夢  | ナノ


俺が恋煩いとか、笑うだろ?


 小さい頃は、良かった。
 今泉君は生意気で口下手で自転車ばっかだったけど、一緒に笑いあえる幼馴染だった。見た目とか、家族とか、立場とか。そんなの私たちの間には何もなかった。

数ヶ月前まではよく来ていた、今泉君のお家の庭の一角。庭と言っても裕福なお家の庭なので、世間一般的に言う広さではない。
「何で避けるんだよ」
 今泉君の普段から鋭い目が、更に釣りあがって私を睨む。玉のような汗を滴らせているのに、今泉君はいつだって涼しげに見える。私から受け取ったタオルは首に引っ掛けただけで、拭う様子はない。タオルが風に吹かれてゆらゆらゆれていた。
「避けてない」
 目の前の今泉君を睨みながら、じりじりと壁沿いに左へ移動する。もう少しで今泉君と距離をとれそうというところで、私の顔のすぐ左横に今泉君が手をついた。驚いてその手に顔を向けていると、逆側にも今泉君は左手をついた。今泉君の両腕に囲われて、逃げようがない。仕方がないので真っ直ぐ前の今泉君を見上げると、恐ろしい鋭さで私を見下ろしていた。
 この状況になったのは、どうしてだったか。
 今日、学校から帰ると、家の前に今泉君が立っていたのだ。

 お隣りに住んでいる今泉君とは小中と同じ学校で、友達の少ない…というかいない今泉君に付き合わされる形で、よく自転車の練習を手伝っていたものだった。今思えば、今泉君の父親は友達のいない息子を心配して私と引き合わせたのだろう。私は部に所属していなかったし、これといってやりたいことがあるわけでもなかった。今泉君を通して知り合った幹ちゃんとも仲良くなっていたから、なんだかんだ言いながら練習に付き合っていた。練習に付き合うといっても大したことをするわけじゃなくて、飲み物やらタオルやらを準備したり、タイムを計ったり。今泉君が私を練習に付き合わせた最大の理由は、応援に来る女子を遠ざけるためだったのだろうけれども。
 小さい頃は、良かった。今泉君は女子に人気がなかったし、練習に付き合っていてもなんだかんだと言われることはなかった。今泉君は不器用ながらも一度懐に入れた人間には優しい人だったから。
 風向きが変わり始めたのは中学に入ったあたりからだろうか。今泉君・幹ちゃんの二人と私の違いがじわりじわりと周囲に囁かれるようになった。つまりは、カッコイイ今泉君にカワイイ幹ちゃん、その二人に付きまとう私という構図についてである。他人事で囁かれる噂は、正直で、残酷だ。それまで外見なんて一切気にしていなかった私は、改めて三人で撮った写真を見つめた。ぼんやりくすんだ人間が、輝く二人の間に立って笑っていた。
 その時私は自覚したわけだ。二人と私は立ち位置が違うって。なにセンター張ってんだよって。どちらかと言えば、お前カメラで撮る側だろうと。今泉君のことが嫌いなわけじゃない。口下手だけれど実は優しいし、その時まではほのかな恋心すら抱いていた。けれどそれすら掻き消えるほどの衝撃だったのだ、私にとっては。
今泉君に彼女でもできれば私の立場も緩和されたのかもしれないが、残念ながら彼は自転車にしか興味がなかった。カッコイイ男子の側に、女子が二人。一方はかわいくて、一方はいまいち。だったら噛み付く方は決まっている。
 さりげなく、今泉君と距離をとろうと思った。だけどいかんせん一般家庭代表の我が家と金持ち代表の今泉家は一応お隣さんで、そこそこ家族ぐるみで仲良くしていた。登下校が一緒になればいっしょに行ったし、お互いの家でご飯食べたりすることもあった。結局、中学時代は距離をとりきることはできず、ひそひそちくちく針のむしろのまま過ごした。高校は、別のところにしようと心に誓いながら。
 私だって、何も言わずにいきなり距離をとろうとしたわけじゃない。大切な話があると前置いて私の部屋に呼び出し、切々と説明したのだ。今泉君や幹ちゃんが世間で言う美男美女であって、私はそうでないことや、女子の反応が怖いことや色々。でも、一切理解は得られなかった。
「なに言ってんだ、周りで無責任に騒いでるだけの女子に振り回されんなよ、ったく」
 一蹴である。今泉君は忌々しいものを見るような目で私を見てからデコピンしてきて、紛らわしいことしやがってと舌打ちし、勝手に帰っていった。美形には、所詮凡人の気持ちなど分からないのだと悟った。
