怖くないよ、だって光が見えるもの





ギアナ高地での出来事を経て、それから間もなく決勝大会出場が決まってから、ドモン・カッシュは誰に告げることも無く―――そう、パートナーであるレインにさえ内緒で、とある場所に来ていた。そこを訪れるのは、本当に久しぶりだった。あの事件が起きて以来、自分と彼女は、顔を合わせてはいけないような、そんな気がしていたのだから。

だが、いつまでも躊躇ってはいられない。自分には、告げなくてはいけない真実がある。語らなければいけない現実がある。口下手で不器用な自分だが、ちゃんと言えるだろうか。いや、言わなければならないことだ。こうして自分が情けなく悩んでいる間にも、彼女は悲しみ、傷ついているのだから。そう、あの優しい人が、今尚だ。こうしてはいられない。意を決して、扉を開く。扉の向こうには、今も変わらぬ穏やかな笑顔。



「久しぶり、義理姉さん」



ナギサ・カッシュと、その人は名を改めた。正確には、改めた事を知った、と言うべきか。自分は10の頃に家出をしていたのだから、知らないのは当然だった。だが、分かっていた。彼女はこうなる運命なのだと。自分の義理姉となり、自分の家族となるのだと、幼いながらに、分かっていたことだった。分かっていたから、改めてそう聞かされた時は大いに戸惑ったものだ。

―――自分の家族と呼べる人は、今は彼女だけとなってしまったのだから。



「ドモン、どうして此処へ……!? ガンダムファイターは、コロニーへ戻って来てはいけないっていう決まりじゃなかったの……?」

「どうしても、義理姉さんに話したいことがあったんだ。その為に、ウルベに頼んで極秘で此処に来たんだ」

「私に……?」



そう、言わなければならない。この人にだけは、本当のことを。この人には、それを知る権利がある。そして自分は―――この人に、責められる権利が、ある。



「兄さんは―――キョウジは、死んだ。デビルガンダムと共に、俺が倒した。義理姉さんの―――あんたの夫は、俺が殺した」



キョウジ・カッシュの妻として、そして義理の姉として、キョウジ・カッシュの弟として、義理の弟として、その責務を果たさんと、ドモンはネオジャパンへ戻ってきた。この手で最愛の男を屠った男として、自分はこの人の前に立たなければならなかった。

―――ナギサ・カッシュは、ただ一人、キョウジ・カッシュの無罪を主張し、信じていた人だった。兄キョウジのせいで母が死に、父が永久冷凍刑に処せられながらも、キョウジを信じ続けた人だった。そんな訳がない、何かの間違いだ、あの人がそんなことをする筈がないと、涙を流しながらそう激白した。そして、ドモンは託されたのだ。真実を見届けて来て欲しいと。ドモンはナギサ・カッシュが好きだった。尊敬していた兄を、ずっと支えてきた人だったから。優秀な兄に並んでも引け劣らないくらい、素晴らしい人だったから。だからこそ、その願いを聞き入れ―――今、ドモンは真実を得て、戻ってきたのだ。



「彼が―――そう」



彼女は、涙を見せなかった。ドモンを真っ直ぐに見つめて、いや、ドモンの表情をじっと見つめていた。何かを見つけるように、何かを掬いあげるように。



「ありがとう、ドモン」

「な、なんで……義理姉さんは、信じてたんじゃないのか? 悲しいんじゃないのか? あんたの夫は……死んだんだぞ……?」

「えぇ、信じていたわ。でもねドモン、あなたは確かにそれを見届けてくれたのでしょう? 彼の真実を、彼の最期を」

「あ、ああ……」

「だから、いいの。彼を信じた私は裏切られてしまったけれど、それでも―――それでも、あなたが無事ならそれでいいのよ、ドモン」

「義理姉さん……」

「あなたは私の、家族なんだから」



だけど、と彼女は悲しげに微笑んだ。



「裏切っても死んでしまっても、私は彼を愛しているの」



この愛こそが人生の誇りだと、彼女は笑った。罪人であろうと死人であろうと、その愛を知っている。その愛を覚えている。その男は、確かに私を愛していたのだと。そしてまた、私も男を愛していたのだと。その男がとんでもない悪党であったとしても、その愛を知っている自分は―――



「憎めないのよ……恨めないのよ、ドモン……!! ミキノさんが死んで、ライゾウさんが永久冷凍刑に処せられて、ドモンを戦いに向かわせても、私は彼を愛しているの……っ!!」

「義理姉さん……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ドモン……あなたにとってあの人は、あの人はお父様とお母様の敵だと言うのに……ごめんなさい、ドモン……」



普段なら、怒りに身を任せていたかもしれない。だけど、シュバルツの教えや、この半年での出来ごと、そして、幼い頃世話になった遠い日のことを思い出すと、不思議と怒りは湧いてこなかった。彼女は、全身全霊でキョウジ・カッシュを愛していた。愛していたから信じていた。裏切られて尚、彼女は愛を抑える術を、持たないのだ。



「いいんだ、俺は大丈夫だ。……と、ところで、義理姉さん、一緒に地球へ来ないか? ガンダムファイトの決勝戦が、もうすぐ始まるんだ」

「ドモン……」

「ガンダムファイトで優勝すれば、父さんは助けられるんだ。義理姉さんに、俺の戦いを見守ってて欲しいんだ。……だめかな?」



自分の戦いを見守ってて欲しい、という目的もあるが、このまま義理の姉を一人、コロニーに残していくことは、ドモンにはどうしてもできなかった。だからせめて、家族である自分の傍にいてほしかった。地球なら、彼女も見知ったレインもいるし、少なくとも、広い家で一人でいるよりマシだろうと思った。



「嬉しいわ、ドモン……ありがとう、一緒に連れてってもらえる?」

「勿論さ。じゃあ、すぐ出発になるけど、いいか?」

「ええ、ちょっと待っていて」



にこやかに立ち上がり、荷造りをしに部屋の奥へ引っ込む義理姉。カッシュ家を引っ越し、一人この家で暮らしているらしい彼女の部屋は、ひどく殺風景なものだった。ただ、その殺風景な部屋の中に、華やかな写真立てが酷く目を引いた。写真には、幸せそうな笑顔を浮かべた、彼女と、その夫だった。幸せだっただろうと思う。みんなが無事だったなら、自分が10年ぶりに家に帰ったとしても、温かな笑顔で出迎えてくれただろう。そんな幸せな家庭が、確かにそこにあったのだ。嗚呼、何故兄は、父を、母を、妻を裏切ってまでデビルガンダムを奪ったのだろう。その真相だけは、最後の最後まで分からなかった。分からなかったのだ―――誰にも。



「ドモン、お待たせ。すぐ出れるわ」

「あ、あぁ、すぐ行く!」



泣きたくなるぐらい笑顔で振る舞う義理姉に袖を引っ張られ、ドモンは家を出た。空は、そんな義理姉の笑顔のように、澄み切った青空と、眩しい太陽の光が、コロニーいっぱいに広がっていた。

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