ふわふわ 階段を登る私に、慌てた様子で駆け下りる男子生徒の肩がぶつかった。丁度ぼんやりとしていた私は、簡単にバランスを崩して重心が後ろに傾く。 あー、こりゃ痛い。だってあと二段で踊り場だったんだから、軽く十段落ちるわけだし、まずお尻ぶつかって、肘とか肩とかぶつけるんだろうなぁ、痛いだろうなぁ。なんだか冷静に思考してしまった。 「わわっ、危な!…かったね、大丈夫?久瀬さん」 泉田君の右腕が、私の背中を支えている。彼の左手は、手すりを掴んでいて、私の身体は斜めになっていて、つまりは私の体重は泉田君に支えられているわけで。 泉田君の長いまつげが、影を作っているのが目の前に見える。近い。 「久瀬さん?もしかしてどこか怪我した?」 泉田君の顔が曇る。 「し、してない!ごめん、重いよね!」 身体を立て直したい。でも、掴むところがなくて、重心が戻せない。あわあわしている私をきょとんとした顔をして見てから、泉田君はさわやかに笑った。 「久瀬さんは重くないですよ!柔らかくて驚きましたけど」 わ、分かってない。泉田君分かってないよ。 私、重いのももちろん気にしてるけど、それ以上に肩を抱かれて密着しているこの状況が恥ずかしいのですが。 「あの、身体を元に戻したいのですが」 「あ、そうか」 泉田君が腕に力を入れたと思うと、体が真っ直ぐに戻された…と思ったら今度は勢いのまま体が前方に傾ぐ。硬いものにぶつかる!と目を閉じた私は、予想よりも柔らかいなにかに受け止められた。 「あ、ごめん!力の加減間違えました」 ふわりと香るのは、石鹸の匂い。布が頬に触れている。ソロソロと目を開くと、目の前に箱学の校章。ああ、つまりは私は泉田君の胸板に飛び込んでいる状態なわけで。 あー、つまりは目の前にいるのが噂のアンディさんとフランクさんですか、こんにちは!…じゃない! 「ほわー!!」 両手を突き出して身体を離す。少しよろけながらも、自立する。 「い、泉田君ありがとうごめんなさいさようなら!」 勢いに任せて一礼して、階段を駆け上った。 うわー!うわー! 筋肉マニアって聞いてたけど、あんなにかわいい顔なのに、本当に力持ちだった! そして思った以上に、真面目で朴念仁だった!! 「どうしようどうしよう柔らかいって贅肉ついてるよって意味?」 どこまでも紳士的だったし、真面目な泉田君のことだから、怪我しなくて良かったと心から思ってくれているんだろうけど。 ちょっとは照れたりとかそういうのあってもいいんじゃないかな! 私だけこんなに混乱してるなんて、泉田君との温度差が恥ずかしい。 「しばらくアイス絶ちするー!」 「どうした、泉田」 部活の休憩中、右手を見つめているボクに黒田君が話しかけてきた。ためしに黒田君の肩を背中から支えてみる。硬いし、重い。 「やっぱり違うなぁ。…女の子って柔らかいなぁと思って」 ボクの言葉に、黒田君が目を丸くする。 「やはり女性は守るべき存在…あれ、黒田君?」 黒田君の姿が消えていた。 「い、泉田には、春が!女の子が柔らかいとか言って!」 「そうか、あの泉田が…今度一緒に走って聞いてみるか」 「今夜は赤飯だな!」 「やっぱり筋肉で見分けたりするのかなぁ」 「お前ら放っといてやれヨ」 きっと、泉田君は部の先輩たちからかわいがられているはず。 初恋は幼稚園の先生で、それ以降恋とかしてなさそう。 ていうか、恋より自転車!でいてほしい。希望。 |