 何故だか、今泉君は当然私が総北に進学するものだと思っていた。一度別の高校を仄めかしたら、なに言ってんだと鼻で笑われた。確かに、通学距離や学力レベル的には総北が妥当なところだった。
 幹ちゃんは総北へ進学すると言っていたし、今泉君の反応もそんなものだったから、まあ大した問題にはならないだろうと近場の女子高へ進学した。幹ちゃんは最後まで今泉君に言ったの?って心配そうにしていたけれど。
 特に問題なく合格した。滞りなく中学校を卒業し、女子高に入学した。
 入学後の初登校日、今泉君が私の家の前で待っていて、一緒に行こうぜと言って私を振り返ったときの顔が忘れられない。
「なんだよその制服」
 今泉君は、私を見て目を真ん丸くしていた。
「え、総女の制服だけど。JKはも少しスカート短い方が良いかな?」
 短くしてみたんだけど、と笑ってみせた先で今泉君は眉間を寄せて頭を抱えていた。高校まで自転車で二十分、初日は余裕を持って到着したい。ねえどうしたの、と話しかけても反応がなかったので、今泉君をその場に放置して自転車に乗って登校した。
 翌朝も家の前に今泉君は立っていた。それも仁王立ちである。般若の如き様相だった。
「おいみちる、なんで総女に入ってるんだよ」
「なんでって、行きたかったからだけど」
 あとは、今泉君と違うところに行きたかったからだけれども、流石に本人に言うのはためらわれた。
 行きたかったからという私の進学の理由を聞いて、今泉君は何か言いたげに口をパクパクさせていたけれど、ため息をついて一言「スカートは膝丈にしとけ」とだけ残して歩いて行ってしまった。
 ちなみになぜメールでのやりとりではなかったのかと言うと、お互い携帯電話を携帯する習慣に乏しかったからである。メールの返事が三日後というのも珍しくない話だったので、用がある時には直接会う方が早かった。

 高校に進学して、今泉君は部活で忙しいらしく登校時間が被ることはなかった。携帯で連絡を取り合う習慣もなかったので、しばらく会うことはなかった。少しずつ、距離を作ることに成功したと思っていた。けれど今日は何故か今泉君が、私の家の前で塀に寄りかかって待っていたのである。
「あ、久しぶり。どうしたの?」
「ちょっと付き合え」
 久しぶりだったけれども、以前はよく練習に付き合っていたから、然程考えずに先を歩く今泉君に付いていった。練習する今泉君は以前通りだったし、特別変わったところはなかった。
 今泉家の庭に設置されたベンチに座ったまま、今日のノルマを終えた今泉君にタオルを渡すと、彼は私のすぐ隣に腰を下ろした。それはいいのだけれども、近い。どれぐらい近いというと、私の右腕に今泉君の左腕がピトリとくっついている状態だ。
 私と今泉君は、仲が悪いわけじゃない。同年代の人間の中では仲の良い部類に入る、と思う。それでも、男子と女子という垣根は存在していたから、物理的な接触はあまりなかった。それなのにだ。汗ばんだ熱い左腕が、くっついている。
 気まずい。今泉君はなんとも思わないのだろうか。思わないのだろう、だって座ってきたのは今泉君なのだし。私はそっと、身体を離した。すると、追いかけるように再度今泉君の左腕が私の右腕に寄り添った。今泉君の熱が衣服越しに伝わってくる。暖かいからと、シャツにカーデという軽装にした自分を叱ってやりたい。
 なんにも言えず、動くことすら出来ずに膝の上の掌を見つめていると、今泉君は不意に笑った。
「なに緊張してんの?」
 斜め上からかけられた声が予想外に愉快そうだったから、声のした方を見上げると、今泉君は流れる汗を拭うこともせずに、声に反してこれまた予想外にも思い詰めたような真剣な眼差しで私を見下ろしていた。
 この空気は、何だ。目を逸らすなと、今泉君の目が語る。心臓がドクリと強く鳴った。喉が乾いたな、と思う。カラッカラだ。
「き、んちょうしてない」
「…オレは、してるけどな」
 聞き返す前に、今泉君は私の右手を握った。いつの間に、こんなに大きくなっちゃったんだろう。私の右手を覆う左手は、スラリとして大きい。そういえば、昔は、手を繋ぐこともあったなと思う。触れ合うことがなくなったのはいつからだったろう。
 何故、今泉君と私と、ただそれだけでいられないんだろう。今泉君が誰にもなんにも言われないようなふつうの人だったら良かったのになと、思う。うっかり見惚れてしまうような容姿でなければ。そうしたら、私が隣に並んでいたって、なにも言われないのだろうに。
