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ギリギリスト



1.出会い





「ナルト……オレと一緒に暮らす?」

一人きりに慣れつつあった時、その大人が告げた一言は、それまで乾いていた子供の胸にぴちょんと滲みた。

虚ろだった碧眼には、小さな光が差したのである。



「これがお前の椅子ね」

座るように促されて、ナルトは一回、二回と瞬きを繰り返した。

「大丈夫だよ。ホラ、おいで」

優しく声をかけられ、そろりと向かっていく。
大きめの椅子に腰掛けると、椅子の背を押され、テーブルに向かって座っているような感じになった。目の前には、二人、向き合って座ることが出来そうな食卓がある。

「飯はここで食えばいい」

そう微笑んでから椅子を引くと、脇の下を抱え、ナルトの身体を抱き上げて床へと降ろす。

「ナルト、こっち」

手を握られ、奥へと連れられて、ドアが開けられた。

「ここがお前の部屋だよ。好きに使っていいから」

部屋には、ベッドと小さな机、本棚、それに、男の子が好きそうな怪獣やラジコンカーなどが入ったオモチャボックスがあった。
戸惑って見上げると、「……皆、お前のものだよ」と微笑まれる。
その日は、良く晴れた日で、窓から差し込む光が眩しかった。見上げた大人の顔も逆光でよく見えなかったが、銀髪がキラキラしていて、見下ろす目が優しいことだけは分かった。


ナルトは、孤児だった。
生まれてすぐ両親を亡くし、物心ついた時には世話役という肩書の大人が傍についていた。
ナルトには『親』というものが良く分からなかった。
世話役に連れられ、外に出る時、父親に肩車されている子供や、母親に手を引かれている子供。そういったものを見かけることもあったが、それについてどうこうと思うことはなかった。
ただ、自分には関係のないものという認識だった。
幼い頃、周囲の大人に愛情をもらえなかった子供の心には、どこかで歪みが生じる。自分ではそんな自覚はなかったが、ナルトもやはりそういったところがあった。
満五歳となる頃には、年齢の幼さで子供らしいところはありつつも、どことなく捻くれた目をすることがあった。
世話役は傍に居たが、それは特定の誰かではなくてローテーションで代わっていた。名乗り出たわけではなく、彼らの仕事なのだと、歳を重ねるごとに分かるようになった。
彼らは一様に、義務であるという一線を越えることなく、決められたこと以外をしようとしなかった。
世話役は、三代目火影である猿飛ヒルゼンの差し金だったが、六歳の誕生日を迎える頃、ナルトは世話役が傍に付き従うことを拒んだ。食事の準備や部屋の管理など細かいことは、子供過ぎてまだ分からず、彼らに任せるしかなかったが、出かける時には一人で出掛けた。
その頃になると、『親』というものの存在がどういうものか分かるようになっていた。子供に一番の愛情を注いでくれる、守ってくれる、誰よりも味方になってくれる存在。
当然、ナルトには居なかった。
公園は嫌いだった。親の愛情を当たり前に受けて、それを当たり前に思っている幸せな子供がたくさん居る。
公園を通りかかった際、ブランコに乗っている子供と、その背中を押して笑い合っている母親の姿を見かけ、足を止めてしまったことがあった。
そんなナルトに気づいたのは、手前に居た砂遊びをしている子供で、「ママー、あの子、誰?」とナルトを指差して、その子の親は「関わってはダメよ」と難しい顔をした。
ナルトは腹が立って、その子が積んでいた砂山を蹴り崩して逃げて、背後から「これだから親が居ない子は」という侮蔑の声を聞いた。
幼いナルトにとって、子供以上に大人が怖かった。
身体の大きさでも、力の強さでも、決して敵うはずもないのに、ナルトに優しくない。大人は嫌いだった。

そんなナルトの前に、或る日、突然現れたのが銀髪の大人の男だった。大人と言ってもオジサンではなく、若い。ただ、身体は大きかった。小さなナルトが立った男を見上げようとすると、首が痛くなってしまうほどに。
その男は本当に突然、ナルトを『ナンパ』してきたのである。


