんだと、非情に気になるところではある、が―――。



「それに、子どもが生まれりゃ、流石にそこから父親は辿れるだろうからな」

「う、うん?」

「国外に高飛びするんなら、ちょうどいい[・・・・・・]よな?」



ぎらりと灰色の瞳を血走らせ、引きつった笑みを湛えたまま杖を折れんばかりに握り締めるシリウスを前に、とりあえず、好きな人がアズカバン戻りにならないよう説得するのを最優先事項とした。

さて、シリウスを説得し続けること数時間、ダンブルドアが帰ってきて二人で言い包めてそこから更に二時間、最終手段リーマス・ルーピンを召喚してようやく殺人を思いとどまってくれたシリウスに、私たち三人は胸を撫で下ろした。怒り心頭のあまりに途中で糸が切れたマリオネットのように気絶するシリウスは、憤死したかと思ったと苦笑するリーマスに引き取られて帰っていった。

さてそんな大変な思いをして迎える金曜日。今日を超えればやっと休日。合法的に人と顔を合わせずに寮に引き籠っていられる。もうたくさんだ。誰とも会いたくない。今は一人ゆっくり考え事をしたいのだ。けれど周りの同情と憐憫は私に思案する時間を与えず、今日も今日とて散々と振り回されるのであった。身体に障ると魔法薬を刻むナイフさえ握らせてくれないハーマイオニーに辟易しながら終えた魔法薬学の授業。薬品や鍋を片付けている、その時―――。



「ミス・ポッター。先の君のレポートに奇妙な記述を発見した。説明を要求する」

「は? レポートっていつの―――」



問い返すよりも先に、魔法薬学教授のセブルス・スネイプはいつもの鉄面皮を顔に貼り付けたまま私の首根っこを引っ掴んで自分の研究室に私を引き摺り込んだ。あまりの手際の良さに一瞬何が起こったか理解できず、パタンと閉まるドアを私は呆然と見つめるだけだった。

いつ来ても薄気味悪いスネイプの研究室に、閉じ込められて一分もしないうちに、スネイプがウイスキーの瓶のようなものを手に置くの扉から現れた。そして目だけは合わさないようにして、私にズイッとその瓶を押し付けた。



「え、な、なんです?」

「ホオズキの地下根を五日間干し、ケシの葉を混ぜて刻み、リーエムの血を一滴加えて煎じたものだ。肉体への負荷を最小限に、急速な子宮の緊縮作用を促す。毎日一杯ずつ飲みたまえ。瓶の中身が無くなる頃には、効力も出る頃だろう」

「え、いや、え……な、なんですか、これ?」

「―――堕胎薬だ」



ブホッ、と私は思いっきり咳き込んだ。え、なにこれ、え、と混乱しながら押し付けられた瓶の中身とスネイプを交互に見やる。スネイプは、珍しく表情を動かし、これ以上ないくらい苦々しい表情を浮かべていた。



「……君はその身の上で、産むつもりかね」

「それは、その……」

迷うなら止めたまえ[・・・・・・・・・]。十四の小娘が一時の情に流され、それが何を成すのか分からん貴様ではあるまい。愚かしくも、喪失が罪であると考える連中ばかりであろうが、我輩はそうは思わん。……産むことで、生まれる苦しみがあるのなら、それは避けて通るが賢明であろう」



ちらり、とスネイプはほんの少しだけ顔を上げて私を見つめた。ママだけを追いかけるそのがらんどうの瞳が私を少しだけとらえてから、すぐに逸らして薬戸棚の方を向いてしまった。



「敢えて使えとは言わぬ。だが、よくよく考えることだ、ミス・ポッター」



情は決して、人を救わん―――スネイプの言葉は、それだけだった。





***





シリウスだけでなく、スネイプにまでも気を使われて迎えた土曜日。ようやく一人になれると、私は心配するハーマイオニーとパーバティとラベンダーを部屋から追い出した。ようやく一人になれたと、私は自分のベッドにダイブした。



「いや〜〜〜……ええ……ウッソだあ……?」



そうして周りが大騒ぎする中、私の思考は完全に置いてけぼりだった。というか、妊娠が発覚して一週間も経過したなんて信じられない。周りだけが大騒ぎし、事を運び、勝手に同情しているのだ。

そう、やはり何度考えても、妊娠してるなんて信じられなかった。ましてや原因が強姦だって、とてもじゃないが納得できない。まだ『お前は聖母マリアの生まれ変わりなので、処女懐胎するのだ』と言われる方がまだ受け入れられる。それくらい、現実的にあり得ない話だった。私が?そこいらの学生に?魔法薬だの魔法道具で出し抜かれた?



