そうこうしているうちに、あっという間に夜中になった。ハーマイオニーはこれから突破しなければならない呪いを一つでも見つけようとノートや本を読み漁っていた。ロンは落ち付かない様子でうろうろしていた。そんな私たちを見る寮生たちの目は冷たかったが、うるせえそんなことどうでもいい。これから命懸けようって時に、そんなこと気にしてられない。 談話室に人気が無くなってきたので、私は寝室から透明マントとハグリッドに貰った笛を取りに行った。歌なんか歌える気がしないからだ。かといって笛なんか吹いた事無い。せいぜい、リコーダーがいいところだが、声帯震わせるよりはマシと判断した。 「ん」 透明マントを掘り返している時、ママのヘアピンを見つけた。クリスマス以降、マントと共に仕舞いこんでいたものだ。しばらくピンを見つめていたが、やがてピンを取り出して、前髪を分けるように差した。なんとなくだが、つけて行こうと思ったのだ。 パパの透明マント、ママのヘアピンを宿し、私は立ち上がった。 「ホー……」 振り返ると、窓際に、寂しげな顔をしたヴァイスがいた。いつもこの時間はふくろう小屋に居る筈なのに、今日に限っては、寝室に連れて来ていたのだ。 「お前も一緒に行くんだよ、ヴァイス」 「ホー?」 「じっとしててな」 ローブの中に、ヴァイスを迎え入れる。ヴァイスは暴れる様子も騒ぐ様子もなく、大人しくローブの中で丸くなっていた。かわいいやつめ。さて、夜十一時半。みんなも寝静まったころだろうし、そろそろ行くか、とハーマイオニーとロンを促した。そこに──。 「君達、何してるの?」 ネビルが、肘掛椅子の影から現れた。顔は青ざめて、唇を震わせている。怒っているのか、失望しているのか、あるいは両方なのか。 「また外に出るんだろ?」 「ネ、ネビル……そ、そんなことはないわ。出てなんかいかないわ」 「見つかったら、グリフィンドールはもっと大変なことになる。アシュリー、君一人の為に、グリフィンドールの点数を引かれる訳にはいかない!」 「ネビル!」 「行かせるもんか! 僕、君達と戦う!!」 ネビルは分かっている。いざ戦おうとしても、勝てないことが。私にもハーマイオニーにも、ロンにだって勝てないことを。彼は自分の実力を誰よりも理解しており、その現実をいつだって痛感している。そう、彼はいつだって、残酷なリアルを見ている。 だからこそ、私の愚行を止めに来たのだ。他でもない、“グリフィンドール”のために、友達に立ち向かうのだ。 「ネビル、あなたの誠意と勇気に応えて、私は全力でいくわ」 「アシュリー!」 「時間が無いのよ!」 「一瞬で終わるわ」 「──やってみろ!!」 焦るロンとハーマイオニーに、飛びかかってくるネビル。一直線に襲いかかってくるネビルに、私は、腰を据えて拳を握り締めた右手を少しだけ引いてから、一気にネビルの間合いに踏み込んで、がら空きの腹部に右拳を叩きこんだ。 「がッ、う、ぐぅ……っ!」 ネビルは一瞬低く呻いてから、そのままなし崩しに床に倒れ込んだ。ピクリとも動かなくなったネビル。まあ、うん、全力で殴ったからね。伊達に何年もボクシングしてないし。一応ずっと鍛えてきたわけだから、例え私が小柄であろうとも、今の、まだわりと小柄なネビル一人吹っ飛ばすのに杖など必要なかった。ロンとハーマイオニーは、なんてことを、と言わんばかりの顔をしていた。 「ネビルが杖を抜けば私もそうしたわ。でも、拳で襲いかかってくるのに、杖を振り上げるのは、不誠実な気がしない?」 「だ、だからって殴らなくたって……!」 「言ったでしょ、誠意に応える、と。──誇りなさいネビル。あなたは十分に勇猛果敢なグリフィンドール生だわ。とっても、かっこよかったわよ」 もう、聞こえちゃいないだろうけど。ぴくりとも動かなくなったネビルを床に転がしたままにして、私たちは透明マントを被って談話室を飛び出した。 正直、原作通りに事が進むのなら、私が行かなくともクィレルは石を手に入れることはできない。鏡の仕掛けは、“石を必要としない者に石は与えられる”というものだから、どんなに待ってもクィレルは石を得られない。だが、だけど、本当に原作通りに事が進むのだろうか。私が、杖が、ヴァイスが、他にもたくさんのことが原作と違うこの世界で、一体何が“確実”なのかなんて、誰にも分からない。クィレルが、ヴォルデモートが、鏡のトリックに気付いて、鏡ごとトンズラしたら? 罪のない人を服従させ、鏡から石を取り出させたら? そんな“可能性”を上げていけば、やはり私は動かずにはいられなかった。私が行けば、石の入手は阻止できると言う、“可能性”の方が大きいからだ。 