夢  | ナノ


好き好き大好き


「金城」
「なんだ?」
 テーブル挟んた正面、眼鏡をかけて真面目に勉強していた金城は、ノートに向けていた顔を私に向けてくれた。素敵だ。
 一緒に勉強しない?と誘った私の部屋で、オフホワイトのラグの上、座布団にあぐらをかいている金城は、黙々と勉強していた。そう、ひたすらに。黙々と。
「こういうのって、一緒に勉強するっていうよりは、勉強を同じ部屋でしてるって言うんじゃないかなぁ」
 私が目論んでいたのは、こういうのじゃないんだけど。
 金城と私が曲がりなりにもカレカノというやつになれたのは、金城が主将をつとめる自転車競技部のIHが終わって少ししてからのことだ。
 マネージャーでも、どこかの部の有力選手でも、秀才でもない私の強みは、ただ三年間金城と同じクラスだったという、それだけだった。けど、その唯一のそれが、金城と私を繋いでくれたのだ。私はきっと、この先十年分くらいの運は使い切っている。
「ああ、そうか。どこか分からないところあるのか」
 悲しいことに、部活に全力を注ぎ輝かしい結果を残した金城の方が、帰宅部でバイトに全力を注いだ私よりも断然成績が良い。IHの結果スカウトの声がかかっている大学や、金城の学力から選ぶであろう大学のランクは、私の現在の学力よりも一段階上になる。私の志望学科は、割とどの大学にもあるものだったから、どうせなら同じ大学へ行きたかった。
「あ、この部分なんだけど。…じゃなくて」
「ん?」
 指を差した私の参考書を見始める金城に、つい突っ込んでしまう。
「今日、うち誰もいないんだって、言わなかったっけ」
「ああ聞いている。だからオレが来たんだろう。戸締りには気をつけろよ」
 最近は日が高いうちからの空き巣も多い、とか訥々と私に言ってくる。
 真面目か!
「旅行行ってるから、夜も誰もいないんだ」
「そうなのか。玄関の電気は点けたままにすると良い」
 あと何かあったらすぐ電話できるように、枕元に携帯と懐中電灯を…って、おとんか!
「…珍しく、ワンピースとか着てみたんだけど」
 ちょっと寒いけど、ヒラヒラのやつ。外出予定もなかったから、生脚で!
「身体は冷やさないようにな」
 冷えは万病のもとだからな…て、おかんか!
「ちょっと化粧してみたりとか」
 そろそろ笑顔をキープしたまま、心の中で乗り突っ込みするのも疲れてきた。
「あ、いや、気付いてたが、わざわざ言うものでもないかと思ったんだ」
 お、ちょっと赤くなった。私から目をそらして、口元を手のひらで覆っている。

 付き合って、早三ヶ月。もうすぐ十一月になるのに、いまだに金城とは手を繋ぐまでの非常に清い交際のままだ。ギュウ、すらない。
 隣に並んで歩いているとき、しっかりした胸板とか、骨ばった手とか見る度に、ぎゅうってされたい欲がムラムラ湧いてきて、お付き合いなんて金城が初めてだったんだけど、抱きついてしまえと飛びついた私はひょいと避けられた。
 あの時のショック、同じことをした女子にしか分からない。
 あからさまにショックを受けた顔をしていたんだろう、金城はごめんな、と私の手を握った。
 その時に、もしかしたら、と思ってしまったのだ。金城は別に私のことが好きとかそういうのじゃないけど、IHで優勝して他の女子に告白されまくるのもあれだし、付き合いのそこそこ長い私といるのは然程窮屈ではないし、ここで手を打っておこう、とかそういうことでお付き合いしてくれてるんじゃ…って。
 ナルホド、と腑に落ちた。
 文化祭の後夜祭、薄暗い教室、格好のシチュエーションで二人きりになった機会を逃すまいと告白したのは私だったし、付き合って下さいと言った私に金城は黙って頷いただけだ。百人切りは流石にないけれど、二十人くらいの女子を切っては泣かせていた金城だった。頷いてもらえたときには、嬉しくて舞い上がっていたけれど、後になって疑問が沸いて沸いて。
 なんで、私なんだろ。
 だから、自分の中ではじき出した答えに、妙に納得してしまったのだ。
 まあ、少し微妙な気持ちにはなったけど、そんなので落ち込む私じゃない。
 だったら既成事実を作っちゃえばいいじゃない!
 金城は真面目だから、きっとギュウもチューもその先も、仮初めの彼女である私にはできないんだろう。
 逆に言えば、責任感の塊みたいな金城は、手を出してしまえば本気で付き合うしかないと腹を据えるに違いない。
 真面目が服着て歩いてるみたいな金城も、ティーンエージャーなんだからそれなりに性欲だってあるはずだ。あってくださいお願いします。
 毎年の家族旅行を私だけ用事があるとキャンセルして、せっせと筋トレ、スキンケア。脱毛除毛、角質処理。化粧だって勉強して、髪型だって項見えるようにしてみたりして。いい匂いのルームフレグランス、シーツだって綺麗に洗ったフワフワのやつだし、下着だって真っ白レースで、下なんて紐パンだ。爪だってツヤツヤ。歯も入念にお手入れしてある。
 さあ、どうだ!金城真護!
 来るなら来い!てか来てくれ!

