27


ぶつくさ言うハーマイオニーを引っ張って通路をずんずん進んで行った。ヴァイスが静かすぎるので窒息でもしてるのではないかとローブの中を覗き込んだが、ヴァイスはぐっすり眠っていた。呑気なもんだ、誰に似たのやら。

しばらく進むと、きらきらと眩く光る部屋に出た。天井は遥か高く、アーチ型。その上空を、星のように輝く小鳥が飛びまわっている。いや──鳥ではなく、あれは鍵に翼が生えているものだ。怪訝そうな顔をするロンとハーマイオニーを前に、私はわざとらしく説明ぶる。



「さて、ここに箒が数本用意されています。私たちの向かいにはいかにもな扉。上空には鍵が空を泳いでる。ここで私たちのすべきことは?」

「「鍵を捕まえて鍵穴に押し込む」」



正解よ、と私は頷く。たちまち二人が不安げな表情を浮かべる。



「でも私、飛行術は苦手なのよ!」

「それに、あの鍵、何千本あると思ってるんだ!?」

「そこはまあ、ほら、根気よくやるのよ。大丈夫、あんなの、スニッチに比べたらカタツムリみたいなものよ。伊達に、百年ぶりの一年生シーカーやってないわよ、私?」



二人を促し、箒に跨る。三人一斉に飛び上がり、鍵を探した。多分、大きくて昔風の鍵だ。取っ手と鍵口が銀製なので、鍵も銀製だろう。きょろきょろしながら飛んでいると──見えた、一際古ぼけた、大きな銀の鍵を。誰の手にも触れられたことのないような綺麗な羽根をぱたぱたと動かして、スイスイ素早く飛んでいる。



「アシュリー、あの鍵なのね!?」

「ええ、あいつだわ! ロン、あなたは左側から回り込んで! ハーマイオニーは下で、あいつの逃げ道を塞いで頂戴! 合図をしたら、すぐに動いてね──そう、そう、今よ!!」



私の声に、二本の箒が鍵の逃げ道に回り込むように飛んでいく中で、私は上空から鍵めがけて突っ込んだ。ニンバス二〇〇〇には劣るが、前屈みになればかなりのスピードになった。弾丸のように鍵に突っ込み、そして──掴んだ!



「流石!」

「すごいわ、アシュリー!」

「伊達に毎日スニッチ追っかけてないわよ。まあ、最近はご無沙汰してるけど。……さ、行きましょう」

「箒はどうする?」

「持っていきましょう。帰りに必要になるだろうし」



手の中でじたばたもがく鍵を鍵穴に突っ込みまわすと、がちゃり、と重い音がして、扉が開いた。鍵はその瞬間、鍵穴からヒョロヒョロと飛び立っていった。

三人で箒を担いで次の部屋に進む。部屋は真っ暗だったが、しばらく中に居ると、急に明かりがパッと灯った。目の前には、巨大なチェス盤がある。いやもう、チェスの駒の大きさと言ったら。私達がナイトの駒の馬に乗れるレベルだ。



「向こうに行くには、チェスをしなきゃいけないな」

「ロン、あなたに指揮を全て任せたいの。いいかしら」

「構わないよ。それでいいか、ハーマイオニー?」

「ええ、勿論よ。だけど、どうしたらいいのかしら……」

「私たちが、駒の代わりをすればいいんじゃないかしら」

「だろうね。フーム……ちょっと考えさせて」



ロンはしばらく考えると、私をビショップへ、ハーマイオニーをルークに宛て、ロンはナイトと代わった。その指示を聞いて、ビショップとルークとナイトの駒は勝手にチェス盤を降りた。私たちが、その場に代わりに立つ。真っ直ぐに白い敵を見つめる。つるんとした顔のない駒たちは、大きく私たちの前に聳え立っている。殴られたら、痛そうだ──思わず、身振いする。ここで、ロンは脱落して、私たちが勝つ。だが、躊躇ってはいられない。大丈夫、ロンは死なない。大丈夫、その為のヴァイスで、私なのだから。