「オレは、みちるが隣にいると落ち着かねぇよ。隣にいなくても落ち着かねぇけど」
 真っ直ぐに私を見つめてくる今泉君は、長い付き合いの欲目とか抜きに、正真正銘男前だ。その上なにをしていても様になる体格で。今だって、流れる汗で束になった前髪すら、今泉君を押し上げる要素にしかならない。
 だから今泉君には、私をそんな風に見ないでほしい。納得させた一部分が、目を覚ましてしまうじゃないか。もう、三人で撮った写真を見た時のような、惨めさを感じるのは嫌なのだ。身の丈にあった人間を好きになってしまいたい。今の私の感傷を、今泉君は笑うだろうけれど。
 右腕を引けば、私の手はあっさり解放された。ほんの少し今泉君の顔が曇ったことを、長い経験が察知してしまったけれど、それは気づかなかったことにしたい。今泉君を傷つけたくはない、だがそれ以上にきっと自分が傷つきたくないのだ。私は卑怯で、自分勝手、ただそれだけのこと。
 視線を振り切って、私は立ち上がった。すぐ隣にあった今泉君の温度が遠ざかった。
「また明日練習つき合えよ」
 座ったままの今泉君から、言われた。
「学校、忙しいから」
 そう、明日からは忙しかった気がする。部活見学に行く予定だった気がするし、そのまま入部するかもしれない。クラスでも合コンでもしないかなんて話だってある。今までなんとなく参加できなかったけれど、行ってみるのも良いのかもしれない。
「じゃあ、またね」
 今泉君を振り返ることなく、立ち去ることにした。逃げるように早足で歩いて、十メートルも進んだ辺りで名前を呼ばれた。私が俊君と呼ばなくなってからも、今泉君は頑なに私をみちると呼び続けた。苗字で呼んでよと言う度に、苗字で呼んだらおじさんやおばさんと区別つかないだろと返されて。そのことが一部女子の反感を買っているのを知っていても、安堵する自分も確かにいて、私って駄目だなと思ったことを覚えている。
 昔からずっと変わらない、今泉君の口から流れるみちるの響き。変わったのは、私だったのだろうか。分からない。分かったところで、今は変わらない。
 呼ばれた響きを無視して、進んだ。家というより館に近い建物にたどり着いた時、今度は強く名前を呼ばれた。どうやら、まだ帰してくれる気はないらしい。振り返るとすぐ後ろに今泉君は立っていた。距離をとろうと後ずさろうとしたけど、すぐ後ろは壁だった。なんで追いかけてくるんだ、せっかく、離れられると思ったのに。
「何で避けるんだよ」
 今泉君の普段から鋭い目が、更に釣りあがって私を睨む。玉のような汗を滴らせているのに、今泉君はいつだって涼しげに見える。私から受け取ったタオルは首に引っ掛けただけで、拭う様子はない。タオルが風に吹かれてゆらゆらゆれていた。
「避けてない」
 目の前の今泉君を睨みながら、じりじりと壁沿いに左へ移動する。もう少しで今泉君と距離をとれそうというところで、私の顔のすぐ左横に今泉君が手をついた。驚いてその手に顔を向けていると、逆側にも今泉君は左手をついた。今泉君の両腕に囲われて、逃げようがない。仕方がないので真っ直ぐ前の今泉君を見上げると、恐ろしい鋭さで私を見下ろしていた。
 どうしてそんな顔をするの。私が悪いと言うのか。
「じゃあなんでオレに黙って受験したんだよ」
「だから、行きたかったから」
「そうじゃないだろ。寒咲は知ってたのに、なんでオレに言わないんだ」
「私がどこに進学先したって、今泉君には何も関係ない」
 同じ学校だって、どうせ自転車漬けの日々なのだから。幹ちゃんと私は体のいい女子避けだ。そう思いながら言った途端だった。両方の二の腕を、痛いほど強く握られた。痛いと言いかけた私は、それ以上に痛々しい目をした今泉君を目の当たりにしてしまって、沈黙した。
「関係ないって、お前だけは言うな」
「…ごめん。言い過ぎた」
 自分を守ろうとして、思ってもいないことを言って、傷つけてしまった。口下手だけど、自転車馬鹿だけど、でも、今泉君なりに私を大切にしてくれていることを知っていたのに。それが私の望む形とは違っていても。
「オレと離れようとしたのは、好きな奴ができたからなのかと思った。けど女子高だったし。放課後どこか寄ってる様子もないわよっておばさんから聞いた」
 毎日暇そうにドラマの再放送見てるわよって言ってたぜ、と今泉君が苦笑した。
