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フィレンツェに抱きかかえられ、暗い森をしばらく進んで行くと、私たちの目の前に、大勢のケンタウルスが現れた。誰も彼も、暗い顔のままで私を──違うな、フィレンツェを見ている。



「フィレンツェ!」



ロナンと……えーと、ベインだったっけ。原作では怒ってたけれど、今の二人は怒っている、というよりは、困ったような顔をしていた。



「フィレンツェ、忘れてはいけない。我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起こるか読み取った筈じゃないかね?」

「ケンタウルスは予言されたことに関心を持てばいい。その子を救うことなど、予言には読まれていない筈ではないのか?」

「ロナン、ベイン。あのユニコーンを見なかったのですか? 何故殺されたのか、君たちには分からないのですか? それとも惑星がその秘密を君たちには教えていないのですか?」



ロナンとベインとフィレンツェはこんなところで口論を始めてしまった。ケンタウルスは星の動きから未来を読み取り、それを静観することを良しとする生き物である筈。私にはあと三回生まれ変わってもできないような芸当だ。それが生来のケンタウルスの在り方であるなら、おかしいのはフィレンツェということになるけれど、しかし……。



「フィレンツェ、お、おろして!」

「アシュリー・ポッター?」



不思議がるフィレンツェだったが、ゆっくりと私を降ろしてくれた。湿った草木の上に足がつくのを確認してから、私は深々と頭を下げた。



「初めまして、こんばんは、私はアシュリー・ポッターです。先ほど、ユニコーンを殺した者に襲われていた所、フィレンツェに助けられた者です」

「あぁ……こんばんは、ヒトの子。私はロナン、こちらはベインです」

「初めまして」



もう一度、ぺこり、とお辞儀をする。二人のケンタウルスは、私を見降ろしたままだ。その目に私が映っているのかはよく分かんない。だって星ばっかり見てる様な種族だし。でも、ケンタウルスはM.O.M分類は四だ。彼らには、敬意ある態度で接しなければならない。



「私には星の動きは読めません。ちっとも分かりやしません」

「当然です。ヒトにそんな知能はない」

「えぇ。だからこそ、例え私が助かる運命が読まれなかったとしても、フィレンツェが私を助けたことが、どうしてマイナスになることでしょうか。ロナン、ベイン、あなたたちは、よもや自分が死にかけてまで、ただ星を眺めているだけなのですか」

「どういうことだ、ヒトの子よ」



侮辱されたと勘違いしたのか、ベインが唸り始めた。



「だってそうでしょう、この森には、ユニコーンを殺し、その血を啜ることで命を永らえようとしている愚か者がいます。その愚か者はかつて人を殺し、私の両親を殺し、私の額に傷をつけた者です」

「そんなことは分かっている。だから何だと言うのだ、ヒトの子よ」

「そこまで分かっていて、どうして静観を決め込むのですか。かの愚か者が、どうして、あなたたちケンタウルスに牙を向かないと断言できる!?」



今、ヴォルデモートにそんな力はないけれど、でもあと三年もすれば奴は本当の命を得る。それから数年もすれば、この森は奴らの仲間が闊歩することとなる。この森は、真の意味で禁じられた森になってしまうのだ。



「だからって、あなたたちに力を貸してほしいとも言わない。だけど、フィレンツェのことだけは、許してあげてください。フィレンツェを、この森に忍びよる物に立ち向かう彼を、悪く言うのは止めて下さい!!」

「「!」」

「彼は私の命を救った。そして私はいつか、その愚か者を打ち滅ぼす! その未来を、彼が繋いだ!! それだけのことを、彼はしました!!」



ロナンとベイン、フィレンツェでさえ、私をまじまじと見つめていた。驚いたような顔で、ぽかあんとしている。もしかして何言ってんだこの下等生物はとか思われてたりするんだろうか。それでも、

それでも、この命は。



「救われた私の命に──ケチつけるのは止めて頂きたい!」



私の命は、決して無駄な物ではないのだから。

言い切って、沈黙が続く。ざわざわと木々が風に揺らされる音が、よく聞こえる。暗闇の中、二人のケンタウルスがどんな顔をしているのか、私には良く見えない。そんな中、最初に動いたのは、ロナンだった。栗毛を靡かせて、蹄で地面をかいた。冷静そうな彼らしく、穏やかな笑みを浮かべている。



「アシュリー・ポッター。ケンタウルスは人間に協力したりはしない。天に逆らったりもしない。けれど、君の誠意と勇気あるその言葉に、我々は友情の意を込めて、此度のフィレンツェの件は不問としましょう」

「ロナン! いいのか!」

「ベイン。彼女の言う通りです。如何に星を読むのが我々の責務とは言え、その行為自体を脅かす者がいることは、確かなのです。……さぁフィレンツェ、その少女を安全な場所へ」

「感謝する、ロナン」



そう言って、フィレンツェは私を再び抱き上げる。ロナンとベインにお礼を言って、フィレンツェは私を抱えて城に向かって駆けだした。



「全く、あなたという人は……私の為に、ロナンを説得する人間がいるとは思いませんでした。ハグリッドでさえ、そんなことはしないでしょう」

「だってフィレンツェは、私を助けれくれたから」

「僕は、この森に忍び寄る物に立ち向かうため、君と手を組もうとしただけです。しかしアシュリー・ポッター。この森に居る者の正体を分かっていて、何故ああも果敢に挑んだのです?」



