夢  | ナノ


好きすぎて俺、バカみたいだ


 右手を引かれるままに飛び込んだ教室は、夕日に照らされていた。日中人の多い場所だからか、人のいない教室は、物悲しい雰囲気を放っている。遠くに聞こえる東堂の声は、新開の名を呼んでいた。
 教室に入ってようやく解放された右手で、自分の顔を扇ぐ。まだ空気は冷たいというのに、じわりと額に汗がにじむ。全力疾走なんて、体育の計測のときくらいしかしない私が、新開に引っ張られるままに一体何メートル走ったのだろうか。息切れする私とは対照的に、新開は息を乱すことなく私の方を見つめていた。逆光で、良く顔が見えない。
「急に、どうしたの」
 引かれるまま新開に従って走ったのは、切羽詰った新開の表情が心配だったからだ。私の問いに、新開は無言で顔を俯かせてしまった。言いたくない、ということなんだろうか。
 三歩距離を詰めれば、新開は目の前だ。下から覗き込むようにして、もう一度、どうしたの?と尋ねた。言いながら、笑いが漏れてしまう。覗き込んだ新開が、自分でもどうしていいのか分からないという風に、迷子のような顔をしていたからだった。笑う私を見つめて、新開は、くしゃりと顔を歪めた。どうやら、あまり機嫌は良くないらしい。
 小さなことには拘らないタイプの新開が不機嫌なんて、めずらしい。宥めるべきなのだろうけれど、こんな顔も私に見せてくれるようになったのかと嬉しくなるのだから、私も現金だ。そんなことを考えて新開を見つめていたら、抱きしめられた。視界が水色のジャージで埋まる。
 新開に、抱きしめられるのは好きだ。けど、それは二人きりの空間に限ったことであって、人にいつ見られるか分からないような場所では恥ずかしさと心配が勝る。身を捩っても、強くなるばかりの新開の両腕に、実力行使は諦める。
「新開、人が」
 来るかもしれないから、とは続けられなかった。押し付けられた唇が、熱い。突然すぎて目も閉じられなかった私の目前で、唇を合わせたままの新開が目を開いた。射抜くような視線の中に、確かな苛立ちと熱を感じて戸惑う。責められているような気がして瞳を伏せると、触れ会った唇から、新開が笑ったのが伝わってきた。何が楽しいのか顔のあちこちに飽きることなく唇で触れた後、新開は抱きしめる腕はそのままに、私の肩口に顔を埋めて大きく息をついた。新開のくせっ毛が、私の頬を気まぐれにくすぐる。くすぐったくて顔を動かすと、新開も応じるように顔を私に寄せてくる。そんなちょっとした戯れが楽しくて、くすくす笑うと、新開も同じように笑った。どうやら、機嫌が良くなってきたらしい。
「尽八といると、楽しそうだよな」
 直接骨に伝わる新開の声が、好きだ。低くて、柔らかくて、甘い。
「友達だし、そりゃ楽しいけど」
 そう言えば、さっきも三人で喋っていたんだっけ。何の話をしていたかは、忘れたけど。
 いつの間にか、東堂の声も聞こえなくなっていた。教室は、来たときよりも更に薄暗い。人の気配も遠く遥かだ。
 今日だけ!と思いながら両腕を持ち上げて、新開の背中に回す。新開の抱擁は、心地よくてたまらない。自制しないと、きっとただの空気の読めない馬鹿になってしまう。ほら、今だって、強まる両腕が愛しくてたまらない。
「分かってるんだけどさ。みちるが好きすぎて、オレ、バカみたいだ」
 私の耳に唇を押し付けるようにして、小さな声で囁いた。頭が溶けそうな熱を吹き込まれて、くらくらする。
「バカなのは、お互い様だよ」
 バカだと呟く新開がもっとバカになっちゃったらいいのにと思うんだから、私は新開よりもバカに違いない。





 かっこいい(当社比)新開さんでした。
 少し短めですが、これ以上書くと持病の笑いをとらねば病が…










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