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脱稿
【無題のカカオトナル】



カチャカチャと、カウンターを挟んだ向かい側で、店の店主が作業をしている音が耳に入る。辺りは酔っ払いの喧噪でざわついており、ガハハと高笑いする男達の声が耳についた。
逆行して、自分達の居る場所だけはやたら静かで、まったりとした空気が流れている。上忍服のベストを身につけた自分と、その上司。
ナルトは、はぁ……と溜め息をついた。


里一番の悪戯小僧と呼称され、近年では木ノ葉の英雄などと大それた呼び方もされていた。ナルトが十八歳の誕生日を迎えたのは、半年近く前。
十七歳であった当時、ナルトは十八歳になることに大きな期待感を抱いていた。
十八にもなると、木ノ葉では完全な成人として見なされる。
元々、忍である以上、十八歳未満であっても大抵は大人の扱いだが、身体付きまでもが完成する年頃だからだろうか。酒や煙草といった嗜好品を許可されるようになり、周りの大人達による子供扱いも格段に無くなる。
実際、十八歳になろうとするナルトの身長は百七十五センチ目前まですくすくと育っており、かつて恋心を抱いたサクラのことも悠々と見下ろしてしまう有様。上忍試験にも見事合格し、手腕を見込まれ、班の主軸として配置されることも稀にあった。
そうして十八の誕生日を迎え、忍としても、一人の人間としても、物事は実にとんとん拍子。充実感に満たされ、日々は順調。
そう思っていたが、それも束の間。目の覚めるような現実は、少なくともナルトにとっては嬉しくない形ですぐに訪れた。
同期の連中は、片や大人扱いされることで家の跡継ぎとしての責務を負い、片や実際に大人になったことで恋人を作り、それぞれが多忙になった。
傍からそれを見るナルトには、どちらもなかった。
元から家族がこの世には居ないのだから、跡継ぎがどうだなんて関係のない話だし、かつて家族のように成長を見守ってくれていた自来也もこの世にはもう居ない。
恋愛も、幼い頃、サクラに淡い恋心を抱いたのが最後。時が経つほどに想いは薄れ、今はぼんやりと霞みかかっている。憎からず思うような相手は居なかった。
特に話せるような相手もおらず、一人、任務と家を往復するだけの毎日。
近頃、疲れた身体でベッドに仰向けになり、天井を眺めることが多くなっていた。
大人になることを楽しみにしていたが、その実、現実はナルトの孤独を浮き彫りにしただけだった。


「……じゃあ、彼女が欲しいってわけ?」

カウンター席の隣に座る上司が、そんなナルトを下手に刺激しないよう心がけるかのようにグラスの酒を喉に通した後、やんわりと口を開いた。

「別に、彼女じゃなくたっていいってばよ」

「彼氏でもいいってこと?」

「そうじゃなくて、ダチでもいいんだ」

自分を優先してくれさえすれば。
言ってから、ナルトは手元で汗をかいたグラスを睨み、ふて腐れた顔をした。
元々、優先されていないからナルトは今、この席にこの男と居る。
今夜は、シカマルやキバ、チョウジやシノなどと久々に飲み明かす予定だった。誰かと過ごせる時間を、ナルトはとても楽しみにしていたのだ。
ところがまず、チョウジは家の用事で来られなくなって、シノは明日に早い任務が入ったとかでキャンセル。
ちゃんと来てくれたシカマルでさえ、上げなければならない書類があるからと一口も酒を口にせず小一時間で店を出て、最後に残ったキバは、彼女と約束があるとつい先程帰って行った。
そして、隣に座る男は、ナルトの師、兼、上司でもある――はたけカカシ。
どこから湧いて出たのかと言えば、ナルト達が居酒屋に入った時、カカシはたまたまガイとカウンター席で飲んでおり、他に席も空いていなかった為、カウンターに通されたナルト達と隣り合わせになった。
たまたまだが、合同で飲んでいるような感じになり、二時間ほどしてキバが帰ると言った時、ナルトは「オレはもうちょい飲んで行くってば」と拗ねたような口調で答え、キバが立ち上がったのを見て「オレ達もそろそろ帰るか、カカシ」とカカシに声をかけたガイに、カカシは「オレはもうちょい飲んでから帰るよ」と答えた。
そんな経緯で以て、居酒屋のカウンター席というこの場、夜も十時過ぎというこの時刻、ナルトとカカシというこの組み合わせが出来上がったのである。
ナルトが上忍になってからはカカシとも班が別であることが多く、顔合わせは久々。
色々と鬱憤を溜めていたナルトは珍しくプライベートで……しかも酒を飲むこの場においてカカシと二人きりになったことで、とつとつと近況を愚痴ってしまっていた。カカシはそんなナルトの悩み相談に一応付き合ってくれている。

「まあね……けど、仲間ってのは普段からがっつり連むもんでもないからなぁ。しょうがないんじゃないか」

「そう言うカカシ先生だって、ガイ先生と飲んでたじゃねーか」

「どう見えてるか知らないが、オレ達だってだいぶ久々だぞ。たまたま飲みに行くことになっただけで、元々約束してたわけでもないしね」

「オッチャン、オレ、ビール追加で」

話すカカシの声も聞く耳半分で、ナルトはカウンターの向こうの店主に言った。
店主が「へいよ」と威勢よく返事するのを目の当たりにして、「お前、まだ飲むの?」とカカシが眉尻を下げる。

「いいんだってばよ。どうせ明日は休みだし、予定もねェんだから」

言ってしまえば、このまま酔い潰れてグダグダになって、明日の昼過ぎまでダラダラと寝たっていい。むしろ、その方が退屈な休日が短くて済む。
新たに置かれたビールをナルトが飲み下している最中、カカシは持ったグラスの中の氷をカランと鳴らし、物思いに言った。

「……任務関係の用事は別としても、プライベートだったら恋愛が優先されるもんだよ。特にお前達ぐらいの年頃なら」

そんなこと、頭ではナルトだって分かっている。ますます面白くなくなり、ふん、と鼻息をついた。
カカシの顔をちらりと見たが、目が合う前に顔を背ける。
カカシとて未だ独身だが、浮いた話を聞かない。だから、そう言うカカシ先生だって……と言おうと思ったが、やめた。
今、ナルトの隣に腰掛けているカカシは酒を飲む為にマスクを引き下ろし、素顔を晒していた。その素顔たるや、ぱっと見た目で、こんな知り合いは居ないと思ってしまうほどの男前。実際、今日ここに来た時、初めてカカシの素顔を見たナルトは最初、それがカカシだと気づかなかった具合だ。
落ち着きのある口調や雰囲気から恋愛経験がそれなりにあるのは窺えるし、口にはしないだけで恋人だっているかもしれない。
自分と同じ土俵に立っていないカカシに、カカシ先生だって……と言ったところで、実情を思い知らされれば虚しさが募るだけである。

「好きな女の子とかいないの?お前は」

カカシに問われ、ナルトは、もうその話題はたくさんだとばかりに鬱々として背中を丸めた。

「いたら、今頃とっくにその子のところに行ってるってばよ」

「まあ、それもそうだな……興味ないわけ?女に」

「……」

一頻り考えて、「分かんねェ」と小さく呟く。
強くなって、火影になって、平和な忍の世界を作ることを目標にしてきたが、壮大な夢は『うずまきナルト』個人のリアルとは別物だ。
切り離して考えた時に、自分が何をしたくて、誰と居たいのか。何も浮かばなくて、急に一人、ぽつんと置き去りにされたような気分になった。何だか泣きたい気持ちになってカウンターに突っ伏し、「彼女、欲しいってばよ……」とこぼす。

「何だ、やっぱり欲しいんじゃないの」

「プライベートでは恋愛が優先されるって、さっきカカシ先生が言ったんだろ。ダチじゃダメだって言うから……」

ナルトが欲しいのは、肩書きだけの恋人ではなくて、心が通じ合えるような……ふとした時、一番にナルトと一緒に居たいと願い、必要としてくれるような相手だ。

「……、寂しい」

たまに、思う。父親のミナトと母親のクシナが巡り会ったみたいに、この人という人に巡り会えればいいが、そうでない人生は――ひょっとしたら空虚なのかもしれない。

「オレは、やっぱり一人だってばよ……」

酔いで熱くなった瞼を落として言うナルトに、カカシは黙していた。困らせてるかもしれない、と頭の片隅で思ったが、弁解も面倒だ。酔っ払いの戯れ言だと受け流してくれれば……投げやりにそう思い、明るいとは言えない空気のフォローもせずに睫毛を伏せると、不意に、ふわりと後頭部を撫でつけられた。その触り方があまりに優しくて、ナルトは目線だけをそちらに投げる。

「……あれだな。お前は、愛するより愛されたいタイプなんだろうね」

柔らかく言って、優しげな目をしたカカシがその手のひらで尚も金糸を撫でつける。

(……)

寸分、ぼんやりと思い廻らせ、もしかしたらそうなのかもしれないと思った。
自分では愛されるより愛したい派だとこれまで思っていたが、その割に、好きな相手なんててんで出来やしない。
生まれもった境遇は愛情が不足気味で、家族のように暖かく包み込んでくれる愛さえあれば、例え会えない時間が続いたとしても一番に相手を考えて、決して解けやしないのに、と昔から思っていた。
肯定も否定もせず、ナルトはカカシから目線を外し、再び目を伏せた。
だって、仮に愛されたいタイプだったとして、肝心の愛してくれる人が居ないのでは、どちらにしろ現時点では何の意味もない。

「ナルト」

カカシの手が髪から少しずれ、手の甲でナルトの蟀谷の辺りに触れた。目に近い位置に指先を受けて、ナルトは反射的に目を眇めてカカシを見やる。すると、そんなナルトを見つめ、カカシが悠然と口にした。

「オレと付き合う?」


***





ここまでです。
すみません。
ss 2014/08/03 20:57
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