「パンと林檎の役?」
「違うわ、井戸の底に棲む善い魔女の役よ。魔法でパンと林檎を喋らせて、働く女の子を助けてあげるの」
「『ホレおばさん』か。懐かしいな。ムッティに読んでもらった記憶がある」

右手にアイボリー、左手にクリムゾン。小さな両手に間抜けな顔のパペットを被せ、左右いっぱいに身体を揺らす少女の姿は何と言っても愛らしい。近々小学校で開かれる行事の準備に精を出しているエリーゼは、自分が出演する劇で使われるお気に入りの小道具を見せるため、わざわざ家に持ち帰って来たのだという。

「キルトから全部自分で作ったのかい? エリーゼは器用だね」
「当然よ。私は将来メルのお嫁さんになるんですもの」

ぱくぱくと口を開けてパンと林檎が交互に喋る。エリーゼは笑う。大好きなメルヒェンに褒められた事が嬉しいのか、彼女は何時になくご機嫌だった。余所よりも大人びた女の子だとは思っていたが、こういう行事にはしゃぐ所はやはり子供なのだなぁと、メルヒェンは呑気にそんな事を考えていた。

「『こまっちゃった。あたしを、ひっぱりだしてぇ、ひっぱりだしてぇ』」

これも劇中で使う歌なのだろう。竈の中で焼けすぎたパンや木の枝で熟れすぎた林檎の気持ちを表現した歌は、子供っぽくて明るい曲調のせいかとても耳に残りやすい。

直ぐに覚えてしまったメルヒェンは、エリーゼ扮する魔女の隣で歌うコーラス隊の代わりを務めさせられた。リビングの卓袱台の前に腰を下ろしたまま、エリーゼの教える通りに林檎のパペットを左右に動かして喋らせてみる。
タイミングを上手く掴むのに手間取り、「それでも指揮者の卵なの?」という辛辣なコメントで無慈悲に心を抉られる事になったが、時間をかければ彼女のご希望に沿えるコーラス役には何とか仕上がった。

「『こまっちゃった。ぼくを、ゆすぶってぇ、ゆすぶってぇ』」

成る程。
嵌ってみると、なかなか楽しい。

「『もうみんな熟し』」
「『きってるんだよぅ』♪」





と、二人がほのぼのと歌っていた矢先に、廊下の方から物音が聴こえた。

「あら、お帰りなさいエリーザベト」
「見つかっちゃった。うふふ、ただいま。二人とも楽しそうね」

右手にハンドバッグ、左手にハンディカム。仕事帰りの様子の彼女は白いスーツに身を包み、麗らかな笑顔を浮かべながらリビングに現れた。どうやら扉から一歩離れた所に隠れ、レンズ越しに二人の姿を覗いていたらしい。見覚えの無い新品のビデオカメラの電源ランプが光っている事に気づき、目を輝かせたのはエリーゼで、焦ったのはメルヒェンだった。

「エリーザベト……今の、撮っていたのかい?」
「ええ。買ったばかりのカメラで試し撮りをしてみたかったのだけれど、ちょうど可愛い貴方が其処にいたものだから」
「まぁ、新しいカメラ! 凄いわ、私の劇も撮りに来てくれるのよね?」
「勿論そのために買ったのよ。本番を楽しみにしているわ、可愛い魔女さん」

何時から撮っていたのだろうというメルヒェン内心の疑問に応える事も無く、エリーザベトは慣れない機械のボタンを手探りし、「再生する時はどうすればいいのかしら」と呟きながら苦心し始めた。

エリーゼに叱責されて涙目になる自分やパペット片手に無邪気に歌う自分が映し出される画面を見て、メルヒェンが赤面するのはもう暫し後の話。










Danke Schoen!




きゃっきゃうふふしてるメルヒエリゼを物陰からじっくりとRECしたい。






back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -