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透明マントが戻ってきたことをロンとハーマイオニーに伝え、あれこれと論じたが、結局何のために私を襲ったのか分からなかった。私ですら分からない。疑問が疑問を呼び、多方面に不安を抱えながら、学期末試験の時期になってしまい、そんな疑問を胸に抱えるくらいなら魔法史の教科書を開いた方が為になる、と三人で頷きあった。

そう、試験が始まってしまったのだ。相変わらず胸糞の悪い夢を見て、更に最近では森の光景での夢も見るようになって、私の額の傷は毎日ズキズキと痛むばかりだった。うだるような暑さ、慢性的な睡眠不足もあって、意識が若干朦朧としながら私は試験に臨む羽目になってしまった。



「ブラボー! ミス・ポッター!!」



それでも、実技試験はまず間違いなく満点を取れたと思う。妖精の呪文の試験である、パイナップルをタップダンスさせるのも上手く行った。アレンジも加えて机の端から端まで軽快なターンのステップも加えた。変身術の試験は、ねずみを嗅ぎたばこ入れに変えるものだった。一応独学で生物を生物に変える勉強をしている私にとって、こんなもの朝飯前だった。《動物もどき》には程遠いが、嗅ぎたばこ入れは完璧以上にしてみせた。魔法薬は……うーん、微妙な所だ。材料が虫ばっかだったので、気持ち悪さに耐え切れず乱雑に切ってしまった気はする……スネイプは相変わらず私を見ようとはしない。ほんと腹立つし額の傷は痛い。くそ。

闇の魔術に対する防衛術の試験は筆記だった。実技じゃねーのかよ、と文句を言いながらヴァンパイアの弱点とその簡単な対処法についてのレポートを書いた。終わり際、筆記回収される段階になって、私はここ数カ月ぶりに自分の目にクィレルを映した。というのも、奴を見るたび、額の傷がズキンズキンと痛むので、意識的に視界に入れないようにしていたのだ。

奴は何故か、右手に包帯をぐるぐる巻きにしていた。このくそ暑いのに。



「クィレル、怪我してるわね」

「本当だ……スネイプに何かされたのかな」

「でも、見えるようにやるかしら……」



少し引っかかったが、そんなことより次の試験の為に勉強しなければならなかった。なんたって次は天文学だ。私の天敵中の天敵なのに、大丈夫だろうか……。

天文学の試験は、とある位置の星座の動きとその隣接する星座の動きについて書かされた。死ぬかと思った。私には点と点にしか見えないんだけどなんだろうコレ。ふうちょう座に隣接する星座ってなんだよー!! そもそもふうちょう座ってなんだよー!! 隣接するって何が? もう分かんない……っ!!

絶望に瀕しながら、試験後、私はふらふらと大広間を出た。



「ああ、ハーマイオニー! 私、進級できた自信が無いわ!」

「落ち付いてアシュリー! 少しは出来たでしょう?」

「そりゃあ書くだけ書いたけど……ああでも、ふうちょう座に隣接する星座、私二つしか書けなかったの……教科書見たら、七つもあったわ! 半分以上書けていないなんて……もうだめよ……私、きっと留年だわ……」

「君って本当に天文学は駄目なんだなあ……でもアシュリー、終わったことを嘆いてる暇なんて無いぜ。まだ薬草学と魔法史が残ってるんだから」



ロンの言うとおりだった。嘆き叫びたい気持ちをぐっと堪え、温室まで向かう。こんなに苦手に思う科目があるなんて思わなかった。ヴォルデモートから賢者の石を守っても、私が進級できなきゃ何の意味もないじゃん……。

薬草学は簡単だった。ハナハッカの生態についてのレポートと、クサカゲロウの苗を移し替える、という実技だった。ネビルが鮮やかに作業していたのを見て、やはり彼にはこういう才能があるのだと思った。魔法薬では閻魔大王に出会った罪人みたいな顔してたけど、得意科目でのネビルの顔は活き活きとしていた。私も変なミスはしなかったように思う。そして最後の魔法史の試験は、『鍋が勝手に中身をかきまぜる大鍋』を発明した風変わりな老魔法使いについて記述した。魔法史は好きではないが、暗記には自信があったので、難なく答えられた。

幽霊のビンズ先生が羽根ペンを置きなさい、とコールをかけた時は、こんな状況下だが私も他の生徒たちと一緒に歓声を上げた。お、終わった……十週間に渡る戦いが……ここに終わった……!! 他の生徒たちと一緒に大広間を出て、夏の日差しが眩しい中庭を三人でのんびり歩いた。私へ対する全校生徒の態度が軟化することはなかったが、最近は慣れてしまったのかさほど気にならなくなった。人間って図太い。



