早くお行き、私は後から行くわ




あの戦いから、愛しい人を失ってから―――もう、一年が過ぎようとしていた。

よく晴れた、春の日のことであった。ナギサ・カッシュは一人、花束を抱えて、一人墓前でたおやかに微笑んでいた。墓標に刻まれた名前はキョウジ・カッシュ。世界の為に戦い、世界の為に散っていった愛すべき夫の名前が、そこに刻まれている。

例え墓の下に、何も入っていなくとも。



「久しぶりね、キョウジ。最近忙しくて」



遺骨どころか指一本さえ残らなかった人の為に立てられた立派な墓に花を手向け、静かに笑うナギサは、今日の日の空のように清々しい笑顔を浮かべている。大丈夫だよと、言い聞かせるように。



「私ね、あなたの研究を引き継ぐために大学へ通うことになったの。研究っていっても、ガンダムには頼らずに、地球の、自然の力で、地球を再生させる為の研究を、ね。大丈夫、これでもあなたたちの研究を身近で見てきたんだし、義理父さん……ううん、ライゾウ博士のご指導もあって、今ネオジャパン政府と共同で研究が進められてるの。すごい進歩よね、これもあなたのおかげなのかしら、なんて」



ドモンは、人もまた自然の一部であると言っていたことがある。ならばその人が自然を元に戻そうと、手を取り合うのは自然の摂理に反していない。けれどアルティメットガンダムのようなものはまた争いを生むかもしれない、とライゾウは時間はかかろうともより自然に地球を再生していく研究を進めると発表したのだ。



「私は毎日、資料集めと検証の日々って感じね。ライゾウ博士と、レインちゃんも一緒に過ごしてるの。忙しいけれど、とても充実した日々だわ。ああそれと、キョウジ、聞いてちょうだい。ドモンったら、レインちゃんを置いて武者修行の旅に出ちゃったの。何でも『師からの教えを後世に残すのもまた、弟子の役目』とか何とか言って! 全くもう、どうして男の人って女を待たすのが好きなのかしら」



ドモンが出て行ってから半年以上経つが、何の連絡もない。きっと元気でやってるわ、とレインは気丈に振る舞うが、それでも寂しさは拭いきれないのだろうとナギサは思っている。それでもそれを表に出さないようにしてるのは、彼女の強さか、ナギサに気を使ってなのか。

そんなこんなで、残された女二人、ライゾウ博士下、日々忙しく過ごしている。



「ドモンには、早く帰って来て式を挙げてもらいたいの。そうしないと、レインちゃんに『義理姉さん』って呼んでもらえないでしょう?」



キョウジという楔がいなくなっても、ナギサはとっくにカッシュ家と共に在る覚悟なのだ。ならば義理弟の妻になる女性もまた、自分にとっては義理妹なのだ。頼る夫たちが居ない今、義理姉妹同士、友好を深めたいのに、とナギサは笑う。

笑いながら、墓標にそっと手を伸ばす。



「私、幸せだわ。そりゃあ、時々寂しく思うこともあるわ。けれど、あなたの残した研究も、あなたが示してくれた生きる道も、あなたが作ってくれた新しい家族も、全てが今の私の生きがいなの。……少なくとも、そうね、まだ当分は、そっちには行けそうにないみたい」



正直今でも、一人の夜は、決まって寂しさに震える。けれどそんな時、目を閉じると、多くの仲間の顔が脳裏を過る。すると、まだ自分にはやるべきことが残っているのだと。こんな所で挫けている場合ではないのだと―――そう、前向きに思うことが出来るのだ。



「もう正直、あなたの思い出をぜーんぶそっちに持っていって欲しいくらいなの。そうしたら、ゆっくり研究を進められるでしょう? ……ふふ、なんてね。嘘よ、ウソ」



瞬間、その言葉に答えるかのように、一陣の風が吹き抜けた。髪を弄ぶ風に、じゃれつくようにナギサははにかむ。そして、分かったわよ、とナギサは立ち上がった。



「そうね、もうそろそろ行かなきゃ、レインちゃんに心配かけちゃう。……また、来るわ。心配しなくても、あなたのことを一秒だって忘れたことなんかないんだから。嫌ってくらい来るわよ、きっと」



だから安心して、そこで眠っていて。と零した言葉もまた、風に吹かれて運ばれていく。それでいいと思う。そのまま、天へ、天へ、大好きな男の元へ運ばれればいい。そうして自分のことを、どうしようもない女と、笑ってくれればいい。

こんなどうしようもない女が、いつかそちらに向かうまで。

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