***


男の住まいは、以前からそこだったわけではなく、ナルトと暮らすために新しく借りたようだった。
なぜそれが分かったのかというと、部屋に生活感がなく、男の家具や荷物までもが、まだ引っ越して間もないことを印象づけるかのように梱包されたものだったからだ。
それと、男は『猿飛ヒルゼン』の名前を出した。ヒルゼンは三代目火影であると同時に、ナルトからすると、人のいい感じもする老人だった。里で一番偉い人だからか、ナルトのことも他の人間よりも気にかけてくれる。
ナルトの住まいの家賃や光熱費等もヒルゼンが工面していた。そのヒルゼンの名前を、男は出した。

「三代目には、お前と暮らしてもいいと言われてる。お前次第だよ」

ナルトは戸惑ったが、男について来た。
男の言い方が「お前と暮らすように指示されてる」ではなく、「お前と暮らしてもいいと言われてる」だったからだ。それに、ヒルゼンが許しているのなら、少なくとも危険な人物ではないのではないか……。
そんな風に、脳内で明確な言語整理は出来なかったが、おおよそは何となく。疑い半分、期待半分でついて行った。
三時のおやつだとマグカップに注いだおしるこを差し出され、それを受け取って「これがお前の椅子ね」と言われた椅子に腰掛けたナルトは、今になって少し難しい顔をした。

「ニーチャン……だれだってばよ?」

銀髪の男は、考えるように目を泳がせて、「あれ? 自己紹介してなかったっけ?」と笑った。

「してないってばよ」

「ああ、そうか。ごめんごめん、もうしたような気になってた」

全くもってしていない。だからナルトはまだ、男の名前さえ知らない。


出会いは突然。
本日の昼下がり、ナルトが家から少し歩いたところにある公園で、一人で居たところに男が現れたのだ。
その公園は、ナルトがヒルゼンにもらったおこづかいで買い物に行く時などによく通りかかる公園で、仲の良さそうな親子を見かけるたびに嫉妬を抱く場所でもあった。
入口に柵など無いのに、ナルトには遠く、入ることが出来ない空間。
ところが、なぜか今日に限って親子連れは、公園には見当たらなかった。鉄棒や砂場に、ナルトと同い年か、それより少し年上だと思える子供達が居るだけだった。
普段、子供達が取り合いになるブランコも空いている。普段なら、ナルトはその取り合いに参加すらしないが。今日だけはオレのものだってばよ! と駆け寄り、ブランコに足をかけた。
膝を折り曲げ、大きく漕いで、押してくれるような大人も居ないから、自分ひとりで、もっと大きく。
ぶんぶんと振り子のように振れるまで夢中で漕いでいて、ふと、ブランコを囲むようにしてある柵の向こう、ナルトの向かい側に、一人の大人が立っていることに気づいた。
いつの間に現れたのか分からないが、気づいたら彼は立っていたのだ。
濃紺のアンダーシャツに、同じ色のズボン。ポケットに手を突っ込んでいる。髪は銀色で、鼻から下がマスクで隠されており、左目には、縦に走る傷跡があった。

「こんにちは」

漕ぐペースをゆるめたナルトに、男は言った。ナルトは困惑し、揺れるブランコの上でしゃがみ込み、腰を据えて男を見た。

「……」

「ここで遊んでるの、珍しいね」

なぜそれを知っているのか分からなかったが、子供が知らない大人を警戒するのは当然だ。男は素顔を隠していたし、ましてや、ナルトの周囲に優しい大人は少なかった。
ブランコから飛び降りたナルトは男の横を通り抜け、砂場に走った。先ほどまで遊んでいた子達は居なくなっていた。乱雑に砂で山を作って、その中心にトンネルを掘る。
男はゆっくりとした歩調で歩いて来ると、ナルトの傍に腰を屈めた。

