ラッキーパンチは突然に






夏の体育。文字を見るだけでうんざりする者も少なくないだろうが、元気有り余る血気盛んな高校生たちは、そんな熱気は物ともせず、体育に励んである。体育嫌いの凪沙も、その一人だった。親友の美鶴と、ラケットを構えてネットを挟んで睨み合っている―――ただいま、卓球の授業中だ。



「みーちゃん、勝負!」

「ナマ言ってんじゃないわよ、返り討ちにしてやるわ」

「何故いちいちヤンキーチックなのかな!?」



楽しげに会話をしながら、二人が卓球を楽しんでいるのを隣のテーブルから跡部景吾が見つめていた。ここ卓球場に人は少なく、男女混合で体育が行われている。跡部もクラスメイトの男子と打ち合っているが、その目線はちらちら凪沙を窺う。美鶴の容赦ないスマッシュの乱発に一生懸命食らい付こうと右へ左へステップを踏む凪沙に、思わず頬が緩みそうになるのを堪えながら跡部も卓球を続ける。

そもそも体育とは男女別にやるものなのに、どうしてこの場は男女混合かといえば、それは夏期の体育の授業選択時まで遡る。



『夏期の体育かー……』



ここ氷帝では、体育は一定のジャンルの中から好きな種目を選べる。運動が全般に苦手な凪沙にとってはどれを取ってもあまり大差はないのであまりやる気はないが、跡部は違った。夏期の体育には水泳という種目が加わる。基本男女別に行われる体育だが水泳だけは別で、男女混合で行われる。つまり跡部の説得次第では、一緒に体育が出来るかもしれない、のだ。

―――出来るだけ、凪沙の側に居たいという想いだからだ。決して、凪沙の水着姿が見たいとかそんなことは、断じてない、はずだ。



『……天城はどうするんだ?』

『選択なにがあったっけ。……んー、バスケとサッカーと水泳と卓球かぁ』

『夏だからな。水泳はどうだ?』



とりあえず、軽く提案。あまり強く推すようでは怪しがられてしまうし、何よりここは教室だ、がっついてると思われるのは癪だった。だが凪沙はけろっとした顔で言い放った。



『や、水泳だけはまじ勘弁』

『っ!? な、なんで、だ……?』



あまりにキッパリ言われてしまい、動揺を隠せない跡部に凪沙は頭を振る。




『あたし、1mと泳げないんだよ』

『……そう、か』

『おまけに水着になるとかまじ堪えられん。コスは出来ても水着は無理!』

『……そういうものなのか?』



凪沙のコスプレ姿を見たことがない跡部には、そう言うしかなかった。見たい気もするが―――というかかなり見たいのだが、知り合いに見られるのは恥ずかしいらしく見せてもらえない。

まあ、そういう言う理由で、水泳という唯一の選択肢を消されてしまった。ならどうでもいいか、と跡部は形だけでもと、凪沙と同じ卓球を選択した。すると、あまりに水泳に人気が集まりすぎ卓球を選択した人数が少なくなってしまい、男女混合で行うことが決まるという予想だにしないことが起こった。そんな訳で、それなりに広い卓球場を、僅か10人ほどで利用することとなった。因みに跡部が卓球を選んだことで女子たちが卓球に移籍するとかいうことは起こらなかった。2−Aは、空気を読めるクラスなのである。

なんて思い返している間に休憩時間となり、跡部も凪沙も美鶴も給水にテーブルを離れる。



「ふー……いい汗かいた!」

「楽しそうだな、天城」

「卓球は唯一まあまあできるスポーツだからね!」

「運動音痴にはぴったりよね。激しく走ったりしないし」

「あ、あたしは運動音痴じゃないやいっ! 人様より身体能力が著しく劣っているだけと言わせてください!」

「何が違うんだ?」



確かに、卓球を選択しているのは運動があまり得意でない者も多い。美鶴と跡部は、凪沙に釣られただけなので実際学年トップの身体能力を有しているだが。



「汗だくじゃない、あんた」

「そりゃ真夏だもん。……なのになんでみーちゃんも跡部も涼しげな顔してられんのか全く訳が分からないよ!? なんでこのくそ暑いのに汗かいてないのありえなくない!?」



額をびっしょり濡らしている凪沙に対して、美鶴も跡部も涼しい顔。いや確かに暑いのだが、この程度の運動で汗まみれでへこたれるような跡部や美鶴ではないのだ。



「鍛え方が違うのよ」

「暑いには暑いが……普段は炎天下でテニスしてるからな」

「引きこもりの体力のなさ舐めんなよ!! もうすでに汗まみれであたしのHPは消費税以下ですよ!」

「大丈夫よ、近いうちに消費税上がるから」

「それって微々たる量だよね!? 消費税にしてみれば大きい数値だけどHPに直しても大してプラスにはならないよね!?」

「うっさいわね、どのみちスライムほど価値のない体力の癖に」

「あたしスライム以下っ!?」



地に手と膝をついて落ち込む凪沙。追い討ちをかけるようにその背に腰かける美鶴の動作があまりに自然すぎて、跡部には止める隙もなかった。ふと、その体制のままこちらを見つめてくる凪沙の視線を感じる。



