夢  | ナノ


頭ん中、お前ばっかなんだけど


 手嶋君は、なかなかいい男子だと私は思う。
 嘘つかないし(つけないし)、なにかにつけて真摯だし、後輩に慕われ先輩には可愛がられ、勉強は苦手だけど彼なりに努力しているし、友達大切にするし、女子と話すのはあまり得意じゃなさそうだけど、背はこれから伸びるかもだし、容姿も整っていて、私服は分からないけど、持ち物はそれなりにオシャレだ。
 なぜ手嶋君についてこれだけ語っているのかというと、彼の思い人が私の友人だからである。
 なんとなく、視線を感じるようになったのはいつ頃からだっただろうか。視線の元を辿ると、そこにいたのが手嶋君だった。それまで自転車乗ってるくせ毛の男子に過ぎなかった手嶋君は、その日から私の友人を見つめている自転車乗ってるくせ毛の手嶋君になった。
 いつ告白するのかなあと思っていたのに、友人に話し掛けてくる気配すらない。それなのに、視線だけは熱烈に友人に向けられているのだ。
 ああ、じれったい。
 痺れを切らして話し掛けたのは、手嶋君の視線に気づいて三ヶ月後のことだった。
「有希のこと、好きなんでしょ」
 その時の手嶋の反応はこれ以上なく分かりやすかった。顔は真っ赤、視線はキョロキョロ、口をもごもごさせながら、言い訳のようなことを呟いているがまったく聞き取れない。
「有希、鈍いよ?今の所は好きな人いないみたいだし、告白してみたら?」
 問いておいてなんだが、有希が好きかどうかなんて返事を聞くまでもない。言いたいことを言って、私は手嶋君に背中を向けた。
 別に、何かしようと思っていたわけじゃなくて、手嶋君の視線が気になって仕方がないから発破をかけるつもりだっただけ。なのに、手嶋君は私が左肩にかけていたバッグをがしりと掴んで引き止めたのだ。
「て、手伝ってくれ」
 右足は、結局情けない声に引き止められて踏み出せなかった。振り返った先には、声の通り情けない顔をした手嶋君が立っていた。

 曰く、女子が苦手なのだそうだ。どう接してよいのか分からないらしい。じゃあ私はなんなんだと突っ込みたいところだが、まあそこはスルーしようではないか。
 頬を染めて語る有希との出会いは、少女マンガ的だった。四月の桜が散る頃、部の練習で落車して膝を怪我したらしい手嶋君は、たまたま通りがかった有希から絆創膏を手渡されたらしい。
「へぇ、で?」
「でって…それだけだ」
 有希は、友人の私が言うのもなんだけれども優しい子だ。迷子の子の母親を探して一時間とか、捨て猫捨て犬保護して里親探しに駆け回るとか、謎の町内清掃とか、善意の行動は枚挙に暇がない。数ある行為に埋もれて、手嶋君の絆創膏の件も忘れてしまっているのではないだろうかと思わないでもなかったが、あんまりだったので言わなかった。
「あの子が、誰かを嫌うとかそういうの、ないから」
「だろうなぁ」
 ほわり、と斜め上の虚空を見つめて笑う手嶋君は、きっと有希のことを思い出しているのだろう、締まりがない。空気がピンク色だ。恋しちゃったんだ、多分、て感じ。
「とにかく、押せ。有希のメアド教えるから、メールしてみて」
「え、駄目だろそれは。…自分で聞くよ」
 おお、案外通すところは通したいタイプなわけね。

 私の友人ということで有希に手嶋君を紹介すると、有希は疑うことなくよろしくねと手嶋君の手を握って上下に振った。友達の友達は、みんな友達を地でいくのが有希である。
「手嶋、純太でっす」
 でっすってなんだ。
 真っ赤な手嶋君と有希を残し、後は若い人同士でとその場を離れた。
 少し離れた場所で二人の様子を窺っていると、携帯をお互い取り出してメアドを交換しているようだった。うむ、順調ではないか。