「もう復習しなくていいんだ」



ロンが歓声を上げた。ハーマイオニーも穏やかな顔をしている。この二人はあの光景を目にしていない所為か、試験に全てを費やした所為か、最近は石について何も語らなくなった。ただ、私が日々魘され、額の傷の痛みに耐えていることについては、ちゃんと指摘してくれた。



「アシュリー、そんな眉間に皺寄せるなよ。心配しなくたって、ダンブルドアがいる間は石は無事だって。ましてや、ハグリッドがダンブルドアを裏切る訳が無いんだから」

「ええ、それは分かっているけど……」

「でもあなた、最近夜とっても魘されているわ。前のとは違って……すごく、痛そうなの。額を押さえて、ベッドを転がり回っているのよ」

「ほんとに大丈夫かよ、アシュリー。一度、マダム・ポンフリーのとこに行った方がいいんじゃないか?」

「病気じゃないのよ、これ……多分だけど」



あいつの力が強くなってきている証拠なんだ。額の痛みに、私の顔は日々険しくなる一方だ。ロンとハーマイオニーに心配をかけてしまうけど、私にだってどうすることも出来ない。

けど、そろそろ──君達は、気付かないといけない。



「──ねえ、おかしいと思わない?」

「「何が?」」

「ドラゴンの飼育は違法なのよ。ドラゴンは危険だし、誰も飼いたいとは思わない。そもそも、孵化させるのにも知識がいるわ。けど、そんな中で珍しく、“ドラゴンを飼いたい”と思うハグリッドの前に、“たまたまドラゴンの卵をポケットに入れた人”が現れる──上手すぎる話だと思わない?」

「「──!」」



二人の顔は、サッと顔を青ざめた。弾かれるように立ち上がって、三人で校庭を横切って、森の傍のハグリッドの小屋に全力疾走していた。二人の脳内には、最悪の顛末が描かれていることだろう。実際、その通りなんだけど。

ハグリッドは、家の外にいて、のんびりとファングと二人で過ごしていた。私たちの姿を捉えると、ニコっと笑った。人の良さそうな、優しい笑顔。



「よう、試験は終わったか。茶でも飲むか?」

「えぇ、ありがとうハグリッド。それより聞きたいことがあるの。ドラ……じゃなくて、ノーバートを賭けで手に入れた時のこと覚えてる? その相手って、どんな人だったの?」

「分からんよ。マントを着たままだったしな」



ロンとハーマイオニーは絶句していた。それもそうだ。最悪の顛末に、一歩近づいてしまったのだから。



「どんな話したか覚えている? ホグワーツの話とかした?」

「そうだな……ドラゴンを欲しいと言う話をして……あまり覚えとらんのだ、なんせ酒を次々に奢ってくれるからな……そうさなあ、うん……ドラゴンなんて、フラッフィーに比べりゃ、可愛いもんだと……フラッフィーなんか、ちょいと音楽を聞かせりゃすぐにねんねしちま──」



そこまで言うと、ハグリッドはしまったという顔をした。それと同時に、ロンとハーマイオニーは弾かれるようにして校内へ走って行った。私も後を追う。



「お前たちに話しちゃいけなかったんだ!! 忘れてくれ! おーい、どこへいくんだ!!」



そんな声を背中に浴びながら、三人で玄関ホールに駆け込んだ。外が暑かったが、中はひんやりとしていた。その冷たさが、熱くなった思考を冷静にしていく。



「最悪な展開になったわね。ハグリッドは、怪しい奴にフラッフィーの手懐け方を教えてしまった。こうなったらもう、石までの防壁なんか紙に等しいわ」

「なんとしてでも、ダンブルドア先生に報告しなきゃ!!」

「僕たちの話なんか信じてくれるかな……それより、校長室ってどこなんだろう」

「──そこの三人、何をしているのです」



わたわたとしている私たちを、呼びとめる厳格な声。振り返ると、そこにはマクゴナガル先生がいた。ロンとハーマイオニーにちらり、と目配せをする。二人は、頷いた。



「先生、至急ダンブルドア先生にお目にかかりたいんです」

「ダンブルドア先生に? ダンブルドア先生は、十分前にお出かけになりました。魔法省からの緊急のふくろう便が来て、すぐにロンドンへ発たれました」

「ダンブルドアがいない!? こんな肝心な時に!?」

「ウィーズリー、ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変ご多忙でいらっしゃいます」

「でも──っ!」

「ロン、いいわ。ではマクゴナガル先生、ごきげんよう」



物言いたげなロンの首根っこを引っ掴み、私はにこやかな笑みを浮かべてハーマイオニーの手を取ってマクゴナガル先生と距離を取った。三階の誰もいない空き教室まで二人を連れてくる。