 我が家の母は、今泉君に甘い。息子に欲しいわなんて良く言っている。それにしたって、年頃の女子のことをそんなにベラベラ喋るもんじゃないでしょうに。
「みちるが側にいると落ち着かないけど、側にいなかったらもっと落ち着かない。気になって集中できねぇし、寒咲はどうなったんだって聞いてくるし、会いたいって思って寝る前にメール書いては消して、結局送信できなくてさ、こんなことお前以外には面倒臭くてやってらんねぇよ」
 メールをせこせこ打つ今泉君なんて想像できない。彼は本当に筆不精だったから。間抜けな顔をしていたのか、今泉君は笑った。握られた二の腕の強さはそのままだったけれど。張り詰めた空気も変わらなかったけど。
 一、二回点滅して外灯が点った。いつのまにか薄暗くなっていたのだと気付く。人工の光に照らされてはっきりと浮かび上がった今泉君の顔は、いつもと変わらず整っていた。いつの間にかじりじりと距離を詰められていたようで、私は今泉君の顔を見上げるようにして向かい合っていた。ひたと注がれる視線に、逃げることもごまかすことも無理だと悟る。
 薄々感じていた今泉君の気持ちに気付かない振りをしたのは、自分の勝手だ。聞いてしまったら、きっと私は喜んで、立ち向かってやるなんて思ってしまうだろうから。困難すら嬉しいと思ってしまいそうだ。世間からしたら、ぱっとしない幼馴染が今泉君の情にしがみ付いて、付き合って貰っているように見えるだろう。頑張って傷つきながら付き合って、それで結局今泉君に振られたら?…分不相応にみっともなくしがみ付くからだと指を差して笑われるに違いない。幼馴染である繋がりさえ、途絶えてしまうのに。だったら、今のままでいい。
 それなのに。
「なあ、みちる。オレが恋煩いとか、笑うだろ?」
 今泉君が、不器用に笑いながら言った。笑っているのに、傷ついてるのが分かってしまう。私なんかのせいで、そんな傷ついた顔をしないで欲しいのに。
「笑わない」
 笑えるはずが、ない。
 見上げていた頭を元に戻して視線を外した。目の前には今泉君のトレーニングウェアと風に揺れるタオル。読むでもなくタオルの文字を目で追いかけていると、タオルが徐々に下に下がっていった。違う、今泉君がしゃがんだのだ。前髪が触れ合って、すぐ目の前に今泉君の目。虹彩が鮮やかに見えるほどに近く、今泉君がいた。
「好きだ」
 たった一言が、硬く響いた。
 三文字の意味がじわりと胸に届いても、私はなにも言えなかった。嬉しいのかも、悲しいのかも分からない。ただ、ああ言っちゃった、と思った。
 漠然と、終わったのだと分かった。私と今泉君とで築いてきたひとつの関係が。
「みちる」
 名前を呼ばれた。いつだって、今泉君の呼ぶ私の名前は、温かな響きをもって届く。胸の奥で固まっていた三文字が、呼ばれた名前の温度で溶ける。その言葉は少し苦くて、驚くほど甘かった。
「好きだ」
 繰り返された言葉は、今度はすんなり収まった。そして湧いた感情に苦笑する。
 嬉しかった。やっぱり嬉しかった。
「なにか、言えよ」
 切羽詰った声で、今泉君は私を見つめる。掴まれた両腕は痛いくらいに強いままだ。普段は淡白な今泉君に余裕がない。今泉君だって同じなのだということが、少しだけ私を勇気付けた。
「好き」
 カラカラの喉から出た言葉を、今泉君は聞き漏らさずに受け止めてくれたようだった。今泉君は私を見つめて、もう一度名前を呼んだ。私の腕を解放した両腕が背中に回されて距離がゼロになったかと思うと、直ぐに身体を離された。
「悪い!汗まみれだった、オレ」
 何を今更、そんなこと。何年の付き合いだと思っているのだ。
 慌ててタオルで汗を拭う今泉君の顔が、赤い。うろたえる今泉君が珍しくて自然と口元がほころぶ。そんな私を見て、今泉君はばつが悪そうに笑った。
「嫌じゃなかったのか?」
「嫌かどうかも分からないくらい一瞬だったよ」
 率直に答えたら、今泉君は困ったような顔をして今度はそっと私の背に腕を回した。私の反応を確認するように、ゆっくりと両腕の力が強くなっていく。最後には自分が今泉君に寄りかかっているんじゃないかと錯覚するほど引き寄せられて、私がギブアップした。

「スカート短くないか」
 翌朝、家の前で昨日と同じく壁に寄りかかって待っていた今泉君は、私を頭のてっぺんからつま先までジロリと見て、開口一番言った。
「おはよう」