そんな危険、そんな愚行を何故、とフィレンツェに問いただされる。



「……許せなかったの。あんな綺麗なユニコーンをああも腐した、男の事を」

「アシュリー・ポッター……君は、損をする性格をしている」

「そう、かしら。初めて言われたわ」

「もっと君は、己の命を大切にした方がいい」



少し、心外だと思った。だって私は、誰よりも何よりも死にたくないと思っているのだから。誰よりも何よりも、己の為に生きている人間のつもりだ。なのに他人から、そんな風に言われるだなんて、意外というか何というか。異論を唱えようと口を開くも、森の茂みをかき分けて現れたハグリッドの大声によって、それはかき消された。



「アシュリー! 平気か!!」



いつのまにか、城の近くに来ていたようだ。フィレンツェに降ろしてもらい、ハグリッドの側へ駆け寄る。ファングも一緒だった。そういやいつの間にかファングだけいなくなってたな。臆病だからって私を置いて逃げやがったな、なんてワンコだ。



「ファングだけが逃げ帰ってきよった。何かあったのかと思ってな……おぉ、フィレンツェ。久しぶりだな、うん?」

「えぇ、そうですね」



フィレンツェは恭しくハグリッドにお辞儀をする。それを横目に私は今夜の罰則の報告をする。



「ハグリッド、森の奥でユニコーンが死んでいたわ」

「そうか……助けられんかったか……」



ハグリッドの落胆した顔に、胸が痛んだ。そのユニコーンは、私が見殺しにしてしまったのだから。私が何もしなかったばっかりに、死んでしまったのだ。

黙りこくる私の横で、フィレンツェがくるりと方向を転換した。



「アシュリー・ポッター。ここでお別れです。君はもう安全です」

「フィンレンツェ……ありがとう。助かったわ」

「幸運を祈りますよ、アシュリー・ポッター。ケンタウルスでさえ、惑星の読みを間違えたことがある。今回もそうなりますように……」



そう言って、フィレンツェは、輝く毛をたなびかせて森の奥へ去っていった。私はハグリッドに別れを告げて、ふらふらと城へ戻っていった。ユニコーンを見殺しにしたこと、殺されかけたこと、みっともなく悲鳴を上げたこと、ケンタウルスと話したこと、色んな事が頭をぐるぐるした。これが、まだ数十分前の出来事だなんて、誰が信じられよう。

暗くなった談話室で、ロンとハーマイオニーはそれ以上に暗い顔で私を待っていてくれた。二人とも、私の顔を見るなり安堵の色に包まれたが、私がどんな目にあったのかを話して聞かせると、見る見るうちに顔色を悪くしていった。



「じゃ、じゃあスネイプは『例のあの人』の為に石を欲しがったの!?」

「きっと、星ではヴォルデモートが復活して、私が死ぬって読まれていたんでしょうね。だから私の命を救ったフィレンツェを、咎めようとしていたのね」

「そ、その名前を言うのはやめてくれよ!」

「ケンタウルスたちは、私がヴォルデモートに殺されるのを待ってろ、って言いたかったのかしらねえ。全く、人の命をなんだと思ってるのかしら」



マグル生まれのハーマイオニーはまだしも、魔法界生まれのロンの怖がりようはすごかった。ただの名前に、そこまで怯えるとは。実際に本物を見た訳でも、何かされた訳でもないのに。ただの殺人者の名前に、ここまでの恐怖を植え付けるなんて。

すると、ハーマイオニーがハッとした表情で顔を上げた。



「でもね、アシュリー。ダンブルドアは、『あの人』が唯一恐れている人だって、みんな言うじゃない。ダンブルドアが傍に居る限り、『あの人』はあなたに指一本触れることはできないわ」

「で、でもさ、ハーマイオニー!」

「それに、ケンタウルスが正しいなんて誰が言った? 私には占いみたいに思えるわ。マクゴナガル先生が仰っていたでしょう。占いは魔法の中でも、とっても不正確な分野だって。それに、あなたの一番大嫌いな、星での運命なのよ? そんなもの、信じられる?」

「最後の一言は余計だったわね、ハーマイオニー……」



まあ信じてないよ。占いごときに命運を左右されてたまるもんか。

話し込んでるうちに空が明るくなってきてしまったので、みんなでベッドに戻ることにした。もうくったくただ。一日に色んな事があり過ぎたせいだ。あー、もう、ハリーの精神どうかしてるよ。こんなこと一年で何度も経験しなきゃいけないなんてなあ……なんて言いながら、ベッドのシーツをめくった。そこには、綺麗に畳まれた透明マントが置いてあった。『必要な時の為に』という、細く風変わりな文字が綴られたメモと共に。



「な、ぜ──」



マントは、クィレルが持っている筈じゃ……? じゃ、じゃあ、クィレルは何のために私を襲ったんだ……!? そりゃあ、透明マントはこれから手元にないと困るっちゃあ困るから、返ってきてくれて嬉しいけれども……。



「やっぱり……順調には、いかないわね……っ」



ああもういいや。今は疲れを癒すのが先だ。ベッドに身を沈めることにした。生きてる。そして、マントも手元に戻ってきた。それだけあればいい。それで十分だ。明日また、考え直すことにしよう──……。


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