白が先手のようだ。ポーンが進む。こちらも、ロンの指示で駒は黙々と進む。ロンには、何か見えているのだろうか。私には全く分からない。何も、見えてこないのだ。ただロンを一心に信じて、ロンの指示通りに動いた。ロンは強かった。魔法をかけられているとはいえ恐らくチェスの指示、つまり敵の思考はマクゴナガル先生のものだと思われる。だが、ロンは負けていなかった。確かにこちらも駒を取られ続けたが、ロンも同じくらい白を取り続けていった。すごい思考力だ。ロンには、戦局を見抜く力がある。改めて、実感した。



「すごい……」



戦局は流れに流れていく。私も、ハーマイオニーですら、その流れがそろそろ見えてきた。そして理解する。詰みが近いのだということ、そしてその為には──。



「やっぱり、僕が取られるしかない」

「だめ!!」



ハーマイオニーは叫んだ。私も、叫びたかった。だが、流石に今の状況ぐらい分かる。白のクィーンがロンを取りに行けば、私がキングにチェックメイトをかけられる。ロンの犠牲をチェックにして、だ。



「これがチェスなんだ。犠牲を払わなくちゃ! アシュリー、君が僕なら、きっと同じことをしたはずだ。違うかい?」

「そうね──そうね、きっとそうしたわ。でもロン、あなたには自分の呈してまで、戦う理由が無い筈よ。どうして戦えるの? 怖くはないの?」



どうして彼らは私についてきてくれたのだろう。ロンも、ハーマイオニーも、この一年は散々な目にあったとはいえ、元々普通の人間として育ってきたはずだ。こんな危険な目にあって、嫌になったりしないのだろうか。彼らには、命をかける理由が、ないではないか──。



「そりゃあ、怖いよ。ウン、怖いに決まってる。でも、君が戦うというなら僕だって戦うさ。君が逃げろと言うならそうするよ。なあ、アシュリー。なんだって今更そんなこと言うんだ? 僕らこの一年、散々な目に合ってきたじゃないか」

「だから──だからこそじゃない。私は私の目的の為に、奴と戦うことを選んだ。でも、あなたたちはそうじゃないでしょう? どうして、自ら進んで危険な目に合おうとするの?」

「そんなの、友達だからに決まってる」



ロンの目は、真っ直ぐだった。嗚呼、やめてほしい、そんな目で私を見ないでほしい。友達だと信じて疑わないその目は、私には毒でしかない。思わず、さっと目を逸らしてしまった。胸を打たれるべき言葉は、私の胸を抉るだけだ。

ねえ、あなたたちは知らないでしょうけど、わたし、あなたたちのお父さんお母さんと年が変わらないのよ。あなたたち以上に、愛した友達がいるんだ。あなたたちと過ごした時間とは、比べ物にならないほど長い時間を過ごした、そんな友人が。

嗚呼でも、何故だろう──。



「それに、僕をこんなにしたのは、君じゃないか、アシュリー。冒険気分──そう、アシュリー、ほんと、君って最高の友人だよ! 君と居たら、もっと楽しいことに巡り合える気がする! それだけだ!」

「なっ、」

「だから──後は任せたよ」



ロンは、笑った。楽しそうに、おかしそうに。おもちゃを前にわくわくしている子どものように、楽しく笑った。笑ったまま、駒を前に進めた。白のクィーンが、ロンに殴りかかる。石の拳が、ロンの頭を吹っ飛ばした。ハーマイオニーの甲高い悲鳴が轟く。目の前で、笑いながら倒れていくロンを見て、私はただ困惑するだけだった。どうして、どうしてそんな理由で、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──。