 今泉君の言葉を無視してあいさつしたら、彼は不服そうな顔をしながらおはようと返事をした。一応断っておくと、私のスカート丈は膝が見えるくらいの長さだ。
「化粧してる?」
 ロードを停めて、私を覗き込んでくる。さらさらと流れる長めの前髪が、嫌味なほどに似合う。
「ちょっとだけ」
 今泉君の隣に並ぶには勇気が必要なので、せめてと思って滅多にしない化粧をしてきたのだけれど。
「落とせ」
「は?」
 今泉君が自分のバッグからタオルを取り出して私の顔に押し付けるとごしごしと上下に動かした。恐らく顔はクチャクチャだ。
「落としてこい」
「はぁあ?」
 分かりやすく優しい人ではないけれど、理不尽なことをする人でもないのに。睨み付けたいところだけれど、みっともない顔は見せたくないのでタオルを少し上にずらして口だけ外に出した。
「何でこんなことするの」
「お前の学校、通学路に男子校あるだろ」
「だからなんなの」
 私の返答に、今泉君は忌々しそうに舌打ちした。
「なにかあると舌打ちするの、良くないよ」
「だから、野郎に付け込まれるようなカッコすんなって!」
 見られないから、どんな顔をしているのかは分からないのだけれど、もしかしてこれは心配されているのだろうか。
「入学してちょっと経つけど、一回も声かけられたことなんてないよ」
「分かんねぇだろ」
 早く行け、と私の背中を押す今泉君の手は強引だ。
「それ、私が今泉君に『女子に人気のその顔やめて』って言ってるのと似たようなことなんだけど」
「…分かってるよ」
 いじけたような声と同時に、今泉君の両手がもう一度私の背を押した。
「オレはみちると違ってぼんやりしてないからいいんだよ」
 めちゃくちゃだ。せっかく、人が隣に並んで恥ずかしくないようにしようとしているのに。
「化粧もしない私が隣に並んで、恥ずかしいのは今泉君なんだからね」
 あいつダッセェ女連れてるーとかってさ。なのに人の乙女心を踏みにじって。憤慨しながら私が告げると。
「みちるといて、恥ずかしいとかねぇよ。むしろお前がオレといるとき恥ずかしそうにしてるじゃねえか」
 傷つくんだぜ、あれ。
 今泉君の言葉を聞いて、今までわだかまっていたものが、ストンとあるべき場所へ収まった感じがした。今泉君は、私が気にしていたことなんて、全くこれっぽっちも気にかけてはいなかったのだ。周囲の人間の反応なんて気にならない人なんだ。きっと今だって、どうして私が今泉君と距離をとろうとしていたかは理解していない。今泉君が気にしているのは、私の気持ちや反応や言葉たちといった、私自身で、つまりは。
 つまりは。
 更に一度、軽く背を自宅へ戻るように促された。促されるままに玄関の中に入る。
「みちる、忘れ物?」
 お母さんの声が、奥から聞こえた。ちょっとね、と返して洗面所へ向かう。
 鏡に写った私の顔は、今泉君のせいでグシャグシャだ。時間かかったのに。洗顔剤でメイクを落とすと、いつも通りの平凡な顔と対面する。薄ぼんやりした顔だ。
 部屋に戻って簡単なスキンケアと日焼け止めだけ塗って、玄関から外に出た。
 太陽の光が入って目を細めた先に、今泉君がいた。私をみて、満足げに笑う。
 せっかくの乙女心を、と思う。けど、その笑顔が見られるなら別にいいかなと駆け寄ってしまう私は、やっぱり今泉君に甘いのかもしれない。
「みちるはそのままでいい」
 乱れていたらしい私の前髪を、今泉君は手で撫で梳きながら笑う。
「お前がかわいいのはオレが知ってるから、心配させんなよ」
 蓼食う虫も好き好き、あばたもえくぼ、恋は盲目。
 次々浮かぶ慣用句に苦笑するしかない。今泉は地味専と言われる日も近いだろう。
 けどそんな周囲の言葉なんて気にせずに今泉君が私を見てくれるのだったら、地味な私も精一杯、幸せそうに笑みを浮かべてやろうじゃないか。





 なにが書きたかったんだか分からない文章になってしまいました。そして長い。
 カッコイイはどこへ。
 つまりは、今泉は無神経なんですよ。そして興味ないものには清々しく無関心。
 そういうイメージ。だから、きっとメールとかも面倒だから嫌いなのではと。
 分からないですけどね…でも、携帯には自転車競技部の部員と家族くらいしかアドレス入ってなさそうですよね。










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