 …順調って言った奴どこだ。出て来い。
 昼休み、委員会なんだか慈善活動なんだかは分からないけど、有希は弁当を抱えて忙しく教室を去って行ったので、天気も良いしと屋上へ行くことにした。季節はもう秋になっていた。
「〜だろ?だからオレ昨日ちょっと山行って登ってこようと思ってたんだけどさ」
 なんで手嶋がここにいる。
 教室の端っこに転がってた新聞紙を下に敷いて、弁当をつついている私の前に現われた手嶋は、当たり前のように正面に座って弁当を食べ始めた。そして始まったのが自転車談義である。何度目だろうか、このパターン。
 有希と手嶋がメアドを交換した当初は、どんな話が好きだとか、好きな音楽だとか、そういう情報を流すために一緒に食事する必要性も感じられた。学校で会って、二人がスムーズに会話が出来るようになってお役御免かと思いきや、それ以降もこうして手嶋は私が一人のときに限ってふらりとやってくる。
「…あのさ、自転車の話はその辺にしてさ、有希とはどうなってんのよ」
 有希にさりげなく聞いても、そっち方面がからっきしなためか話にならない。もしかしたらすでに告白しているのではないかと思ったが、手嶋が落ち込む様子もなかった。もし付き合っているなら、報告してもらえる仲のつもりである。
「メールでやり取りしてるよ」
 案外面白いよな有希ちゃんて、と語る手嶋の瞳からピンクの気配が消えたのはいつからだっただろうか。有希の前でふわふわと浮かされているようだった手嶋は、月日が流れるにつれてピンクの靄を振り払い、普通の男子になっていった。当初女子との接触に慣れただけだと思っていた私だったけれど、私の正面で有希について穏やかに語る手嶋から恋の気配を感じない。
「ねぇ、もしかしてすでに玉砕しちゃってた?」
 分かりやすい奴だと思い込んでいた。告白したら、気付かないはずないと思っていたけれど。
「いや、告白してないよ。ただ、別の子が気になるようになってさ」
 おっと、予想外。でも、そうかもしれない。絆創膏もらってコロリと恋に落ちる奴なのだ、次の恋だってあっさり訪れたのかもしれない。
「そっか。次は、うまくいくといいねぇ」
 つまりは、今度こそ、お役御免というわけだ。
 最後の一口を食べ終えて、弁当箱を閉じる。空を見上げれば、あー、いい天気。
「誰なのとか、聞かないのか?」
「んー、言いたいなら聞いてもいいけど」
 レジャーシートがあれば、と思う。ごろり転がって昼寝とかできたのにな。
「久瀬」
「なに?」
 見上げていた顔を、正面に戻す。いつの間にか、手嶋も弁当を食べ終えていたらしい。交わった視線に混じるピンクの気配。
 私は、結構他人の感情には敏いタイプなのだ。正面から注がれる視線に確かな熱を感じてしまって、ごまかしようがない。
「手嶋って、結構惚れっぽいね」
 苦し紛れに言った。手嶋も苦笑する。
「…有希ちゃんといても、緊張するばっかでさ。久瀬といると楽しいし」
 それは、友情とは違うのか。気楽なのは、お互い様だけど。
「なにより…頭ん中、お前ばっかなんだ」
 頬を染めて告げられた言葉に、ノックアウトされた。それは、汚いでしょ。そんな殺し文句どこで覚えた。
「久瀬の好きなタイプは?」
「…さらさら直毛のクールなオレ様タイプ」
 ピンクな気配から逃げるように俯いて告げたら、手嶋は笑った。
「オレは、女子らしい優しい子がタイプかと思ってたんだけど、素直じゃなくて裏表ない子がタイプだったよ」
 あー、手嶋の余裕こいた顔がむかつくわ。
「イケメンで、身長は180くらいがいい」
「なあ、身の程って言葉知ってる?」
 呆れた顔して言うな、自分でも思ってんだから!
「久瀬には、今はオレくらいが丁度いいんじゃねぇの?」
 背もそのうち伸びる予定だし。と、牛乳パックのストローに口をつけてパックをペコリと凹ますと、手嶋は笑った。
 予定は未定って言うんですよ、手嶋さん。





途中から、一話で終わらせる話じゃなかったわ…と思いながら書きました…
目指せ少女マンガでよくあるパターンですよ。
ヒロインは偶然装って二人を会わせたり、手嶋の相談にのったりしてましたよ。そこんとこ詳しく書いていたら、三話以上のボリュームになったのでやめました。
手嶋はカッコイイけど格好悪い、そんな感じ。
あと惚れっぽいイメージ。浮気はしなさそうだけど。









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