「ブランコと砂遊び、どっちが好き?」

何でついて来るのだろうと思いながら、ナルトは「どっちも!」と答えた。違うおもしろさがある。
ナルトは砂のトンネルを開通させようと試行錯誤したが、なかなか難しかった。作りが荒い分、掘り進めると崩れかけてしまう。
男はそれを見て、手を貸した。

「もう少し砂を固めると、崩れにくくなるよ。来て」

そう言うと、設置されている水飲み場までナルトを促し、ナルトの手のひらに水を注いだ。汲んできた水を砂に浸透させて、男が協力して作ってくれた砂山は、確かにトンネルを掘っても崩れなかった。

「ほんとだ!」

トンネルを覗き込むと、向こう側が見える。わー! と声をあげてナルトは喜び、トンネルに腕を突っ込んだ。

「名前、なんて言うの?」

そんなナルトに、男が訊ねてくる。

「ナルト、だってばよ!」

「この辺の子?」

「うん!……あっちの方にすんでるってば!」

ナルトは、指だけでアバウトに自分の住まいを指差した。そして、その集中力をすぐに砂山に戻す。
童心は素直だ。男がトンネルを掘るのを手伝ってくれたから、ナルトは男に容易に気を許した。

「あっちの方?」

「じーちゃんが、『かりて』くれてるんだってばよ。じーちゃんはいっしょには、すんでねーけど」

かりて、の意味をナルトは良く分からないが、ヒルゼンがそう言うので真似していた。

「おれ、ひとりですんでんだってば! おてつだいさんがたまにきて、いろいろつくるの」

すると黙って聞いていた男が、うん、と言った。

「?」

会話の流れとしては少し妙な具合だったので、ナルトはきょとんとして顔を上げた。

「……知ってる」

男は、優しい目をしていた。

「ごめんね。本当は全部知ってるよ、お前のこと」

「……」

ナルトは、ぽかんとして男の顔を見つめた。
差し戻して考えれば男は最初に、ナルトに「ここで遊んでるの、珍しいね」と言った。ナルトが普段、この公園で遊ぶ機会がなかったことさえ、知っていたのだ。
呆気にとられてしまったナルトに、男は言った。

「ナルト……オレと一緒に暮らす?」


***


発言はやぶからぼうだったが、男はナルトがその誘いを断ることを計算には入れていなかったようだ。
必ずその提案を飲むと確信でもしていたのだろうか。……そうだとしたらかなりの自信家だが、ともかく、前もってナルトの椅子や部屋が用意されていたところを見ると、そうとしか思えなかった。

「オレの名前は、はたけカカシ」

自己紹介として名前を聞いても、ナルトはぴんとこなかった。特に聞いたこともない名前だ。

「……なんで、おれのことしってるんだってば?」

「お前の身近な人の知り合いだからだよ」

「みぢか……ってなに?」

ナルトの身近な人間で、且つ、カカシの知り合いである人間は現状、ヒルゼンだけだと思われる。しかし、カカシがここで言っている人間がヒルゼンではないとナルトは数年後に知ることになる。

「それはお前がもうちょっと大きくなったら話してあげる」

カカシは机上についていた肘を持ち上げると、「自己紹介の続きだけどね」と口調を軽くした。

「オレの仕事は、忍者」

「にんじゃ?」

ナルトはそれを聞いて、顔色を明るくする。

「すごい! かっこいいってばよ!」

幼いナルトに、忍者に関する詳しい知識はなかった。あるのは、完全にイメージのみだ。
ナルトが暮らす木ノ葉の里の住人の半数以上は忍である。正義のヒーローのように強くて、どんな危険な仕事だってこなしてしまうかっこいい職業だと、憧れの存在だった。

「じゃあ、ニーチャン、つよいんだってばよ!?」

カカシに何者か訊ねておきながら、カカシ自身より仕事に興味を持ったナルトにカカシは苦笑した。

「まあ、そうだな。……だから、お前を守るよ」

ナルトは、大きな目をぱちりと瞠目する。

「これからは、オレがお前を守ってやる」

カカシとの出会いは実に突然であり、鮮烈だった。










サンプルは以上です

ss 2014/07/24 01:54
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