 と、金城を迎えたのに、私の部屋で金城はひたすら真面目に勉強しやがったんですよ。
 お前十代の男子としてどうなんだと。
 据え膳どころか、お箸でアーンのとこまで準備してるのに、なんなんだそのストイックぶりは。
「ねえ、金城。私が女だって知ってる、よね?」
 化粧のくだりでやっと赤くなった金城に、四つん這いで近づく。こうして近づけば、恐らく胸元から白い下着がチラチラ見えるはずなのである。目論み通り、金城は目を丸くした後、首まで赤く染めて私から視線を逸らした。
「し、知っている」
「ぎゅうって、していい?」
 私から目を逸らしたままの金城のすぐ横に正座する。コートを脱いで、薄手のセーター姿の金城の体のラインはやはり逞しい。
「ま、まて」
 聞かない振りして、金城があぐらかいてて逃げられないのをいいことに、後ろからギュウっと抱きついた。心持ち、胸を強く押し付けてみるのも忘れなかったけど、でも、抱きついた金城の背中は心地よかった。安心するというか、なんというか。あー、好きだなぁって思う。
 数十秒たっても金城は固まったままだったけど、なんかもう良いかな、こうしてるだけでも気持ち良いし、って思い始めた時だった。金城のお腹に回していた私の腕が、ベリリと剥がされた。
 あー、失敗かぁ。ため息をついて項垂れる私は、その次の瞬間ぎゅうぎゅうと何かに上半身を締め付けられた。
 何かに?何かって、なに?
「あんまり、煽るな」
 耳に直接、囁かれた。ぞわり、と背中が粟立つ。この熱っぽい声は。
 目の前に広がる、グレーのセーター。身動きすら取れないくらいの拘束は、金城がしているんだろうか。背中に回されているのは、金城の両腕なのだろうか。ぐい、とその両腕に引かれて、金城の脚の間に、体が納まった。苦しい。でも、嬉しい。
 もぞもぞと腕を動かすと、金城は少し腕の力を抜いてくれたようだった。今度は正面から、金城の背中に腕を回して抱きつく。数瞬後、さっきに劣らないほどの力で、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
 幸せだなぁ、今までの努力、報われたかも。
 体中で感じる、金城のかたち。
 なんて、幸せなんだろう。
「久瀬」
 一体どれだけの時間が経ったのかは分からなかったけど、半分夢心地だった私の耳に、再度金城の熱の篭った声。金城の両腕から身体を起こして見上げると、金城の顔が近づいてくる。目を開けたままの私に苦笑して、右目に、左目に落とされた金城の唇に、目を反射的に閉じる。唇に柔らかく触れた感覚は、今までに経験したことのない心地よさだった。

「好きでもない相手と付き合う男だと思われていたのか、オレは」
 ポーカーフェイスの金城だが、怒っているのが分かる。
 キスの後、あの熱っぽさはなんだったんだと聞きたくなるくらい冷静モードに切り替わった金城は、私と身体を離して、勉強しようと言った。やっぱりダメかぁ、と呟いた私の声を逃さなかった金城は、論理的に、冷静に、私を問い詰めた。結局全部白状させられてしまった。
「だって、金城が私を選ぶ理由が分からないし」
 正座して向かい合わせている今の状況は、傍から見れば、さながらお母さんといたずらのばれた子どもといったところだろうか。
「理由?理由が欲しいのか」
「やー、そうじゃないけどさー。金城かっこいいし、私フツーだし」
 眉間を寄せる金城の目が怖い。
 理由が、欲しいんじゃない。そうじゃない。
 ホントは、自信が欲しいのだ。
 金城の彼女だという、自信が欲しい。
「オレが久瀬を好きだから、というだけでは駄目なのか」
 気難しい顔をして、金城は言った。
「え?」
「久瀬のことが好きだから、付き合いたいだけなんだが。駄目なのか」
「だ、だダメじゃない!」
 幻聴かと思った二文字は、再度繰り返された。
 何度も首を横に振る私を、金城が笑う。
「大学までは我慢しようとしてるんだ。煽るなよ」
 言いながら頬を撫でた金城の指先が熱かったのは、気のせいじゃないのかもしれない。
「私は、金城のことが、好きで、大好きなんだよ!」
 好きで、好きで、大好きなんですよ!
 正面に座る金城の顔が、また赤く染まった。





 金城さん、むっつり推進派です。
 今日の夜は、一人悶々とするはずです。
 ヒロインは、幸せな気持ちですやすや寝ますよ。











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