「アシュリー、動いて!!」

「!」

「早く、チェックメイトを!!」



ハーマイオニーの声が、私を呼び醒ました。そうだ、こんなところで呆けている場合じゃない。私はキングの元へ進んだ。白のキングは、王冠を私の足元へ捨てた。チェスの駒は左右に分かれ、次の扉まで道を開けてお辞儀をして、動かなくなった。



「「ロン!!」」



ハーマイオニーと二人で、ロンを抱きかかえる。ロンは頭から血を流しながら、気絶している。意識は戻りそうになかった。私は、ロンを抱きかかえ、杖を取りだした。



「エピスキー!」



せめてもの応急処置をと、杖を振う。まだあまり上手く使えないが、止血ぐらいは出来る筈だ。ハーマイオニーは目に涙を浮かべている。私はロンを部屋の隅に運んで、その上に透明マントをかぶせた。ロンの姿は、たちまち消える。



「ハーマイオニー、ここに残ってロンを護っていて欲しいの」

「えっ!?」

「ここから先は──私一人で、行くわ」

「そんな、どうして……」

「──嫌な、予感がするの」



涙を眼に浮かべているハーマイオニーを真っ直ぐ見つめて、そう言った。嫌な予感がするのだ。私の勘が正しければ、恐らく、原作通りの展開にはならない。



「二人で透明マントを被って、ここに居て頂戴。いい、例え誰が来ても、マントを脱いでは駄目よ。息を殺して、ただここで待っているの。そして、待っている間に、ダンブルドアに手紙を書いて、ヴァイスに持たせてやってほしいの」



ローブからヴァイスを引っ張り出す。いきなり引っ張られてびっくりにしたのか、ヴァイスは不満げにホーと鳴いた。はいはいごめんごめん。ハーマイオニーに、羽根ペンと羊皮紙、ヴァイスを差し出す。



「本当はロンを連れて戻って手紙を出してほしいんだけど、嫌な予感がしてならないの。ここを動かず、ここでダンブルドアに手紙を出して。ハーマイオニー、できるわね? ヴァイスは人見知り激しいから、手紙を持たすのには、ちょっと苦労するかもしれないけれど……」

「──分かったわ。あなたを信じるわ、アシュリー」



意味の分からないであろう指示だが、ハーマイオニーは真っ直ぐに応えてくれる。その、曇りない信頼に、また胸が痛む。その痛みに、気付かないようにハーマイオニーに、事実に、現実に、背を向ける。次の扉を見据えた。



「ねえ、アシュリー」



ハーマイオニーが、か細い声で話しかけてきた。私は、振り向かないまま返事をした。見ていられなかった。目にしていられなかった。私を真っ直ぐに信じる瞳を。心を。



「あなただって──ロンを、一心に信じたじゃない」



ハッ、とした。思わず、振り返りそうになった。心臓を鷲掴みにされたような気分になった。どうして、ハーマイオニーが。いや、カマをかけられているのか? ドキドキ、ズキズキ、心臓が早鐘を打つ。



「それって、そういうこと[・・・・・・]じゃないかしら」



責める様にではなく諭すように、彼女はそう言った。ハッキリとは言わなかった。それが、とてもありがたかった。彼女の優しさを、感じた。そう、私は確かに、ロンを信じた。ロンの采配が正しいものだと、信じて彼の指示に従った。だけどそれは、彼のチェスの腕を知っているから。彼が原作で行ったことを、知っているから。決して“そういうこと”ではないのだ。だって私はそう簡単に割り切れない。そう割り切っていけない筈なのだ。

嗚呼、なのに。それなのに。



「──行ってくるよ」



私は今、確かに笑っていた。笑って、足を進めていた。笑いながら、前に進んでいた。今そこに、確かな“自分”を感じながら。ハーマイオニーは、何も言わなかった。無言で、私の背中を見つめていた。改めて──感じた。あの、ハロウィンの夜、トロールをやっつけた日と同じ、確かな、“芽生え”を。

今度は、私が“私”と自覚した上で──だ。


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