「……そういやさぁ」

「な、なんだ?」

「いや、なんで跡部が卓球選んだのかなぁって。跡部ならサッカーとかバスケとか、そーゆー激しいスポーツ選ぶと思ってたからさぁ」



ぎくり、と跡部の肩が揺れる。

確かに、凪沙が居なければバスケやサッカー、あるいは水泳を選んだだろう。その方が体力作りになる。特に水泳は、全身を使って行う数少ないスポーツであるし。それでも卓球を選んだのは、凪沙と一緒にいたかったから―――なんて本人を前に言える筈もなく、跡部はドリンクを片手に、学年一出来の良い脳みそをここぞとフル回転させて、最善の回答を出そうとする。周りで休憩していた生徒らも、聞き耳を立てている。



「た、卓球は……」

「?」

「卓球は、テニスと似てるからな!」

『『『(予想外の言い訳!!)』』』

「あー、確かに。なるほどなぁ、跡部はほんとにテニス大好きだねー」

『『『(納得したっ!?)』』』



凪沙は腑に落ちたように笑う。

実際卓球とテニスは全然違う。テニス感覚で腕を振り切れば余裕でコースアウトするし、ラケットの持ち方も違う。テニスと違って卓球は自分のゾーンにワンバンさせて球を打ち返さなければならないのも、テニスをやり込んでいる跡部には手こずってしまうものがある。そこを気取らせるほど不器用な跡部ではないが。何はともあれ、誤魔化せたようで安心した。



「さて、休憩終わり! みーちゃん、勝負しようずー!」

「せいぜい私の的になることね」

「当てる気!? みーちゃんピンポン玉をあたしに当てる気!?」

「そんなことするわけないでしょ」

「そ、そうだよね! あー、良」

「ぶつけるのはラケットよ」

「―――くないっ!! 断じて良くないよ! 卓球はピンポン玉を打ち合う競技であってラケットを飛ばし合うようなスリリングな競技じゃないよ!」



ギャーギャー言い合いながら卓球を始める二人。跡部も、給水を終えて再び凪沙たちの隣のテーブルで卓球を再開する。こつんこつんと、ゆったり打ち合ってしばらくした頃。先程と同じように、隣の凪沙をチラ見し出す跡部。その顔は真っ赤で、額から汗が滴り落ちていた。息も上がっており、見るからに暑そうである。



「ひーっ……あっづー!!」



すると凪沙はそんなことを言いながら、自分の着ているシャツをぺろっと一気に捲り上げその裾で汗を拭った。当然、お腹が丸出しになる。日を浴びたことのないような白く滑らかな肌、きゅっと括れた細い腰、しっとり汗ばんだ膚―――丁度凪沙を見つめていた跡部は、それをモロに見てしまった。



「ぶっ!!」

「ごはァッ!?」



思わず噎せる跡部を他所に、凪沙は卓球台を踏み越えてきた美鶴にラリアットをかまされてその場に引っくり返っていた。周りのクラスメイトらは、なんだなんだと卓球する手を止めて凪沙たちを見た。どうやら、凪沙の行為は跡部と美鶴しか見ていなかったようだ。



「 こ こ は 女 子 校 じ ゃ な い ん だ っ つ ー の ! 」

「ごごごごごごごごめんなさいついついいいいたたた痛い痛いたたたたたすけてええええええええええ!!」



ラリアットで引っくり返った凪沙にけさ固めを決める美鶴。じたばた苦しそうにもがく凪沙だが、跡部は助けに入れそうになかった。網膜にしっかり焼き付いた凪沙の腰つきが振り払えない。白い肌が、細い腰が、脳裏に浮かんでくる。意外とえろいなとか思ってしまえば最後、健全な高校生に相応しい妄想が思考を支配してしまって。忘れようと思えば思うだけそれを鮮明に思い出せてしまう。一瞬の映像だった筈なのに、その光景は鮮明に記憶に刻み込まれてしまっていた。

結局、向こう一週間は凪沙の顔をまともに見れない跡部がいたとか。



*END*

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50000hit記念、耶菜さんリク、
『テニス長編の番外、夏の体育授業風景』でした!

夏の授業といえば水泳かもしれませんが、
うちの子は体育は嫌いなので(笑)
まあ跡部が少し報われたようなそうでもないような感じで、
グダグダに仕上がってしまいましたが、
こんな感じでよろしいでしょうか……!?

リクエストありがとうございました!
これからも『かしわもち』をよろしくお願いします!!

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