「いや、ありえないでしょ」



断言した。ありえない、寝てても他人の気配を感じる私だぞ。

……だったら、マダム・ポンフリーの診断はなんなんだ、という話になる。確かに、数か月生理が来てなくて、不自然に体重が増えて、おまけに検査薬は陽性反応。これで妊娠を否定する方が難しいだろう。だけど、いや……でも、妊娠ってさあ、もっとこう……いやでも、悪阻のない妊婦さんがいないわけではない。そこは体質だし、断定はできないけど……。

いやでも、流石に強姦されたらさっすがに分かるだろ……この身体処女だったんだぞ……いや、『だった』、っていう言い方嫌だな、やめよう。そりゃあ、“私”は非処女だったさ。人並みに生きてきて、人並みに恋人がいたのだ。人並みにセックスもしたさ。それが分からない私じゃないからこそ、処女の肉体に生まれ変わって、その一線を越えたかどうかぐらいは感覚で分かるのだ。この身体は純潔そのものだ、間違いはない。だったら、一体……。



「……」



ふいに、トランクから、スネイプがくれた堕胎薬を引っ張り出す。赤黒い液体が、透明な瓶の中でたぷんと揺れた。シリウスの反応も大概どうかしていたが、スネイプもスネイプで極端な気遣いをしてくれるものだ。ま、ママが私を産んだことであいつに狙われたのだから、スネイプの言いようが分からないわけではない、けど。



「(産むことで生まれる苦しみ、か)」



スネイプにしてみれば、私さえ産まれなかったらママは死ななかった、間接的な死の要因なのだ。私に同じ轍を踏むなと言いたいのかもしれない。まあ、お前が密告しなければ済んだ話でもある。もっといえばペティグリューが裏切らなければ、シリウスがペティグリューを信頼しなければ、いや、いや、もっと根本的に、あいつさえいなければこんなことにはならなかった。……ま、考えても仕方ない、か。

……しかし、じゃあ実際妊娠してたらどうすんのかと言われたら、この瓶の中身に手をつけない自信は、なかった。周りのみんなは身体を気遣い、産むことを前提として話ばかりだった。そりゃ、生まれてくる命の罪はない。殺すのは敵だけだと決めた私に、ここに宿った命が本物だとして、それを手を下す、ことは……。

けれど、奴との対決を数か月後に控えている今、この命は果たして望まれる命なのだろうか。ううん、数か月後所の話じゃない。あと数年、少なくともあと数年は、私の戦いは終わることはないのだ。そんな中で、母親として子を成し、子を守り、子を抱き、戦うのか。誰の子とも分からぬ、生来生まれてくるはずのなかった命。余分に出来た重みが、他の大切な人を救う道の妨げにならないと、どうして言えようか。

否、否、授かる命に罪などない。此処に命があるとしたら、それは産むべきなのだ、絶対に。どんな宗教でも堕胎は悪、母が子を殺すことの罪の重さを説く話など掃いて捨てるほどあるくらいに。

いや―――けれど、それは本当に、私のしたいことなのか。

正義だけで、情だけで、私は命の天秤を揺らすのか。



「……」



私は、瓶をフタを開けた。赤黒い液体が、楽になれよと私を誘う。

そして、そのまま―――。





***





眠りに落ちて、起きて日曜日。事の顛末は、意外な結果に終わった。



「ねえ!! 十キロ太ったんだけど!」

「私も!!」

「俺も!! なんだこれ!?」

「どういうことなの!?」



朝食を取るため、大広間に出てみるとそんな騒ぎが生徒たちを満たしており、誰も私に目を向けなかった。小耳に挟まずとも飛び込んでくる内容はみんな一律、『突然十キロ太った』だった。けれど、知る人も知らぬ人も、とても十キロも肉がついたようには見えない体型ばかり。ロンもハーマイオニーもこの事態には困惑した顔で私を見つめ、どういうことなのかと、首を傾げたのだった。

