簡素なアパートの並ぶ辺りの、その中でも頭一つ階が高いアパートの最上階の一室のドアをドンドンと叩くと、しばらくしてから、紺のノースリーブのアンダー、それと同じ色の下衣姿である、やる気のない口布付きの顔が覗いた。

「……どうしたのよ。さっき別れたばっかだってのに」

「いいだろ。なんか……会いたくなったんだってばよ」

カカシに伝える用の動機など考えていなかったから目を背けて言えば、「……ま、入れ」とカカシがドアを大きく開ける。
ナルトが滑り込むようにして部屋に入ると、ドアはバタンと閉められた。



部屋に入ってから、そわそわと落ち着かないナルトは自分の爪先でもう片足の膨ら脛をカリカリ掻いたりしながら立ち尽くしていた。

カカシの部屋には数えるぐらいしか来たことがなく、まだ自分の定位置を見つけることも出来ていない状態だ。
それに、カカシの格好。
確かに近頃、暑くなってきたし、その関係だと思うが、普段のシャツを脱いで、二の腕まで剥き出しの薄手のアンダー。普段は目にすることのない引き締まった肌と筋肉が目に入り、伸縮性のある生地なのか覆われている胸や腹に布はぴたりと張り付いて、よくよく目をこらせばカカシの身体のラインが分かりそうだ。
いい加減、カカシとの関係を進めようと思ってきたのに、目のやり場に困り、怯みそうである。

「……お前、本当に何の用もなく来たの?」

不意に、背後からカカシに声をかけられ、ナルトはびっくうと肩を跳ね上げた。

「なっ、何だよ!ワリィかよ!」

「別に。……ただ、何か言いたそうな顔してるから、ね」

「……」

そう言って隣を通り抜け、優雅にベッドに腰掛けて長い脚を組む。
言いたそう……と言われれば、そうだろう。
実際、言いたいことなら色々ある。

俺のこと、本当に恋人だと思ってんの?
からかってるわけじゃないのか?

カカシからは、今に至るまで恋愛感情を匂わせる台詞を聞いたことがない。
今日、キスの日なんだってさ、と言った時も、「じゃあ、俺達もする?」とにっこり笑うカカシをナルトは想像し、期待していたが、結果は全くな有様で。
ただ、まあそうだろうな、と思う。
カカシはそういう性格なのだ。
「俺達もする?」なんて目尻を下げて言うカカシなんて、有り得ない。
期待した自分が馬鹿だった。

床を踏み鳴らしてカカシの隣に勢いよく腰掛けると、カカシは涼しい顔でナルトを見た。

「……」

ナルトも睨むようにカカシを見る。
……この口布が憎い。
付き合うようになってこの方、一ヶ月。
カカシが口布下ろしている姿はほとんど見たことがない。飯を食ったり、何かを飲んだりする時だけ。
キスする気なんてさらさらないよ、とアピールされているような気になる。たまに、この口布がカカシがナルトとの間に引いている一線に見える。
しばらく無言で見つめ合い……尤も、ナルトは睨むような感じでいたところ、「……お前、喧嘩でも売りに来たわけ?」とカカシが後ろ手をつき、組んでいた脚を解いた。

「……違うけど」

否定の接続詞を使ったナルトを、カカシは先を急かすこともなく冷静に眺める。
ナルトは俯き、頬を熱くした。
カカシはいつだって冷静沈着だし、滅多に取り乱したりしないし、こうやってナルトと向き合っていても、ナルトばかりが地上でドタバタして、カカシは天からそれを涼しい顔で眺めている感じ。
同じ位置に立っていない気がしてならない。

「……っカカシ先生はさ」

カカシの気がちゃんと自分に向くようにカカシの腕を掴んでから、ナルトは自分の手がやたら汗ばんでいることに気付いた。
緊張と羞恥の証だ。







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