腹黒は、キライです 「古賀先輩は、恐ろしい人だよ」 杉元照文君が、脚をプルプル震わせながら言った。 自転車競技部に入部した照文君と私は、いとこ同士だ。照文君の方が一つ年下。 照文君は、小さい頃から自転車が好きで、のびのびとした性格も相まって、笑いながら青空の下自転車に乗っているイメージが強い。 その照文君が、自転車関係でこんな顔をするとは思えなかった。 「古賀先輩って、あの、古賀君のこと?いつもにこにこしてる眼鏡の?」 今年同じクラスになった古賀君の顔が脳裏に浮かぶ。自転車競技部所属の古賀です、と自己紹介していた古賀君は、柔和な笑顔を浮かべていたし、クラスでも騒ぎを起こすような人ではない。今の所。去年IHに出場したという経歴があるわりに、練習内容の苛酷さと、競技上かさむ金銭的理由とで、部員数はさほど多くない。照文君が言う古賀先輩、は同じクラスの古賀君と見て間違いないだろう。 「仮面だよ!恐ろしい内面を隠すための仮面!」 我が家の食卓で夕食をつつきながら、照文君は言い募った。 「仮面…」 照文君は、調子の良い奴だけど、嘘は言わない。 そうなのか、実は怖い人なのか。気をつけよう。 「久瀬さん、ちょっと良いかな」 「なに、古賀君」 気をつけようと決めた翌日、早速古賀君と絡むことになろうとは。 「オレ、何かしたかな」 困ったように首を傾げながら、古賀君は私に聞いた。 「私には、なにも」 席替えで、古賀君と隣の席になった。正確に言うと、一番前の席になってがっくりしてた私の隣の席の、同じくかわいそうな男子と古賀君が、視力の関係で席を交換したためお隣さんになった。 窓際最前列の私と、その隣の古賀君。黒板を見ると、自然と古賀君が視界に入る。 昨日、照文君に忠告されていたから、用心しなければと思っていたのがいけなかったのだろうか、古賀君を凝視していたらしい。 「には?」 「照文君が、昨日ボロボロだった」 テルフミ?と首を傾げる古賀君に、杉元、と伝えれば、合点がいったと大きく頷いた。 「杉元か。久瀬さんと杉元、知り合いなの?」 「いとこ」 へえ、と古賀君は笑う。ちっとも、怖く見えない。でもそれは仮面だと言うのだから恐ろしいことだ。 「ちょっとやりすぎたかな。杉元大丈夫だった?」 「脚プルプルしてたよ」 だろうなぁ、と笑う古賀君の笑顔が至極楽しそうで、なんだか薄ら寒い。休み時間のざわざわとした空気の中なのに、なんでだろうか、音が少し遠くなったような。 「だから、そんな顔してオレのこと睨んでるわけだ」 私を見つめて、古賀君が笑った。その笑顔は、さっきの薄ら寒いものではなく、柔らかい。 それ以降、なにかと古賀君は私に話しかけてくるようになった。 でも、一切怖いなんてことはない。いつもにこにこ、穏やかで、優しい。 照文君の言ってたことが、間違っていたのかもしれないなと思い始めたのは、二週間後だった。 「古賀君のこと誤解してたみたい。ごめんね」 私は単純で騙されやすく、その上ドン臭い。昔から、いわゆる腹黒い人たちの良い餌になってきた。だから、古賀君のことも警戒していたのだけれど。 忘れ物のフォローから、指された問題の間違い指摘、鬼教師の授業で眠りそうな私の肩をそっと揺らしてくれたり、お弁当を忘れた私にパンを一個恵んでくれたり、その他色々。 親切にされてはいても、嫌な思いなんて一つもしていない。 これだけ親切にされていて、あなた実は怖い人なんでしょなんて言ってる人間の方が、余程人間としてどうかしてる。 私がぺこりと頭を下げると、古賀君は「まだ疑われてたんだ」と笑った。 「私、昔からいじられっぱなしだったから、用心深くなってるの」 「ナルホドね」 仲直りのしるしね、と食堂で買ってきた揚げたてのコロッケを一個渡す。ホカホカのできたてのコロッケは、最高に美味しい。 ケンカしたおぼえないけどね、と困った顔をしながら、古賀君は差し出されたコロッケを受け取ってくれた。 「照文君には、ちゃんと言っておくからね」 「いや、いいよ。誤解でもないし」 「え?」 私の疑問はそのままに、古賀君は紙袋を開けて、コロッケに歯を立てた。サクサクという、美味しい音がする。私もそれに倣ってコロッケを食べた。美味しい。 無言で食べていると、古賀君はフフ、と小さく笑った。 「久瀬さんて、リスみたいだね」 「え、出っ歯ってこと?」 そんなに前歯出しながらコロッケ食べてたのか、私。 気をつけよう。 「…オレは、優しくする相手も、厳しくする相手も、ちゃんと選んでるってこと」 杉元はサボり癖のある狐ってところかな、と古賀君は言って、サクリと一口コロッケを食べた。 やはり、古賀君についてはよく分からず。 けど良い人なはず。少なくとも良い子には優しいはず。 恋愛要素が薄くて申し訳ない。 古賀に一票入れてくださったあなたに捧げます。 |