当然、突然十キロ増えたとあっては誰もが病気を疑い、大勢の生徒が医務室に駆け込んだ。そして信じられないことに、医務室に駆け込んだ生徒全員に、妊娠検査薬の陽性反応が出たのだ。しかも女生徒だけではない、男子生徒もだ。そんな馬鹿な話があるかと誰もが笑い飛ばすも、その被害は日に日に増えていき、ついにはフリットウィック先生までも体重がキッカリ十キロ増えたばかりか、妊娠検査薬に陽性反応が出たと大騒ぎになった。最終的には聖マンゴ病院から《癒者》が押し寄せ、魔法薬に精通するスネイプと共に生徒・教師たちの血液検査が開始された。

そして精密な血液検査・ホグワーツで出回る飲食物の検査検閲の結果、ついに原因が発覚したのだ。



『『『悪戯菓子!?』』』



騒ぎが収集する頃には、ホグワーツ生ほぼ全員―――ロンやハーマイオニーまでもだ―――が被害を被っており、ダンブルドア直々に事件の真相が公開されることになった。

―――曰く、ゾンコの試供品である紅茶が原因だという。触れ込みは単純、『痩せたいと嘆く君のママに、ダイエットに効果的とこの紅茶をプレゼント! みるみるうちに増えていく体重に、ママの悲鳴は一級品となるでしょう!』という、単純な悪戯菓子。しかし、試供品ということでまだ完成品ではないらしく、体型は変化しないのに体重だけが増え続ける上に、体重増加のために『ヒト絨毛性ゴナドトロピン』と呼ばれるホルモンに作用させる働きを持つので、男女問わず妊娠検査薬が反応してしまうなどの不具合が多発しているという。その悪戯菓子を手がけたのが紅茶業者だったことも不幸の要因で、そんな試供品が誤ってホグワーツに出荷する紅茶の在庫に紛れ込んでしまったようで、それを飲んだ者から被害が出てしまったのだという、至極単純な話だったのだ。

ゾンコからは騒ぎのお詫びとして大量のクソ爆弾が贈呈され、それからしばらく、ホグワーツは持て余されたクソ爆弾があちこちで爆発するので、フィルチの怒号が絶えず飛び交っていた。一方、この騒ぎをまたも嗅ぎ付けたコガネムシ女は、ゾンコや紅茶業者の製品管理体制の甘さについてすっぱ抜き、やはりゾンコ製品や悪戯グッズなんて教育に悪いのだと〆られた新聞は飛ぶように売れたようだった。



「……」



そんなわけで、単純な生理不順と不幸が重なった私の十四歳の母騒動は、一週間で幕を閉じた。実際体験してみると、現実はドラマのように感動的には進まないのだと知った。現実はただただ周りに転がされ、自分で思案する暇もないくらい振り回されるばかりだった。全く、現実なんてロクなもんじゃないと、私は自室で一人笑った。

私の目の前には、空っぽになったウィスキー瓶に似た薬瓶。中身の消えたそれは所在なさげに、私のテーブルの上に鎮座している。瓶を返却する義理もないと、私は杖を一振りして薬瓶を“消失”させた。それから杖をしまって、私はいつものように身支度を整えて、いつものようにジョギングへ向かった。その後は筋トレ、シャワーを浴びて、朝食。その後はロンとハーマイオニーと一緒に授業へ行く。私の日常は、変わらない。今日も、いつも通りだ。そう、どうあっても私は変わらない。備え、戦い、選び続けるだけ。ただ、それだけだ。いつかあいつをこの手で殺し、最後の安寧を手にするまで、私は己を曲げることは絶対に、ないのだ。

ああ、けれど―――瓶の中身がどこに消えたのか、その選択は私だけの秘密にしておこうかな。





*END*

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
捨てたのか、飲んだのか。


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