何事もなく、禁じられた四階の廊下に辿りついた。途中でピーブズとかミセス・ノリスとすれ違った気がしたし、なんか言われたような気もしたが、きっと気のせいだ。そう思い込めるほどに、私は気を張り詰めていた。 「ねえ、二人とも」 扉の前に立ち、二人を振り返る。背後から、フラッフィーの唸り声が聞こえる。その扉の向こうは、何が起こるか分からない。危険が、未知が、溢れている。 「今なら、まだ間に合うわ。恨んだりもしないし、憎みもしない。あなたたちが健全な学生生活を送りたいと言うなら、今すぐマントを持って寮に戻りなさい」 「バカ言うなよ」 「一緒に行くわ」 「後悔しないわね?」 二人は、重々しく頷いた。私は、それ以上追及しなかった。 「じゃあ、ハーマイオニー。私が笛を吹くわ。笛を吹き始めて、フラッフィーの寝息が聞こえたら、解錠してちょうだい。呪文は、分かるわね?」 「えぇ、勿論よ」 「アシュリー、笛なんか吹けるの?」 「そんなのテキトーよ、テキトー」 無難にチャルメラでも吹いてみようか、なんて思いながら適当に笛を吹いてみる。どこがドでレなのかちっとも分からない笛で吹くメロディーは物凄い微妙だったけど、それでも扉の向こうでフラッフィーの唸りが消え、地響きのような寝息を立て出した。ハーマイオニーに目で合図し、扉を開けさせる。フラッフィーはごろんと床に横たわって、ぐっすり寝ていた。こんなんでほんとに寝るのか。ちょろすぎだろ地獄の番犬。 「アシュリー、君って何でもできる人だと思ってたけど、そうでもないんだね」 「バカねロン。そんなの彼女の天文学の成績を見れば、すぐ分る事じゃない」 私の素晴らしい笛の音を聞いての二人の感想だった。そこ、聞こえてるぞ。目でそう言うと、二人は慌てて隠し扉を探しだした。暗闇の中、ひょろっちいメロディーとフラッフィーの寝息が響く部屋。なんとも変な感覚だった。すると、ロンが隠し扉を見つけたらしい。引き手を引っ張り、扉を開けると、床にぽっかり穴が開いていた。 「ここを落ちていくしかないみたいだ。アシュリーは笛吹いてるし、僕から行くよ」 「ロン、大丈夫?」 「ここでくじけてちゃ、先に進めないだろ? 先に行って、何があるのか見てくるよ。アシュリー、いいか?」 ロンの言葉に、私は頷く。下は植物まみれだから、落下しても平気なはずだ。ロンは青い顔をしながら、決死の覚悟、といった表情で床の穴に落ちていった。私は笛を吹き続け、ハーマイオニーは不安げに床の穴を見つめていた。しばらくしてから、ドシン、という重い音が聞こえた。 「オーケーだ! クッションみたいなのがある!」 ロンの元気そうな声に、ハーマイオニーが安堵の息を漏らした。が、すぐに真面目な顔になり、私をちらりと見る。私が頷くと、ハーマイオニーも飛び降りていった。さて、私も飛び降りよう。笛の音が止んで、フラッフィーが起きたとしても、この小さな穴に入れるはずもないだろう。 「これ、悪魔の罠よ!! 動けば動くほど、対象物を絞め殺そうとしてくる植物よ! ええとええと、スプラウト先生は何て言ってたっけ……」 私が落ちようとした時、穴の下からハーマイオニーの悲痛な声が聞こえた。冷静なハーマイオニーが驚くほど慌てているので、思わず失笑してしまった。が、いつまでもここにいるわけにもいかないので、笛を吹きながら私は穴に飛び込んだ。冷たく湿った空気を切って、下へ下へ落下していく感覚は、箒に乗っている時に似ていた。そういや最近、ニンバス二〇〇〇に乗ってないなあ……。 「悪魔の罠は暗闇と湿気を好む……だっけ……ええと……」 「じゃあ火をつけてよ!」 「そうだわ、それよ! でも薪が無いの!!」 「気が狂ったのか!? 君はそれでも魔女かよ!?」 そんなロンとハーマイオニーの漫才を聞きながら、ドスン、と私も植物の上に落下する。ロンとハーマイオニーは既に蔦にぐるぐる巻きになっていた。 「あっ、そうだった! ラカーナム・インフラマーレイ!」 ハーマイオニーの杖から、リンドウ色の鮮やかな炎が噴き出した。蔦が震えあがるのが分かる。たちまち蔦は二人を解放して、植物の下の階層へ落下した。私も後を追う。 「二人とも、大丈夫?」 「ああ……ハーマイオニーが、薬草学を勉強しててくれてよかった」 「えぇ。それにしても、『薪が無いわ』、だなんて……全く……」 ハーマイオニーはぶつぶつと言っている。そんなハーマイオニーにくすくす笑いながら、私は奥へ続く石の一本道を指差した。 「まだまだ、先は長そうよ」 「臨む所だ」 「全く私ったら……」 先を見据える私達の後ろから、ハーマイオニーの悔しそうな声が追いかけた。 |