「何すんだよ、アシュリー!」

「マクゴナガル先生が、私たちの戯言を信じてくれるわけが無いわ。賢者の石の存在は、本来生徒には気付かれてはいけないんだから。大体、情報の出所を吐かされたら、ハグリッドがクビになるでしょう」

「それも……そうか。でもどうするんだ!?」

「ダンブルドアが居ないんじゃ、今晩が絶好の仕掛け日和ね。今晩奴は、フラッフィーを突破して石を手に入れるでしょう。ダンブルドアが魔法省に顔を出した時、連中、どんな顔するのかしらね」

「どうしてあなたは、そう楽観的なの!?」

「決まってるわ。奴らより先に、私が石を手に入れてみせる」

「正気か!?」

「気は確かなの!?」



二人とも、実際どうすればいいのか分からないのだろう。今晩が格好の石を獲得できる状況となって、頼れるのは自分たちだけ。大人に言っても取り合ってもらえるはずが無い。だとしたら──行うべきは、一つ。



「だめよ! 絶対にだめ! 今度こそ退学になっちゃうわ!」

「あら、面白いジョークね、ハーマイオニー。私の両親を殺した男が今晩にでも甦ろうって時なのよ? 分かっていないようね、ヴォルデモートはダンブルドアに手出しできなかったのと同じで、ダンブルドアもまた、ヴォルデモートに止めを刺すことが出来なかったのよ。奴が甦れば、再び暗黒の時代になるわ。そしたら──そうね、私はただ、ダーズリー家でヴォルデモートがドアを蹴破ってくるのを待ってればいいかしら?」

「そんな──だって、僕たちに、何が出来るって、」

「何もしなくたって、奴は今晩石を手に入れる。だって、阻むものはもう何もないもの。私が行って時間を稼いでいる間に、ダンブルドアが戻って来てくれることを願うわ。悪いけど、これ以上減点されようが、私は今晩仕掛け扉を破りに行くわ。どうせ待ってても死ぬのなら、少しでも可能性のある方に賭ける。私は──死にたくないのよ」



初めて──この子たちに、本音を吐露したような気がした。

そう、私は死にたくない。生きていたい。それは、生物として当然の本能。私のためにも、“私”の為にも。決めたの、私は必ずヴォルデモートを殺す。そして、アシュリーとしての安穏を掴む。そしてそこから、ゆっくりと“私”の記憶を思い出と共に、そのまどろみの中に浸っていたい。そう、それが目的。その為に、私は戦わなければいけない。

私の言葉に、二人は押し黙っていた。けれど、先ほどまでの絶望した様子はなく、どこか勇気の奮った表情を浮かべてる。



「──えぇ、その通りよ、アシュリー」

「透明マントが戻ってきたのはラッキーだったな。でも三人も入るか?」

「ついてくるつもりなの?」



本音を言うと、ついて来て欲しい。あの仕掛け扉を突破するには、私一人の力では無理なのだから。だけど、こんな小さな子を命の危険に晒すマネはしたくない、と大人として自制をかける声も脳裏によぎる。



「馬鹿言うなよ。君一人を行かせるわけ無いだろ」

「勿論、そんなこと出来ないわ。こうしちゃいられないわ、アシュリー、今からでもいいわ、あなたがこの一年勉強してた魔法を教えて頂戴。いいえ、それよりもアシュリーの知らない知識を身につけましょう! 今から図書室へ行ってくるわ! あなたたちも来るでしょう?」



ロンは、当然、と胸を張った。その目は、爛々と輝いている。ハーマイオニーは、やる気に満ちた表情で瞳に闘志を燃やしている。

嗚呼。本当に、子どもというのは、本当に真っ直ぐで、命知らずで、蛮勇で、愚かな生き物だ。私の為に、命をかけてくれるなんて。そんなあなたたちを、胸を張って“友人”と言えない自分が、とてもみじめで、恥ずかしいように思った。友達なんだよ、あなたたちは、紛れもないアシュリーの友達なんだよ。



例え──“私”にとって、そうでなくても。


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